漢訳仏典の七月十五日は、安居を終える受歳の日です。僧たちは互いに過ちを指摘し合い、わが身を省みます。現代の太陽暦七月十五日と、そのまま同じ日付だと考えることはできません。
『増壹阿含経』の順序を追うと、釈尊は露野の地に座を敷き、比丘たちに囲まれています。阿難へ「露地で、すぐに揵椎を撃ちなさい」と命じ、受歳について偈で問答します。その後、阿難は講堂へ上り、揵椎を手にして宣言し、露地の偈を説きました。打ち終えると釈尊のもとへ戻ります。
ここから「揵椎は露地にあった」「講堂内で撃った」と、どちらか一方へ断定することはできません。原典が確かに描くのは、露地の集会と、講堂へ上る阿難と、両者を結ぶ音です。場所をきれいに整え直すより、そのままの叙述を読みます。
阿難は揵椎を「如来信鼓」と呼びます。後代の元照は、この名を二段に読みました。日常の役目では、時を告げて人を集める音。仏道の意味では、散った心を一つにして如来へ向ける音。「信」を一語に決めず、二つの働きを受け取ります。
- 日本語訳
- あなたは今、露地で、すみやかに揵椎を撃ちなさい。なぜなら今日、七月十五日は、受歳の日だからです。
- 原文
汝今於露地速擊揵椎。所以然者、今七月十五日是受歲之日。
- 出典
- 『増壹阿含経』善聚品(大正蔵 No.125)
- 日本語訳
- 私は今、この如来の信の鼓を撃ちます。如来の弟子である者は、みなことごとく集まりなさい。
- 原文
我今擊此如來信鼓、諸有如來弟子眾者、盡當普集。
- 出典
- 『増壹阿含経』善聚品(大正蔵 No.125)