四国霊場第22番札所 平等寺
平等寺のご本尊 薬師如来
平等寺のご本尊は、薬師如来です。病をはじめ、身と心と暮らしの苦しみを除くと誓った仏さまで、本堂にお祀りしています。寺では現在のお像を、弘法大師空海が刻んだとされる初代像を写した二代目としています。

現在のご本尊のお姿
寺では、現在のご本尊を室町時代に造られたお像とみています。また、弘法大師空海が刻んだとされる初代像を写した二代目としています。

お像は、いくつかの木を組み合わせる寄木造りです。表面に漆を塗り、その上から金箔を施す漆箔で仕上げられています。
左手には薬壺を携えています。この金属製の薬壺は、初代のご本尊から受け継がれたと伝わります。
薬師如来の名と十二の大願
薬師如来は、病気平癒の仏さまとして親しまれてきました。正式には薬師瑠璃光如来といいます。「薬の師」と「瑠璃の光」を合わせた名です。
『薬師経』には、十二の大願が説かれています。その願いは、身体の病、心の迷いや恐れ、暮らしの苦しさなど、人が生きるうえで抱えるさまざまな苦しみに向けられています。
身体の平癒を願うときも、心の安らぎを願うときも、家族や暮らしの無事を願うときも、お薬師さまに手を合わせられます。
瑠璃の光は、十二の大願のうち第二の願に説かれます。その身は瑠璃のように内も外も透きとおり、光は日月にまさると誓われています。暗闇の中にいる人々も、その光に照らされて目を開き、思うままに歩めるように、という誓いです。
「平等寺」の名が生まれた物語
ご本尊と寺名の始まりを、『平等寺由来記』は次のように伝えています。
弘仁5年(814年)の春のことです。弘法大師はお堂を建てる場所を求め、この地を巡っていました。北の山でしるしを願い、金色の蓮華を空へ投げると、その蓮華は古い松の枝に掛かり、八方へ光を放ちました。
大師が三昧という深い瞑想に入ると、光の中に瑠璃色の梵字「鑁(ばん)」が現れ、やがて薬師如来のお姿となりました。薬師如来は、人々を分け隔てなく救う誓いを告げ、五色の光で大師を照らしました。
大師は、ひと彫りごとに三度礼拝する「一刀三礼」で、そのお姿と日光・月光菩薩、十二神将を刻みました。そして、松の上で八方に輝いた蓮華を平等の救いの誓いのしるしとして、寺を「平等寺」と名づけたと伝わります。
山号の「白水山」も、開創のときの出来事に由来すると伝わります。大師が密教の法具である独鈷(とっこ)で岩を突くと、乳のように白い水が湧き出しました。この水は、今も「弘法の霊水」として大切にされています。
日光・月光菩薩と十二神将
日光菩薩と月光菩薩は、ご本尊のそばに仕える脇侍です。その周りを十二神将が囲みます。
日光菩薩は日の光を、月光菩薩は月の光を表します。『薬師経』は二尊を、浄瑠璃世界の菩薩たちの筆頭で、薬師如来の正法を保つ菩薩と説いています。
十二神将は、『薬師経』に説かれる十二の薬叉(やしゃ)の大将です。薬師如来の名号をたもち、供養する人を守ると誓いました。お像はそれぞれ甲冑をまとって立っています。
本堂では、中央の薬師如来から左右の日光・月光菩薩へ、さらに十二神将へと目を向けてみてください。



お薬師さまへの祈り方
いま胸にある願いを一つ心に置き、ご本尊へ静かに手を合わせてください。
真言とは、心をご本尊へ向ける短い言葉です。お薬師さまの短い真言を数遍となえても、言葉にせず手を合わせるだけでもかまいません。
願いは、身体のことでも、心の不安でも、家族や暮らしのことでもかまいません。いま抱えている思いのまま、お薬師さまへ心を向けてください。
平等寺の本堂では、ご本尊から五色の綱が伸びています。綱を手に取り、すぐそばにお薬師さまがいらっしゃるつもりでお参りください。
短い真言
オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ
息を急がず、一音ずつゆっくり数遍となえます。

本堂に残る箱車
本堂には、筒井林之助と父・福次が遍路に用いた箱車が奉納されています。歩くことが難しくなった林之助を乗せ、父が引いて巡った木の車です。

親子は大正12年(1923年)に平等寺へ着き、4週間とどまりました。寺の記録によると、その後、林之助は遍路の杖である金剛杖をついて立ち上がりました。親子は箱車をご本尊へ奉納しました。
箱車は今も本堂に置かれ、平等寺の足腰健全祈願はこの記録にちなんでいます。
よくある疑問
参考文献・出典
本ページは、平等寺の本堂本尊と寺伝を中心に、本文へ直接関わる資料を選んで示しています。薬師如来の十二の大願・図像・信仰史に関する詳しい書誌は、一般解説にまとめています。
解説記事「薬師如来とは」の詳しい参考文献を見る平等寺の寺蔵資料・寺伝
経典・事相書
研究・入門書
もう少し知りたい方へ
薬師如来の教え、平等寺の開創、箱車の記録を、別の読みものでもご紹介しています。
