第45番 海岸山 岩屋寺

岩屋寺
本尊不動明王
のうまく さんまんだ ばざらだん せんだ まかろしゃだ そわたや うん たらた かんまん
御詠歌大聖のいのる力のげに岩屋 石のなかにも極楽ぞある
はじめての方へ|この記事に出てくる言葉
- 本尊
- そのお寺がいちばん大切におまつりする、中心の仏さま。
- 御真言
- 本尊に呼びかける、サンスクリットに由来する短い聖なる言葉。
- 御詠歌
- その札所をたたえ、巡る心をうたった和歌。
- 縁起
- そのお寺の始まりや、いわれを伝える言い伝え。
- 札所
- お参りするお寺のこと。四国遍路では四国八十八ヶ所をめぐる。
- 大師堂
- 弘法大師(お大師さま)をおまつりするお堂。本堂とあわせてお参りする。
- 奥の院
- 札所の近くにある、もう一つの聖地。旧境内や、大師が修行したと伝わる岩や滝など。
- 結願
- 八十八ヶ所すべてを巡り終えること。「満願」ともいう。
- 四つの道場
- 四国の四県を、心の旅の四段階になぞらえた呼び名。阿波=発心、土佐=修行、伊予=菩提、讃岐=涅槃。
八十八ヶ所のなかの位置
八十八ヶ所の道のりで、第45番は 愛媛県(伊予・菩提の道場)にあります。阿波23・土佐16・伊予26・讃岐23ヶ寺のうち、全体では45番目です。

縁起と歴史
海岸山 岩屋寺は、標高700メートル、奇峰が天を突く山岳部に建つ。巨岩の中腹へ堂宇が埋め込まれるように建つ、典型的な山岳霊場である。神仙境を思わせる境内は古くから修験者の修行場とされ、さまざまな伝承が残る。寺域は国の名勝に指定され、県立自然公園の区域内でもある。
弘法大師がこの霊地を訪ねたのは弘仁6年(815年)と伝わる。そのころすでに土佐の女性が岩窟に籠って法華三昧を成就し、空中を自在に飛べる神通力を身につけて法華仙人と称していたという。仙人は大師の修法に帰依して全山を献上したとされる。大師は木造と石造の不動明王像を刻み、木像を本尊として本堂に安置し、石像を奥の院の秘仏として岩窟に祀った。そして全山をご本尊の不動明王として護摩修法を修したと伝わる。一遍上人(1239〜1289年)が鎌倉中期に参籠・修行したことは『一遍聖絵』にも描かれ、13世紀末ごろには不動尊像をはじめ護摩炉壇・仙人堂・四十九院の岩屋・三十三の霊窟などが残っていたと伝えられる。いつの頃からか第44番大宝寺の奥の院とされていたが、明治7年(1874年)に第一世住職が晋山した。明治31年(1898年)に仁王門と虚空蔵堂を残して全山が焼失したが、大正9年(1920年)に本堂より一回り大きい大師堂を再建し、以後本堂・山門・鐘楼・宿坊遍照閣・逼割不動堂・白山権現堂などが順次復興された。
弘法大師との関わり
弘仁6年(815年)、弘法大師が法華仙人の献上を受け、木造不動明王を本堂の本尊に、石造不動明王を奥の院の秘仏として安置したと伝わる。全山をご本尊の不動明王として護摩修法を修し、智火を燈して修法を行った霊場として信仰が築かれたとされる。石造不動は岩窟に祀られたまま、山全体が修行の場として不動信仰と結びついている。
- 弘仁6年(815年):弘法大師が訪ね、木造・石造の不動明王を刻み霊場としたと伝わる(伝承)
- 鎌倉中期:一遍上人が参籠・修行。『一遍聖絵』にその様が描かれる
- 明治7年(1874年):第一世住職が晋山。大宝寺奥の院から独立したとされる
- 明治31年(1898年):仁王門・虚空蔵堂を残し全山焼失
- 大正9年(1920年):大師堂再建(国指定重要文化財)
- 昭和2年(1927年):本堂復興
- 昭和9年(1934年):山門復興
- 昭和27年(1952年):鐘楼復興
- 昭和38年(1963年):宿坊遍照閣建立
- 昭和53年(1978年):逼割不動堂・白山権現堂建立
見どころ・伽藍
- 国名勝の寺域巨岩と堂宇が一体となった山岳景観。
- 岩屋・霊窟四十九院の岩屋・三十三の霊窟があったと伝わる修験の遺構。
- 穴禅定本堂に向かう石段の下にある修行の場。
- 道開き不動納経所下の曲がり角、虚空蔵堂の裏に安置。
- 逼割禅定奥の院から大師堂奥の山道を辿る修行場。
- 巨岩の中腹に本堂・大師堂が建ち込まれ、奇峰と一体の景観をなす。
- 大師堂は国指定重要文化財で、大正9年に本堂より一回り大きく再建された。
- 本堂には木造不動明王(弘法大師作と伝わる)が本尊として安置される。
- 奥の院の岩窟には石造不動明王が秘仏として祀られていると伝わる。
- 仁王門と虚空蔵堂は明治31年の火災を免れ、現存する。
- 護摩炉壇・仙人堂はかつて境内にあり、一遍上人の修行の場であったと伝わる。
- 穴禅定は本堂に向かう石段の下にあり、身を修する修行の場として知られる。
- 道開き不動は納経所下の曲がり角、虚空蔵堂の裏に安置される。
- 宿坊遍照閣(昭和38年)、逼割不動堂・白山権現堂(昭和53年)が境内を補う。
- 七鳥(三宝鳥・慈悲心鳥・慈悲声鳥・鼓鳥・鈴鳥・笛鳥・鉦鼓鳥)の伝説や、イヨクジャク・イワヤシダ・イワヤスゲなどの植物も特徴として紹介される。
- 奥の院の岩窟に石造不動明王が秘仏として安置されていると伝わる。
- 逼割禅定へは大師堂奥の山道を辿る。
- 法華仙人が籠った岩窟、四十九院の岩屋・三十三の霊窟の伝承が残る。
- 鈴の音山河は現住職作詞・作曲のうたで、お遍路さんをさわやかに送ると紹介される。
- 大師堂(国指定重要文化財、大正9年再建、本堂より一回り大きい)
- 寺域(国の名勝)
信仰と物語
- 本尊不動明王の祈りの力により、岩屋の岩石の中にさえ極楽が現れると詠われる(御詠歌)。
- 木像と石像の二体の不動は、顕密修験の信仰を象徴する。
- 護摩修法は弘法大師が全山を舞台に修したと伝わり、不動信仰の中心である。
- 穴禅定・逼割禅定は身を修する修行場として信仰が受け継がれている。
- 土佐の女性が岩窟で法華三昧を成就し、法華仙人となった。空中を飛ぶ神通を示したが、大師に帰依して全山を献上したと伝わる。
- 一遍上人がこの古刹で参籠し、その姿が『一遍聖絵』に描かれる。
- 鈴の音山河は現住職作詞・作曲のうたで、お遍路さんをさわやかに送ると紹介される。
- 御詠歌「大聖のいのる力のげに岩屋 石のなかにも極楽ぞある」は岩窟の不動信仰を詠じる。
- 御詠歌の結句は極楽・利益・守護など本尊信仰の要点を詠じ、参拝の心構えとして唱和される。
- 弘法大師:弘仁6年に不動明王を刻み霊場を開いたと伝わる開基。
- 法華仙人:土佐の女性で、岩窟修行の後に全山を献上したとされる。
- 一遍上人:鎌倉中期に参籠・修行。
- 明治以降の住職・檀徒:火災後の復興を支えた。
参拝の手引き
- 年中行事は霊場会公式サイト・寺公式サイトを参照。
- 山岳部のため、参拝には体力と装備が必要。冬季や悪天候の際は事前に確認を。
- 電話:0892-57-0417
- 第44番大宝寺(菅生山)との山岳連続参拝は、遍路の難所の一つ。
- 松山ICから国道33号を久万方面へ。久万中学校前で左折して県道12号線に入り、国民宿舎古岩屋荘を約3キロ過ぎた右手。
- 車:松山インターチェンジから国道33号線を久万方面。久万中学校前で左折し県道12号線を走り、国民宿舎古岩屋荘を約3キロ過ぎた右手。
- 〒791-1511 愛媛県上浮穴郡久万高原町七鳥1468
- 0892-57-0417
- あり(有料)
出典
本文の確認に用いた公開資料と、札所別研究記録に記載された書誌情報です。公開本文のURLを確認できた資料はリンクし、書誌情報のみ確認できたものはその旨を明記しています。

