第50番 東山 瑠璃光院 繁多寺

繁多寺
本尊薬師如来
おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
御詠歌よろずこそ繁多なりとも怠らず 諸病なかれと望み祈れよ
はじめての方へ|この記事に出てくる言葉
- 本尊
- そのお寺がいちばん大切におまつりする、中心の仏さま。
- 御真言
- 本尊に呼びかける、サンスクリットに由来する短い聖なる言葉。
- 御詠歌
- その札所をたたえ、巡る心をうたった和歌。
- 縁起
- そのお寺の始まりや、いわれを伝える言い伝え。
- 札所
- お参りするお寺のこと。四国遍路では四国八十八ヶ所をめぐる。
- 大師堂
- 弘法大師(お大師さま)をおまつりするお堂。本堂とあわせてお参りする。
- 奥の院
- 札所の近くにある、もう一つの聖地。旧境内や、大師が修行したと伝わる岩や滝など。
- 結願
- 八十八ヶ所すべてを巡り終えること。「満願」ともいう。
- 四つの道場
- 四国の四県を、心の旅の四段階になぞらえた呼び名。阿波=発心、土佐=修行、伊予=菩提、讃岐=涅槃。
八十八ヶ所のなかの位置
八十八ヶ所の道のりで、第50番は 愛媛県(伊予・菩提の道場)にあります。阿波23・土佐16・伊予26・讃岐23ヶ寺のうち、全体では50番目です。

縁起と歴史
東山 瑠璃光院 繁多寺は松山城・市街・瀬戸内海まで一望できる高台にあり、境内の周辺は景観樹林保護地区に指定されている。縁起によれば、天平勝宝年間に孝謙天皇(在位749〜758年)の勅願により行基菩薩が薬師如来像を彫造して建立したという。天皇から祭具の幡を賜ったことが寺名の由来になったという説もある。弘仁年間(810〜824年)には弘法大師が巡錫し、寺に逗留した。その後、伊予国司の源頼義や僧の堯蓮の援助で再興し、弘安2年(1279年)には後宇多天皇の勅命を受けて聞月上人が蒙古軍の撃退を祈祷した。時宗開祖の一遍上人(1239〜1289年)は青年期に有縁のこの寺で参籠修行し、晩年の正応元年(1288年)には亡父・如仏が所蔵していた『浄土三部経』を奉納している。天皇家の菩提寺である京都の泉涌寺とのゆかりも深く、応永2年(1395年)には後小松天皇の勅命で泉涌寺26世の快翁和尚が繁多寺第7世住職となった。境内には16弁のご紋章瓦が残る。江戸期には徳川家の帰依を受け、四代将軍・家綱の念持仏であった歓喜天を祀るなど、36坊・末寺100余を擁する大寺として栄えた。
弘法大師との関わり
弘仁年間(810〜824年)に弘法大師がこの地を巡錫し、寺に逗留したと伝わる。御詠歌の「繁多」は、世事の多忙さの中でも病除けの祈りを怠らぬ教えと結び付けられる。
- 天平勝宝年間:孝謙天皇勅願、行基開創(伝承)
- 弘仁年間(810〜824年):弘法大師巡錫
- 弘安2年(1279年):聞月上人、後宇多天皇勅命で蒙古軍撃退祈祷
- 正応元年(1288年):一遍上人、『浄土三部経』奉納
- 応永2年(1395年):快翁和尚が第7世住職(泉涌寺26世)
- 江戸期:徳川家綱の念持仏・歓喜天、36坊100余末寺(伝承)
- 近代:お接待調査の標本地点として遍路研究に言及
見どころ・伽藍
- 歓喜天像本堂左手の聖天堂に安置。家綱公の念持仏。夫婦和合・商売繁盛・厄除
- 二十四孝天井絵聖天堂の天井
- 接待一万人石柱山門前。お遍路10,000人の接待成就を記念する碑
- 眺望松山城・瀬戸内海・景観樹林保護地区
- 甘茶接待4月8日の花まつり
- 歓喜天像は本堂左手の聖天堂に安置されている。四代将軍・家綱公の念持仏と伝わり、富貴・厄除・夫婦和合・商売繁盛のご利益を願う信仰があるという。
- 聖天堂の天井には二十四孝図が描かれている。
- 山門前の石柱の裏側に「接待一万人」の碑があり、お遍路10,000人の接待を成就した記念とされる。
- 高台から松山城と市街、瀬戸内海を望む。
- 泉涌寺・快翁和尚ゆかりの16弁紋章瓦。
- 奥の院・別院の有無や参拝のルールは、季節や工事で変わる場合がある。現地の案内板を確認すること。
- OUV特記:平野部
- 所在地(OUV表):松山市畑寺町
信仰と物語
- 御詠歌は本尊の薬師如来に諸病除けを祈り、繁多な世事の中でも怠らぬ信仰を説く。
- 歓喜天は江戸期以来の庶民信仰の中心。
- お接待文化の標本地点として、現代の遍路研究にも登場する。
- 幡を賜って「繁多寺」と名付けられたという説。
- 聞月上人による蒙古軍撃退の祈祷。
- 縁起の逸話は寺伝・地域伝承として広く語られるが、史実性には学術的検討が必要なものを含む。
- 御詠歌「よろずこそ繁多なりとも怠らず 諸病なかれと望み祈れよ」
- 御詠歌の結句は極楽・利益・守護など本尊信仰の要点を詠じ、参拝の心構えとして唱和される。
- 境内に句碑・歌碑があれば、巡礼文学・地域文化の層として参照できる(要現地確認)。
- 行基菩薩:開基と伝わる。
- 弘法大師:弘仁年間の巡錫。
- 一遍上人:参籠・経典奉納。
- 快翁和尚:泉涌寺26世、第7世住職。
- 徳川家綱:歓喜天念持仏の伝承。
参拝の手引き
- 4月8日:花まつり(甘茶接待)
- 8月24日:地蔵盆(子供相撲大会)
- 毎月16日:歓喜天縁日
- 1月16日・8月16日:歓喜天大般若祈祷会
- 駐車場:あり(無料)
- 宿坊:なし
- 4月8日の甘茶接待は人出あり
- 松山ICから環状線経由、畑寺バス停を越えて約600メートル。
- 第49番浄土寺から約2.5km、第51番石手寺へ約4km。
- OUV特記:平野部
- 〒790-0912 愛媛県松山市畑寺町32
- 089-975-0910
- あり(無料)
出典
本文の確認に用いた公開資料と、札所別研究記録に記載された書誌情報です。公開本文のURLを確認できた資料はリンクし、書誌情報のみ確認できたものはその旨を明記しています。


