剣
煩悩を断ち切る智慧の利剣。剣に龍がからむ倶利伽羅剣(くりからけん)の姿もあります。
不動明王は、大日如来(毘盧遮那仏)が、衆生を導くために忿怒のお姿であらわれた化身です。常に火焔のなかに住し、その火で煩悩と一切の障りを焼き尽くします。
右手の利剣で迷いを断ち、左手の羂索(けんじゃく、なわ)で迷う者を引き寄せて、さとりへと導きます。磐石のうえに揺るがず坐す姿は、何ものにも動じない寂かな定(じょう)をあらわします。
梵語ではアチャラナータ(Acalanātha)。「動かざる尊」という意味です。「聖無動尊(しょうむどうそん)」とも呼ばれます。
お不動さまは、大日如来が忿怒のお姿であらわれた化身(教令輪身)です。
不動明王の儀軌『勝軍不動明王四十八使者秘密成就儀軌』には、お不動さまが大日如来の化身であり、その真言を保つ者を、生まれ変わるたびに護ると説かれています。
不動とは、本仏 毘盧遮那仏の化身なり。一たび秘密の呪を持(たも)ちて後は、生生に世間の人を加護したまう。
不動とは、本仏である毘盧遮那仏(大日如来)の化身である。ひとたびその秘密の真言を保てば、生まれ変わるたびに世の人を加護してくださる。
『勝軍不動明王四十八使者秘密成就儀軌』(大正蔵 No.1205)
同じ儀軌は、お不動さまの四つの誓いを説きます。「我が身を見る者は菩提心を発し、我が名を聞く者は悪を断ち善を修し、我が説を聞く者は大智慧を得、我が心を知る者は即身に成仏する」。忿怒の姿の奥に、人を仏へ導こうとする大悲があります。
お不動さまのお姿は、儀軌に細かく説かれています。一筋の弁髪を左に垂らし、片目を眇(すがめ)にし、右手に鋭い剣を執り、左手に羂索を持ち、磐石のうえに坐し、その身は青黒い色をしています。
煩悩を断ち切る智慧の利剣。剣に龍がからむ倶利伽羅剣(くりからけん)の姿もあります。
迷う者を縛りとり、引き寄せて救うなわ。
何ものにも揺るがない、不動の心をあらわす座。
煩悩を焼き尽くす火生三昧の智火。迦楼羅炎(かるらえん)として表されます。
弁髪・天地眼(左右で上下を見る目)・牙といった細かな約束ごとや、「不動十九観」としてまとめられるお姿の見方は、儀軌をもとに日本で整えられたものです。二人の童子、従順な矜羯羅(こんがら)と荒々しい制吒迦(せいたか)を脇侍とする不動三尊も、広く造られました。
お不動さまの智火の思想は、弘法大師空海が伝えた『大日経』に根ざします。同経は、大日如来の智慧を火にたとえます。
譬えば火界の一切の薪を焼いて厭足(えんそく)無きが如く、是くの如く一切智智は、一切の無智の薪を焼いて厭足無し。
火が一切の薪を焼いて飽きることがないように、仏の一切智の智慧は、あらゆる無智(迷い)の薪を焼いて飽きることがない。
善無畏・一行訳『大毘盧遮那成仏神変加持経(大日経)』(大正蔵 No.848)
護摩の炉に燈す火は、この智火に見立てられます。お不動さまの智火が、煩悩と災厄という薪を焼き尽くす。これが不動護摩の根拠です。
お不動さまは、五大明王(不動・降三世・軍荼利・大威徳・金剛夜叉)の中尊です。明王とは、仏の教えに従わない者を、忿怒の力で教え導く尊で、大日如来の命を受けて現れた「教令輪身(きょうりょうりんじん)」と位置づけられます。
『大日経』の曼荼羅にもお不動さまの座が定められ、息災(災いを除く)の修法の本尊として、密教の修法体系の中心に置かれてきました。
お不動さまの智火は、災厄と障りを焼き、行者を昼夜に守り、その願いを成就へ導きます。
智火が、外の災いと内の煩悩を焼き払います。息災と厄除けの祈りに、もっともかなう仏です。
魔や障りを退け、迷う者を引き寄せて、願いを成就させることが本願です。
磐石のうえに動じないお姿は、外の出来事にも、内の煩悩にも揺り動かされない、据わった心の手本です。
お不動さまのきびしい忿怒の表情は、怒りそのものではなく、人を救おうとする大悲の強さのあらわれです。やさしさだけでは断ち切れない迷いを、厳しさをもって断つ。それがお不動さまの慈悲です。
のうまく さんまんだ ばざらだん せんだ まかろしゃだ そわたや うん たらた かんまん
namaḥ samanta-vajrāṇāṃ caṇḍa-mahāroṣaṇa sphoṭaya hūṃ traṭ hāṃ māṃ
「あまねき金剛尊に帰命したてまつる。暴悪なる大忿怒尊よ、障りを打ち砕きたまえ」と祈る真言です。お不動さまの中呪(慈救呪)として、もっとも広く唱えられます。
のうまく さんまんだ ばざらだん かん
namaḥ samanta-vajrāṇāṃ hāṃ
種子(しゅじ)「カーン(hāṃ)」を中心とする、もっとも短い真言です。なお、より長い火界呪(大呪)は流派によって字句が異なるため、修法では所属の次第(しだい)にしたがいます。
お不動さまは、現世利益の祈りの本尊として、日本でもっとも親しまれた明王です。
四国八十八ヶ所第二十二番札所、高野山真言宗の平等寺は、不動信仰があつく、毎月28日の夜に不動護摩を修しています。28日はお不動さまの縁日です。
平等寺のお不動さまは、江戸期の作と伝わる寄木造の坐像です。右手に利剣、左手に羂索を執り、天地眼(左右で上下を見るまなざし)と牙をあらわした、忿怒のお姿です。
平等寺では、年に営む焼八千枚供(しょうはっせんまいく)や二十二万枚護摩も、お不動さまを本尊とする大法としてお勤めしています。月例の不動護摩は、その信仰の日常の要にあたります。
厄除け・災難除け・息災延命など、災いを断ち身を護る祈りを、護摩の智火にのせてお届けします。


本記事は、次の原典と資料にもとづいて、真言宗 平等寺が作成しました。経典の引用は大正新脩大蔵経(CBETA)の原文から確認しています。
不動明王と平等寺の祈りを、さらに知るための記事です。