第65番 由霊山 慈尊院 三角寺

三角寺
本尊十一面観世音菩薩
おん まか きゃろにきゃ そわか
御詠歌おそろしや三つの角にもいるならば 心をまろく慈悲を念ぜよ
はじめての方へ|この記事に出てくる言葉
- 本尊
- そのお寺がいちばん大切におまつりする、中心の仏さま。
- 御真言
- 本尊に呼びかける、サンスクリットに由来する短い聖なる言葉。
- 御詠歌
- その札所をたたえ、巡る心をうたった和歌。
- 縁起
- そのお寺の始まりや、いわれを伝える言い伝え。
- 札所
- お参りするお寺のこと。四国遍路では四国八十八ヶ所をめぐる。
- 大師堂
- 弘法大師(お大師さま)をおまつりするお堂。本堂とあわせてお参りする。
- 奥の院
- 札所の近くにある、もう一つの聖地。旧境内や、大師が修行したと伝わる岩や滝など。
- 結願
- 八十八ヶ所すべてを巡り終えること。「満願」ともいう。
- 四つの道場
- 四国の四県を、心の旅の四段階になぞらえた呼び名。阿波=発心、土佐=修行、伊予=菩提、讃岐=涅槃。
八十八ヶ所のなかの位置
八十八ヶ所の道のりで、第65番は 愛媛県(伊予・菩提の道場)にあります。阿波23・土佐16・伊予26・讃岐23ヶ寺のうち、全体では65番目です。

縁起と歴史
江戸時代の俳人・小林一茶は寛政7年(1795)に訪れ、「これでこそ 登りかひあり 山桜」と詠んだ。山内は樹齢3、400年の桜が咲き乱れる名所である。標高は約360m、平石山の中腹にある静かな境内で、伊予で最後の霊場にあたる。縁起では、聖武天皇(在位724〜49)の勅願により、行基菩薩が弥勒の浄土をかたどって開いたと伝えられる。その後、弘仁6年(815)に弘法大師が訪れ、本尊の十一面観音像を彫造して安置した。大師は不動明王像も彫り、三角の護摩壇を築いて21日間、国家の安泰と万民の福祉を祈念して「降伏護摩の秘法」を修法したという。この護摩壇の跡は庫裡と薬師堂の間にある「三角の池」の中の島として今も残り、寺院名の由来になっている。また、嵯峨天皇(在位809〜23)の厚い信仰をうけ、寺領300町歩をいただき、七堂伽藍を備えて寺運は隆盛だったと伝えられる。しかし長宗我部軍の「天正の兵火」に遭い、一部の堂宇を焼失した。現在の本堂が再建されたのは嘉永2年(1849)で、昭和46年に修復されている。本尊は古くから開運厄除けの観音、また安産子安の観音さんとして信仰されてきた。ご祈祷をうけたお守りと腹帯が授けられる。また「子宝杓子」といって、子宝に恵まれない夫婦が寺で杓子を授かり、仲良く食事をすると子宝に恵まれると伝えられる。子供を授かった後は、新しい杓子と授かった杓子をもってお礼参りをする。
- 弘仁6年(815)に弘法大師が訪れ、本尊の十一面観音像を彫造して安置した。
- 「天正の兵火」に遭い、一部の堂宇を焼失した。
- 昭和46年に修復されている。
見どころ・伽藍
- 三角の池周囲10数メートル。池のなかに三角形の島があり、弁財天を祀る小さな堂が建つ。
- 三角の池・薬師堂・延命地蔵菩薩立像(昭和52年再建。高さ7m、銅造)。
- 弘仁6年(815)に弘法大師が訪れ、本尊の十一面観音像を彫造して安置した。
- 本尊は古くから開運厄除けの観音、また安産子安の観音さんとして信仰されてきた。
- 三角の池周囲10数メートル。池のなかに三角形の島があり、弁財天を祀る小さな堂が建つ。
- 薬師堂疣や魚の目が治るご利益を願う信仰が伝わる。疣は松かさのようにぽろりと落ち、魚の目には蛸の絵を描いた絵馬を奉納して祈る。蛸の吸盤が魚の目を取るという。
- 三角の池:周囲10数メートル。池のなかに三角形の島があり、弁財天を祀る小さな堂が建つ。
- 薬師堂:疣や魚の目が治るご利益を願う信仰が伝わる。疣は松かさのようにぽろりと落ち、魚の目には蛸の絵を描いた絵馬を奉納して祈る。蛸の吸盤が魚の目を取るという。
- 三角の池・薬師堂・延命地蔵菩薩立像(昭和52年再建。高さ7m、銅造)。
- 伊予で最後の霊場。標高は約360m、平石山の中腹にある静かな境内。
- この護摩壇の跡は庫裡と薬師堂の間にある「三角の池」の中の島として今も残り、寺院名の由来になっている。
- 嵯峨天皇(在位809〜23)の厚い信仰をうけ、寺領300町歩をいただき、七堂伽藍を備えて寺運は隆盛だったと伝えられる。
- 長宗我部軍の「天正の兵火」に遭い、一部の堂宇を焼失した。
- 現在の本堂が再建されたのは嘉永2年(1849)で、昭和46年に修復されている。
- 三角寺周辺の霊跡・奥の院は寺伝に記される。詳細は公式を参照。
信仰と物語
- 本尊は十一面観世音菩薩。恐ろしいことに三角の地(三角寺)に入ったならば、その尖った三つの角のような心を丸くして、慈悲の心を念じなさい。
- 真言は「おん まか きゃろにきゃ そわか」。
- 宝号は南無大師遍照金剛。
- 弘法大師は不動明王像も彫り、三角の護摩壇を築いて21日間、国家の安泰と万民の福祉を祈念して「降伏護摩の秘法」を修法したという。
- 縁起に含まれる伝承は『〜と伝わる』の語り口で扱うこと。
- 御詠歌「おそろしや三つの角にもいるならば 心をまろく慈悲を念ぜよ」
- 御詠歌は四国霊場会の札所案内・納経帳などで広く流通し、巡礼の道中で唱えられる。
- 開基は行基菩薩と伝わる。
- 縁起では、聖武天皇(在位724〜49)の勅願により、行基菩薩が弥勒の浄土をかたどって開いたと伝えられる。
- 弘仁6年(815)に弘法大師が訪れ、本尊の十一面観音像を彫造して安置した。
- 嵯峨天皇(在位809〜23)の厚い信仰をうけ、寺領300町歩をいただき、七堂伽藍を備えて寺運は隆盛だったと伝えられる。
参拝の手引き
- 年中行事は霊場会公式サイトを参照。
- 駐車場:あり
- 電話:0896-56-3065
- 納経時間・拝観料は季節・行事で変わる場合がある。参拝前に電話または公式で確認を推奨。
- 前の第64番前神寺から約48km(車遍路。四国霊場屈指の長距離)。次の第66番雲辺寺へ約30km。
- 三島川之江インターチェンジから国道192号線に入ります。徳島方面に向かい、約200mで信号を右折、約4km山道を登ると到着します。
- 〒799-0124 愛媛県四国中央市金田町三角寺甲75
出典
本文の確認に用いた公開資料と、札所別研究記録に記載された書誌情報です。公開本文のURLを確認できた資料はリンクし、書誌情報のみ確認できたものはその旨を明記しています。


