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四国八十八ヶ所 ・ 愛媛県(伊予・菩提の道場)

第62番札所 天養山 観音院 宝寿寺

宝寿寺ほうじゅじは、愛媛県西条市にある真言宗しんごんしゅう単立の寺院で、四国八十八ヶ所しこくはちじゅうはっかしょ霊場れいじょうの第62番札所ふだしょです。 山号は天養山、院号は観音院。 御本尊ごほんぞんは十一面観世音菩薩じゅういちめんかんぜおんぼさつです。 西条の宝寿寺。厄除けやくよけ大師と十一面観音で親しまれる。
第62番 天養山 観音院 宝寿寺 境内
境内(Zairon / CC BY-SA 4.0)
第62番

宝寿寺

本尊十一面観世音菩薩

おん まか きゃろにきゃ そわか

御詠歌さみだれのあとに出でたる玉の井は 白壺なるや一の宮かは

愛媛県・伊予菩提の道場真言宗単立
はじめての方へ|この記事に出てくる言葉
本尊ほんぞん
そのお寺がいちばん大切におまつりする、中心の仏さま。
御真言ごしんごん
本尊に呼びかける、サンスクリットに由来する短い聖なる言葉。
御詠歌ごえいか
その札所をたたえ、巡る心をうたった和歌。
縁起えんぎ
そのお寺の始まりや、いわれを伝える言い伝え。
札所ふだしょ
お参りするお寺のこと。四国遍路では四国八十八ヶ所をめぐる。
大師堂だいしどう
弘法大師(お大師さま)をおまつりするお堂。本堂とあわせてお参りする。
奥の院おくのいん
札所の近くにある、もう一つの聖地。旧境内や、大師が修行したと伝わる岩や滝など。
結願けちがん
八十八ヶ所すべてを巡り終えること。「満願まんがん」ともいう。
四つの道場
四国の四県を、心の旅の四段階になぞらえた呼び名。阿波=発心ほっしん、土佐=修行しゅぎょう、伊予=菩提ぼだい、讃岐=涅槃ねはん。

 

  1. 基本情報
  2. 縁起と歴史
  3. 見どころ・伽藍
  4. 信仰と物語
  5. 参拝の手引き
  6. よくある質問
  7. あわせて読む
  8. 出典

八十八ヶ所のなかの位置

徳島県発心の道場1〜23
高知県修行の道場24〜39
愛媛県菩提の道場40〜65
香川県涅槃の道場66〜88
62

八十八ヶ所の道のりで、第62番は 愛媛県(伊予・菩提の道場)にあります。阿波23・土佐16・伊予26・讃岐23ヶ寺のうち、全体では62番目です。

第62番は愛媛県・菩提の道場。
十一面観音(十一面観音像(国宝・法起寺伝来))
「十一面観音像」(国宝・法起寺伝来)奈良国立博物館蔵 出典: Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
札所番号・本尊・所在地

基本情報

札所番号四国八十八ヶ所霊場 第62番札所(愛媛県・伊予、菩提の道場)
寺名宝寿寺(ほうじゅじ)
山号・院号天養山 観音院
宗派真言宗単立
御本尊十一面観世音菩薩(じゅういちめんかんぜおんぼさつ)
御真言おん まか きゃろにきゃ そわか
御詠歌さみだれのあとに出でたる玉の井は 白壺なるや一の宮かは
所在地〒799-1101 愛媛県西条市小松町新屋敷甲428
納経時間午前8時から午後5時まで(霊場会の定める全札所共通の時間。納経帳への朱印は500円、2024年4月1日改定)
前後の札所前の第61番香園寺から約1.4km。次の第63番吉祥寺へ約1.3km。
霊場会の案内宝寿寺|(一社)四国八十八ヶ所霊場会
この寺の成り立ち

縁起と歴史

宝寿寺は、かつて伊予三島水軍の菩提ぼだい寺として、また大山祇神社の別当寺として栄えた。縁起えんぎによると、天平のころ聖武天皇(在位724~49)は諸国に一の宮を造営した。その折、この地に大国主大神ら三神を祀る伊予の一の宮神社が建立され、大和の僧・道慈律師(。~744)が勅命をうけて、その法楽所となる別当寺を創建したのがはじめとされる。このとき天皇は『金光明最勝王経』を奉納され、寺名は「金剛宝寺」と称した。寺は現在地ではなく、中山川下流の白坪という地にあったと伝えられる(現在地より約1km北に中山川があり、その北岸あたり)。弘法大師こうぼうだいしがこの地方を訪ねたのは大同年間(806~10)である。大師は寺に久しく留まり、聖武天皇の妃である光明皇后の姿をかたどった十一面観世音菩薩像を彫造した。これを本尊ほんぞんとし、寺名を「宝寿寺」と改めて霊場れいじょうとされた。また、この頃国司だった越智氏の夫人が難産で苦しんでいたため、大師に祈念を頼んだ。大師が本尊に祈願した霊水・玉ノ井(現存しない)で加持したところ、夫人は玉のような男子を無事に出産した。このことから、安産の観音様としても信仰されたという。その後、中山川のたび重なる洪水の被害を受け、天養2年(1145)に堂宇を再建し、山号も「天養山」と改めている。以後は大山祇神社の別当寺として栄えたが、天正13年(1585)豊臣秀吉の四国征伐の戦禍で壊滅した。寛永13年(1636年)、宥伝上人によって当寺だけが新屋敷の現在地付近に移されて再興され、巡拝者は白坪の神社に札を納めた後、当寺で納経のうきょうを行うこととなった。その後の延宝7年(1679年)には、藩主の命により洪水を避けるため、今度は神社が当寺の横へ移転された。さらに明治初頭の廃仏毀釈によって、当寺は神社と分離され廃寺となった。しかし大石龍遍上人によって明治10年(1877年)に神社の南隣へ移して再興され、大正10年(1921年)には予讃線鉄道工事にともない、さらに南側の現在地へ移転した。

おもな歴史
  • 大同年間(806~10)、弘法大師こうぼうだいしは寺に久しく留まり、聖武天皇の妃である光明皇后の姿をかたどった十一面観世音菩薩像を彫造した。
  • 明治初頭の廃仏毀釈によって、当寺は神社と分離され廃寺となった。しかし大石龍遍上人によって明治10年(1877年)に神社の南隣へ移して再興され、大正10年(1921年)には予讃線鉄道工事にともない、さらに南側の現在地へ移転した。
お参りの前に

見どころ・伽藍

この札所の見どころ
  • 再興の祖寛永13年(1636)、四国遍路へんろの行者・宥伝上人によって現在地に移転、再興された。
  • 弘法大師こうぼうだいしが彫った十一面観世音菩薩像を本尊ほんぞんとし、寺名を「宝寿寺」と改めて霊場れいじょうとされた。
  • 国司だった越智氏の夫人が難産で苦しんだ際、大師に祈念を頼んだ。大師が霊水・玉ノ井で加持したところ、無事に出産したと伝わる。
  • 厄除けやくよけ大師金剛杵を逆手に持つ大師像で、厄除けの信仰を集める。
  • 十一面観音立像移転の際に地元の人々が奉納した脇尊。
伽藍・主要堂宇
  • 厄除けやくよけ大師:木造彫眼彩色。像高36.0cm。木造素地の厨子(宮殿)に安置されており、右手に金剛杵を逆手にとり、左手は数珠をとって膝上におく通例の像容である。
  • 十一面観音立像:宝寿寺が現在地に移転してきた当時、地元の人々によって奉納された。以来、本尊ほんぞんの十一面観音と同じく安産守護に御利益があると信仰を集めている。
  • 中山川のたび重なる洪水の被害を受け、天養2年(1145)に堂宇を再建し、山号も「天養山」と改めている。
  • 明治初頭の廃仏毀釈によって当寺は神社と分離され廃寺となったが、大石龍遍上人によって明治10年(1877年)に神社の南隣へ移して再興され、大正10年(1921年)には予讃線鉄道工事にともない、さらに南側の現在地へ移転した。
伝わるもの

信仰と物語

御本尊と信仰
  • 本尊ほんぞんは十一面観世音菩薩。五月雨が上がったあとに湧き出た玉のように清らかな井泉。白く澄んだその水は、一の宮(宝寿寺)にふさわしいことよ。
  • 真言しんごんは「おん まか きゃろにきゃ そわか」。
  • 宝号は南無大師遍照金剛。
伝説・説話
  • 大和の僧・道慈律師(。~744)が勅命をうけ、法楽所としての別当寺を創建したのがはじめとされる。
  • このとき天皇は『金光明最勝王経』を奉納され、寺名は「金剛宝寺」と称した。寺は現在地ではなく、中山川下流の白坪という地にあったと伝えられる(現在地より約1km北に中山川があり、その北岸あたり)。
  • この頃、国司だった越智氏の夫人が難産で苦しんでいたため、大師に祈念を頼んだ。大師が本尊ほんぞんに祈願した霊水・玉ノ井(現存しない)で加持したところ、夫人は玉のような男子を無事に出産した。このことから、安産の観音様としても信仰されたという。
文学・和歌
  • 御詠歌ごえいか「さみだれのあとに出でたる玉の井は 白壺なるや一の宮かは」
  • 御詠歌は四国霊場れいじょう会の札所ふだしょ案内・納経のうきょう帳などで広く流通し、巡礼の道中で唱えられる。
ゆかりの人物
  • 開基は聖武天皇と伝わる。
  • 縁起えんぎによると、天平のころ聖武天皇(在位724~49)は諸国に一の宮を造営した。
  • 弘法大師こうぼうだいしがこの地方を訪ねたのは大同年間(806~10)である。大師は寺に久しく留まり、聖武天皇の妃である光明皇后の姿をかたどった十一面観世音菩薩像を彫造した。
  • 以後、大山祇神社の別当寺として栄えたが、天正13年(1585)豊臣秀吉の四国征伐の戦禍で壊滅した。寛永13年(1636年)、宥伝上人によって当寺だけが新屋敷の現在地付近に移されて再興され、巡拝者は白坪の神社に札を納めた後、当寺で納経のうきょうを行うこととなった。その後の延宝7年(1679年)には、藩主の命により洪水を避けるため、今度は神社が当寺の横へ移転された。
訪ねる方へ

参拝の手引き

参拝の実際
  • 駐車場:大型車(2台)
  • 電話:0898-35-5262
  • 納経のうきょう時間・拝観料は季節・行事で変わる場合がある。参拝前に電話または公式で確認を推奨。
周辺・遍路道
  • 前の第61番香園寺から約1.4km。次の第63番吉祥寺へ約1.3km。
  • OUV所在地:西条市小松町
アクセス
  • 〒799-1101 愛媛県西条市小松町新屋敷甲428
公式・関連リンク
  • 四国八十八ヶ所霊場会ページ
  • 霊場会
宝寿寺について

よくある質問

宝寿寺は四国八十八ヶ所の何番札所ですか?
宝寿寺(ほうじゅじ)は、四国八十八ヶ所霊場の第62番札所です。愛媛県西条市にあり、伊予(菩提の道場)の札所に数えられます。正式には天養山 観音院 宝寿寺と称し、宗派は真言宗単立です。
宝寿寺の御本尊は何ですか?
宝寿寺の御本尊は十一面観世音菩薩(じゅういちめんかんぜおんぼさつ)です。御真言は「おん まか きゃろにきゃ そわか」とおとなえします。
宝寿寺の御詠歌を教えてください。
宝寿寺の御詠歌は「さみだれのあとに出でたる玉の井は 白壺なるや一の宮かは」です。五月雨が上がったあとに湧き出た玉のように清らかな井泉。白く澄んだその水は、一の宮(宝寿寺)にふさわしいことよ。
宝寿寺の住所と電話番号は?
所在地は〒799-1101 愛媛県西条市小松町新屋敷甲428。
宝寿寺の前後の札所はどこですか?
前の第61番香園寺から約1.4km。次の第63番吉祥寺へ約1.3km。
宝寿寺の納経時間は何時から何時までですか?
四国八十八ヶ所霊場会の定めにより、四国八十八ヶ所の納経時間は全札所共通で午前8時から午後5時までです(2024年4月1日改定。納経帳への朱印は500円)。
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あわせて読む

  • 十一面観世音菩薩とは|御本尊の意味・経典・ご利益を原典からたどる解説
  • はじめての四国遍路|意味・歴史・回り方・作法を一から
  • 四国八十八ヶ所 札所一覧|全札所の本尊・御詠歌・縁起・見どころ
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愛媛県・伊予(菩提の道場)の札所
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  • 第63番 吉祥寺
  • 第64番 前神寺
  • 第65番 三角寺
この記事の拠りどころ

出典

本文の確認に用いた公開資料と、札所別研究記録に記載された書誌情報です。公開本文のURLを確認できた資料はリンクし、書誌情報のみ確認できたものはその旨を明記しています。

第62番 天養山 観音院 宝寿寺|(一社)四国八十八ヶ所霊場会(公式霊場案内)
『四国八十八ヶ所霊場先達教典』((一社)四国八十八ヶ所霊場会編・2006年|書誌情報)
宮﨑建樹『四国遍路ひとり歩き同行二人 解説編』第8版(へんろみち保存協力会・2017年|国立国会図書館書誌)
上野進「四国遍路と札所寺院―香川県の札所寺院調査から―」(『四国遍路と世界の巡礼』5・2020年|愛媛大学リポジトリ)
四国遍路総合研究(霊場資料学)(科学研究費助成事業 KAKEN23K20107|研究課題・成果一覧)
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