第58番 作礼山 千光院 仙遊寺

仙遊寺
本尊千手観世音菩薩
おん ばざらたらま きりく
御詠歌立ちよりて作礼の堂にやすみつつ 六字を唱え経を読むべし
はじめての方へ|この記事に出てくる言葉
- 本尊
- そのお寺がいちばん大切におまつりする、中心の仏さま。
- 御真言
- 本尊に呼びかける、サンスクリットに由来する短い聖なる言葉。
- 御詠歌
- その札所をたたえ、巡る心をうたった和歌。
- 縁起
- そのお寺の始まりや、いわれを伝える言い伝え。
- 札所
- お参りするお寺のこと。四国遍路では四国八十八ヶ所をめぐる。
- 大師堂
- 弘法大師(お大師さま)をおまつりするお堂。本堂とあわせてお参りする。
- 奥の院
- 札所の近くにある、もう一つの聖地。旧境内や、大師が修行したと伝わる岩や滝など。
- 結願
- 八十八ヶ所すべてを巡り終えること。「満願」ともいう。
- 四つの道場
- 四国の四県を、心の旅の四段階になぞらえた呼び名。阿波=発心、土佐=修行、伊予=菩提、讃岐=涅槃。
八十八ヶ所のなかの位置
八十八ヶ所の道のりで、第58番は 愛媛県(伊予・菩提の道場)にあります。阿波23・土佐16・伊予26・讃岐23ヶ寺のうち、全体では58番目です。

縁起と歴史
境内は、山号となっている作礼山の山頂近く、標高300mの高台にある。今治の市街地や四国一高い今治国際ホテルを眼下に望み、その先には瀬戸内海に浮かぶ島々、さらには平成11年に開通した「しまなみ海道」までを一望できる、眺望に恵まれた地である。創建は天智天皇(在位668〜71)の勅願によると伝わり、伊予の国主・越智守興公が堂宇を建立した。本尊の千手観音菩薩像は天皇の念持仏として、海から上がってきた竜女が一刀三礼しながら彫って安置したとされる。このことから「作礼山」が山号となり、竜宮から届けられたという伝説も残る。また仙遊寺には、阿坊仙人という僧が40年にわたって籠り、七堂伽藍を整えるなどしたが、養老2年(718)に忽然と姿を消したという伝説が残っている。寺名はこの阿坊仙人に由来する。弘法大師が四国霊場開創の折にこの寺で修法をされたとき、病に苦しむ人々を救おうと井戸を掘り、荒廃していた七堂伽藍も修復して再興し、寺運は興隆した。この井戸は旧参道の脇に残り、「お加持の井戸」として多くの諸病を救ったと伝えられ、信仰を集めている。江戸時代には荒廃して本堂と12社権現だけとなっていたが、明治時代の初期、高僧・宥蓮上人が山主となり、多くの信者とともに再興に尽力した。宥蓮上人は明治4年、日本最後の即身成仏として入定している。境内には、上人を供養した五輪塔がある。
- 境内からは、平成11年に開通した「しまなみ海道」も一望できる。眺望に恵まれた地である。
- 明治時代の初期、高僧・宥蓮上人が山主となり、多くの信者とともに再興に尽力した。
- 宥蓮上人は明治4年、日本最後の即身成仏として入定している。
見どころ・伽藍
- 創建は天智天皇(在位668〜71)の勅願により、伊予の国主・越智守興公が堂宇を建立、本尊の千手観音菩
- このことから「作礼山」が山号となり、竜宮から届けられたという伝説もある。
- さらに仙遊寺には、阿坊仙人という僧が40年にわたって籠り、七堂伽藍を整えるなどをしたが、養老2年(7
- 御砂踏霊場修行大師を中心に四国八十八ヶ所のご本尊石仏をおまつりし、足元に各札所のお砂を埋めた石板を安置しています。一心に念じてお参りいただければ、多大なご利益をあずかることができるでしょう。
- 宿坊お遍路さんが疲れを癒し、旅を続けられるよう宿坊を設けています。お大師様がお籠りになられたお山で、静かな一晩をお過ごしください。(全室和室・要予約)
- 御砂踏霊場:修行大師を中心に四国八十八ヶ所のご本尊石仏をおまつりし、足元に各札所のお砂を埋めた石板を安置しています。一心に念じてお参りいただければ、多大なご利益をあずかることができるでしょう。
- 宿坊:お遍路さんが疲れを癒し、旅を続けられるよう宿坊を設けています。お大師様がお籠りになられたお山で、静かな一晩をお過ごしください。(全室和室・要予約)
- 創建は天智天皇(在位668〜71)の勅願によると伝わり、伊予の国主・越智守興公が堂宇を建立した。本尊の千手観音菩薩像は天皇の念持仏として、海から上がってきた竜女が一刀三礼しながら彫って安置したとされる。
- さらに仙遊寺には、阿坊仙人という僧が40年にわたって籠り、七堂伽藍を整えるなどしたが、養老2年(718)に忽然と姿を消したという伝説が残っている。
- 弘法大師が四国霊場開創の折にこの寺で修法をされたとき、病に苦しむ人々を救おうと井戸を掘り、荒廃していた七堂伽藍も修復して再興し、寺運は興隆した。
- この井戸は旧参道の脇に残り、「お加持の井戸」として多くの諸病を救ったと伝えられ、信仰を集めている。
- 江戸時代には荒廃して本堂と12社権現だけとなっていたが、明治時代の初期、高僧・宥蓮上人が山主となり、多くの信者とともに再興に尽力した。
- 境内には、上人を供養した五輪塔がある。
- 江戸時代には荒廃して本堂と12社権現だけとなっていたが、明治時代の初期、高僧・宥蓮上人が山主となり、多くの信者とともに再興に尽力した。
- 本尊の千手観音は秘仏。開扉は旧暦3月18日の縁日に限られるとされる。
信仰と物語
- 本尊は千手観世音菩薩。立ち寄って礼拝するこの作礼の堂で身を休めながら、南無阿弥陀仏の六字の名号を唱え、お経を読みなさい。
- 真言は「おん ばざらたらま きりく」。
- 宝号は南無大師遍照金剛。
- 創建は天智天皇(在位668〜71)の勅願によると伝わり、伊予の国主・越智守興公が堂宇を建立した。本尊の千手観音菩薩像は天皇の念持仏として、海から上がってきた竜女が一刀三礼しながら彫って安置したとされる。
- このことから「作礼山」が山号となり、竜宮から届けられたという伝説もある。
- さらに仙遊寺には、阿坊仙人という僧が40年にわたって籠り、七堂伽藍を整えるなどしたが、養老2年(718)に忽然と姿を消したという伝説が残っている。
- 御詠歌「立ちよりて作礼の堂にやすみつつ 六字を唱え経を読むべし」
- 御詠歌は四国霊場会の札所案内・納経帳などで広く流通し、巡礼の道中で唱えられる。
- 開基は越智守興と伝わる。
- 創建は天智天皇(在位668〜71)の勅願によると伝わり、伊予の国主・越智守興公が堂宇を建立した。本尊の千手観音菩薩像は天皇の念持仏として、海から上がってきた竜女が一刀三礼しながら彫って安置したとされる。
- 弘法大師が四国霊場開創の折にこの寺で修法をされたとき、病に苦しむ人々を救おうと井戸を掘り、荒廃していた七堂伽藍も修復して再興し、寺運は興隆した。
参拝の手引き
- 修正会、初祈祷会、新年祈祷会:三が日
- 厄飛ばし柴燈大護摩供法会:1月第二日曜日
- 大般若会:1月17日
- 節分会:2月3日
- 花祭り:4月8日
- 弘法大師御影供:4月29日
- 四万六千日大法会(夏祭り):8月9日の直近日曜日
- 大晦日、除夜の鐘:12月31日
- 護摩会:毎月21日
- 駐車場:あり ※道路維持費として普通車400円
- 宿坊:あり(50人・予約必要)
- 電話:0898-55-2141
- 前の第57番栄福寺から約5.3km。次の第59番国分寺へ約8.1km。
- 今治インターチェンジから国道196号線・317号線を玉川町方面へ向かい、バス停大須木で左折、山道を進むと正面にあります。
- 〒794-0113 愛媛県今治市玉川町別所甲483
出典
本文の確認に用いた公開資料と、札所別研究記録に記載された書誌情報です。公開本文のURLを確認できた資料はリンクし、書誌情報のみ確認できたものはその旨を明記しています。


