第61番 栴檀山 教王院 香園寺

香園寺
本尊大日如来
おん あびらうんけん ばざらだどばん
御詠歌後の世を思えば詣れ香園寺 止とめて止まらぬ白滝の水
はじめての方へ|この記事に出てくる言葉
- 本尊
- そのお寺がいちばん大切におまつりする、中心の仏さま。
- 御真言
- 本尊に呼びかける、サンスクリットに由来する短い聖なる言葉。
- 御詠歌
- その札所をたたえ、巡る心をうたった和歌。
- 縁起
- そのお寺の始まりや、いわれを伝える言い伝え。
- 札所
- お参りするお寺のこと。四国遍路では四国八十八ヶ所をめぐる。
- 大師堂
- 弘法大師(お大師さま)をおまつりするお堂。本堂とあわせてお参りする。
- 奥の院
- 札所の近くにある、もう一つの聖地。旧境内や、大師が修行したと伝わる岩や滝など。
- 結願
- 八十八ヶ所すべてを巡り終えること。「満願」ともいう。
- 四つの道場
- 四国の四県を、心の旅の四段階になぞらえた呼び名。阿波=発心、土佐=修行、伊予=菩提、讃岐=涅槃。
八十八ヶ所のなかの位置
八十八ヶ所の道のりで、第61番は 愛媛県(伊予・菩提の道場)にあります。阿波23・土佐16・伊予26・讃岐23ヶ寺のうち、全体では61番目です。

縁起と歴史
香園寺は聖徳太子(574〜622)の開基と伝わる四国霊場屈指の古刹であり、一方で境内には本堂と大師堂を兼ねた超近代的な大聖堂を構えている。寺が創始した子安講の輪は海外にまで広がり、現在20,000人を超えている。縁起によると、用明天皇(在位585〜87)の病気平癒を祈願して、皇子である聖徳太子が建立したと伝えられる。このとき、太子の前に金の衣を着た白髪の老翁が飛来し、本尊の大日如来像を安置したとも伝えられる。天皇からは「教王院」の勅号を賜ったという。のち、天平年間(729〜49)には行基菩薩(668〜749)が訪ねている。弘法大師が訪れたのは大同年間(806〜10)と伝わる。ある日、門前で身重の婦人が苦しんでいた。大師は栴檀の香を焚いて加持祈祷をした。すると婦人は元気な男子を無事に出産した。これが機縁となり、大師は唐から持ち帰った小さな金の大日如来像を本尊の胸に納め、再び栴檀の香を焚いて、安産・子育て・身代わり・女人成仏を祈る「四誓願」の護摩修法を行い、寺に遺して霊場に定めたと伝わる。「栴檀山」の名はこれに由来する。以来、安産・子育ての信仰を得て栄え、七堂伽藍と六坊を整えたが、「天正の兵火」で焼失した。寺運は明治・大正になって復興している。明治36年に晋山した山岡瑞園大和尚は、大正3年に本堂を再興し、同7年には「子安講」を創始した。全国の行脚はもとより東南アジアやアメリカまで足を延ばし、講員の拡大と寺の隆盛に尽力している。
弘法大師との関わり
弘法大師との関わりについて、霊場会公式サイトの縁起に記される内容を参照のこと。
- 天平年間(729〜49)には行基菩薩(668〜749)が訪ねている。
- 大同年間(806〜10)に弘法大師が訪れたと伝わる。
- 「天正の兵火」で焼失したが、寺運は明治・大正になって復興している。
- 明治36年に晋山した山岡瑞園大和尚は、大正3年に本堂を再興し、同7年には「子安講」を創始した。全国の行脚はもとより東南アジアやアメリカまで足を延ばし、講員の拡大と寺の隆盛に尽力している。
見どころ・伽藍
- 子安大師像大聖堂の右手前。背中にゴザ、右手に錫杖、左手に赤ん坊を抱いた大師の姿。
- このとき、太子の前に金の衣を着た白髪の老翁が飛来し、本尊の大日如来像を安置したとも伝わる。
- 大師は唐から持ち帰った小さな金の大日如来像を本尊の胸に納め、再び栴檀の香を焚いて、安産・子育て・身代わり・女人成仏を祈る「四誓願」の護摩修法を行ったと伝わる。
- 大聖堂昭和51年に建立。褐色の鉄筋コンクリート造り。高さ16m、1階が大講堂、2階が本堂と大師堂。本堂には620余の椅子席がある。
- 子安大師像大聖堂の右手前。背中にゴザ、右手に錫杖、左手に赤ん坊を抱いた大師の姿。
- 大聖堂:昭和51年に建立。褐色の鉄筋コンクリート造り。高さ16m、1階が大講堂、2階が本堂と大師堂。本堂には620余の椅子席がある。
- 子安大師像:大聖堂の右手前。背中にゴザ、右手に錫杖、左手に赤ん坊を抱いた大師の姿。
- 子安中学:現在の県立小松高校の前身で、昭和15年に寺が創設し、学校教育に尽力した。
- 香園寺は聖徳太子(574〜622)の開基と伝わる四国霊場屈指の古刹であり、一方で境内には本堂と大師堂を兼ねた超近代的な大聖堂を構えている。
- ある日、門前で身重の婦人が苦しんでいたという。
- 以来、安産・子育ての信仰を得て栄え、七堂伽藍と六坊を整えたが、「天正の兵火」で焼失した。寺運は明治・大正になって復興している。
- 明治36年に晋山した山岡瑞園大和尚は、大正3年に本堂を再興し、同7年には「子安講」を創始した。全国の行脚はもとより東南アジアやアメリカまで足を延ばし、講員の拡大と寺の隆盛に尽力している。
- 香園寺周辺の霊跡・奥の院は寺伝に記される。詳細は公式を参照。
信仰と物語
- 本尊は大日如来。後生(来世)のことを思うなら香園寺に詣でなさい。とどめようとしても止まらず流れ続ける白滝の水のように、絶え間なくお参りしなさい。
- 真言は「おん あびらうんけん ばざらだどばん」。
- 宝号は南無大師遍照金剛/南無禅定法皇。
- 香園寺は聖徳太子(574〜622)の開基と伝わる四国霊場屈指の古刹であり、一方で境内には本堂と大師堂を兼ねた超近代的な大聖堂を構えている。
- 縁起に含まれる伝承は『〜と伝わる』の語り口で扱うこと。
- 御詠歌「後の世を思えば詣れ香園寺 止とめて止まらぬ白滝の水」
- 御詠歌は四国霊場会の札所案内・納経帳などで広く流通し、巡礼の道中で唱えられる。
- 開基は聖徳太子と伝わる。
- 縁起によると、用明天皇(在位585〜87)の病気平癒を祈願して、皇子である聖徳太子が建立したと伝えられる。
- このとき、太子の前に金の衣を着た白髪の老翁が飛来し、本尊の大日如来像を安置したとも伝えられる。天皇からは「教王院」の勅号を賜ったという。
- のち、天平年間(729〜49)には行基菩薩(668〜749)が訪ねている。
- 弘法大師が訪れたのは大同年間(806〜10)と伝わる。
参拝の手引き
- 初祈祷会:12月31日〜1月7日
- 聖徳会:2月22日
- 花まつり:4月8日
- 縁日:4月20・21日
- 宗祖誕生会:6月15日
- 地蔵盆会:8月23日
- 施餓鬼会:8月24日
- 修正会:12月31日
- 弘法大師月御影供:毎月21日
- 奥の院不動堂護摩供:毎月28日
- 駐車場:あり(無料)
- 電話:0898-72-3861
- 納経時間・拝観料は季節・行事で変わる場合がある。参拝前に電話または公式で確認することを推奨する。
- 前の第60番横峰寺から約15km。次の第62番宝寿寺へ約1.4km。
- いよ小松インターチェンジから国道11号線を西条市方面へ進み、香園寺交差点を右折。約370m走って右折すると、正面にあります。
- 〒799-1102 愛媛県西条市小松町南川甲19
出典
本文の確認に用いた公開資料と、札所別研究記録に記載された書誌情報です。公開本文のURLを確認できた資料はリンクし、書誌情報のみ確認できたものはその旨を明記しています。