1. ホーム
  2. 読みもの
  3. 開経偈とは
読みもの

開経偈

お経の前にとなえる四句の意味と来歴

仏前でお経をおとなえするとき、最初にとなえる短い偈げがあります。開経偈かいきょうげ。教えを短い詩の形にまとめた言葉を、偈といいます。家庭のお仏壇でも、お寺の本堂でも、お遍路の札所でも、多くの宗派で、わずか28文字のこの偈からお勤めが始まります。ところが、この偈を作った人の名は伝わっていません。
経本の上に黒い数珠が置かれた、開経偈の記事画像

 

  1. 読経の始めにとなえる四句
  2. 四句の意味
  3. 「百千万劫」はどれほどの長さか
  4. 開経偈の作者
  5. 四句の言葉の出どころ
  6. 四句がそろった時代と場所
  7. 則天武后の伝説
  8. 時代と場所による文字の違い
  9. インドの原典と三つの言語圏
  10. 真言宗の典籍と開経偈
  11. 札所でとなえるとき
  12. 宗派によるかたちの違い
  13. 作者の名が伝わらない偈をとなえる
  14. 開経偈についてよくある質問
  15. 出典と参考資料
お経の前に

読経の始めにとなえる四句

開経偈は、お経の本文に入る前にとなえる偈です。お経を開くときの偈なので、開経偈といいます。

四句28文字で、教えに出遇うとはどういうことかを述べています。偈文は次のとおりです。

開経偈

日本語訳
この上なく深く、すぐれた仏さまの教えには、百千万劫という気の遠くなるような時間を経ても、なかなか出遇えるものではない。その教えに、私はいま出遇い、見聞きし、受け持つことができた。願わくは、如来の説かれた真実の意味を理解することができますように。
原文
無上甚深微妙法 百千萬劫難遭遇 我今見聞得受持 願解如來真實義
解説
読みは「むじょうじんじんみみょうほう ひゃくせんまんごうなんそうぐう がこんけんもんとくじゅじ がんげにょらいしんじつぎ」。訓読では「無上甚深微妙の法は、百千万劫にも遭遇あい難し。我れ今見聞し受持することを得たり。願わくは如来の真実義を解げせん」と読みます。
出典
元の時代の律宗の規則書、省悟せいご編『律苑事規りつおんじき』(卍続蔵 No.1113、1324年)所載。現行とまったく同じ形を載せる、初期の文献のひとつです。この偈がいつどこで生まれたのかは、後段でゆっくりたどります。
四句のこころ

四句の意味

前の二句は教えの尊さと出遇いの難しさを讃え、後の二句は「いま出遇えた」という慶びと、教えを理解したいという願いを述べます。明の時代の注釈書『銷釈金剛経科儀会要註解』(卍続蔵 No.467)も「前の二句は妙法の遇い難さを讃美し、後の二句は慶びの発願である」と説いています。四句をたどると、教えを聞く聞法もんぼうの心が、讃える、嘆く、気づく、願うの順に進みます。

四句の組み立て

讃嘆さんだん無上甚深微妙法教えの尊さを讃える
稀有けう百千万劫難遭遇出遇いの難しさを嘆く
前二句=法を讃える / 後二句=私の言葉
自覚我今見聞得受持「いま出遇えている」と気づく
発願ほつがん願解如来真実義真実の意味の理解を願う
明の注釈書『銷釈金剛経科儀会要註解』は「前の二句は妙法の遇い難さを讃美し、後の二句は慶びの発願」と分けます。前半の二句は法を、後半の二句はとなえる私を主語にしています。

第一句

無上甚深微妙法

仏さまの教えを三つの言葉で讃えます。無上は「これより上がない」、甚深は「はかりしれず深い」、微妙みみょうは「言葉にできないほど精妙」。「甚深微妙法」は、『法華経』の偈にそのまま出てくる言葉です。

第二句

百千万劫難遭遇

劫こうは古代インドの時間の単位で、とほうもなく長い時間を指します。その劫を百千万重ねても、教えにはなかなか出遇えない、という句です。いま教えに出遇えていることが、どれほどまれなことかを言っています。

第三句

我今見聞得受持

「それほど出遇い難いものに、私は、いま、出遇っている」という自覚の句です。受持じゅじは、受けとめて保ち続けることをいいます。

第四句

願解如来真実義

聞くだけ、読むだけで終わらせず、如来が本当に伝えようとされた意味を理解したい、という願いで結びます。読経はこの願いから始まります。

とほうもない時間

「百千万劫」はどれほどの長さか

百千万劫は、教えに出遇うことのまれさを言い表す言葉。

第二句の「劫」は、お経でとても長い時間を言うときの単位です。その長さを、お経は譬えで説きます。一由旬ゆじゅん四方の大きな岩を、天人が100年に一度だけ舞い降りて、天女の羽衣はごろもでそっとひと撫でする。その岩がすり切れて無くなっても、まだ一劫は終わらない。磐石劫ばんじゃくごうと呼ばれる譬えです。由旬は古代インドの距離の単位です。同じ趣で、鉄の城を満たした芥子けし粒を100年に一粒ずつ取り去る、芥子劫けしごうの譬えもあります。

開経偈は、その劫を「百千万」重ねても出遇い難いと言って、教えに出遇うことのまれさを表します。

出遇い難さそのものを語る譬えも、お経にあります。大海に浮かぶ一本の木に小さな孔がひとつ空いていて、海の底には100年に一度だけ海面に顔を出す盲目の亀がいる。その亀が顔を出した拍子に、ちょうどその孔へ首が入る。人の身に生まれ、仏の教えに出遇うことは、それよりも難しい。盲亀浮木もうきふぼくの譬えです。お釈迦さまはこの譬えを説いたあと、こう続けます。「そして、あなたたちは、いまその得難いものをすべて得ている」。この譬えは、いま得ているものに気づかせるために説かれています。開経偈の第三句「我今がこん」も、いま教えに出遇えていることに気づく句です。

磐石劫や芥子劫は、劫の長さを思い描くための譬えです。本来の劫は、世界のひとめぐりの時間です。世界が形づくられ、生きものが住み、やがて壊れ、何もない空白にもどる。このひとめぐりを大劫だいごうといい、『倶舎論くしゃろん』は成劫じょうごう・住劫じゅうごう・壊劫えごう・空劫くうごうの四つの時期に分けて説きます。開経偈が「百千万」と重ねるのは、この大劫です。

劫こう(kalpa)とは、どれほどの時間か

たとえ:尽きても、なお終わらない

磐石劫ばんじゃくごう(天女の羽衣はごろも)一由旬いちゆじゅん四方の大きな岩を、天人が100年に1度、やわらかな羽衣でそっと撫でる。岩がすり切れて消えても、1劫はまだ終わらない
芥子劫けしごう一由旬四方の鉄くろがねの城を芥子けし粒で満たし、100年に1粒ずつ取り去る。芥子が尽きても、1劫はまだ終わらない

『雑阿含経』巻34・『増一阿含経』巻50・『大智度論』ほか。由旬(ゆじゅん)は古代インドの距離の単位。

これは劫の長さを思い描くための譬たとえです。本来の劫は、世界のひとめぐりの時間です。

本義:大劫だいごう(mahākalpa)=世界のひとめぐり

成劫じょうごう世界が形づくられる
→
住劫じゅうごう生きものが住む
→
壊劫えごう世界が壊れていく
→
空劫くうごう何もない空白
↺

四つの時期はそれぞれ中劫ちゅうごう(人の寿命が延び縮みするひとめぐり)20劫こう分。
20×4=80中劫で、ようやく1大劫。成仏には、これを無数に重ねた三大阿僧祇劫さんだいあそうぎこうがかかると説かれます。

『倶舎論』「分別世品」。

開経偈は、その大劫を「百千万」と重ねる百千万劫難遭遇 = どれほど時を重ねても、教えに出遇うのは難しい
劫の本来の意味は、世界が形づくられ、生きものが住み、壊れて、空白にもどるまでの、ひとめぐりの時間です。
作者の謎

開経偈の作者

四句そろった開経偈が現れる最も古い文献は、南宋の1179年。

開経偈を誰が、いつ作ったのかは、すぐには答えられません。お経の一節なら経典名を答えればすみますが、開経偈はどのお経にも、そのままの形では出てこないからです。中国では「唐の則天武后そくてんぶこうが作った」と伝わっています。

そこで、現存する仏教文献で、四句とその元になった言葉を検索しました。調べたのは、漢訳大蔵経の全文を検索できる電子テキスト(CBETA・SAT)を中心に、パーリ語の三蔵、サンスクリット語の校訂テキスト、チベット語大蔵経、敦煌出土文献、浄土宗全書までの文献群です。

四句そろった開経偈を載せる最も古い本は、南宋の1179年の序文をもつ『金剛経註』です。唐の時代までの文献には、四句の形では出てきません。作者の名を記した文献もありません。一方で、四句のうち三句の言葉は、それぞれ別のお経から来ています。

文献群ごとの検索結果

◉漢訳大蔵経(CBETA・SAT)漢訳の経典・儀礼文献の全文四句あり。最古は南宋1179年序
─敦煌出土文献唐から五代の講経・礼懺の文書四句なし。同じ位置に先駆の偈(押座文)
─パーリ三蔵上座部の経・律・論四句なし。モチーフの最古層あり
─サンスクリット文献梵語の経典校訂テキスト四句なし。同じ統語の偈あり
─チベット大蔵経カンギュル・テンギュル四句なし。「暇満難得」の観修として展開
─浄土宗全書江戸期までの浄土宗文献四句なし。導入は近代と推定
四句そろった開経偈が見えるのは、漢訳の文献だけです。開経偈は、漢語の仏教で生まれた偈です。
言葉の出どころ

四句の言葉の出どころ

四句のうち三句は、それぞれ別のお経の言葉に遡る。

開経偈の第一句・第二句・第四句の言葉は、よく読まれてきた大乗経典から来ています。第三句の「我今」という言い方も『法華経』にあります。おもな出どころ三つを、原文とともに挙げます。

四句の言葉は、どのお経から来たか

無上甚深微妙法←『法華経』方便品「甚深微妙法」鳩摩羅什訳、406年
百千万劫難遭遇←『華厳経』如来出現品「百千萬劫難可聞」実叉難陀訳、699年。敦煌の礼懺文「難得待遇」も先行
我今見聞得受持←一致する先行例なし方便品で仏が言う「我今已具得」を、読誦する人の言葉に転じた新しい句
願解如来真実義←『勝鬘経』章名「如来真実義功徳章」求那跋陀羅訳、436年
開経偈は、よく読まれてきた大乗経典の言葉をもとにまとめられた偈です。第三句だけは、四句がまとめられたときに新しく作られたと考えられます。

『法華経』方便品

日本語訳
煩悩を離れ、思いはかることのできない、甚深微妙の法を、私(仏)はいますでに具つぶさに得た。ただ私だけがこの相を知っている。十方の仏たちもまた同じである。
原文
無漏不思議、甚深微妙法、我今已具得、唯我知是相、十方佛亦然。
解説
第一句「甚深微妙法」と、第三句の「我今」という言い方の出どころです。お経では、仏が「我今已に得たり」と語ります。開経偈では、この「我今」を、お経を読むひとりひとりがとなえます。
出典
鳩摩羅什くまらじゅう訳『妙法蓮華経』「方便品」(大正蔵 No.262)。同品には「甚深微妙法、難見難可了(見難く了り難し)」の句もあります。

『華厳経』如来出現品

日本語訳
このような微密甚深の法は、百千万劫にも聞き難い。精進と智慧をそなえた者だけが、この秘奥の義を聞くことができる。もしこの法を聞いて欣よろこび慶ぶ者がいれば、その人はかつて無量の仏を供養した人である。
原文
如是微密甚深法、百千萬劫難可聞、精進智慧調伏者、乃得聞此祕奧義。若聞此法生欣慶、彼曾供養無量佛。
解説
第二句にいちばん近い句です。聞き難い法を聞くことができた慶びをうたう点も、開経偈と同じです。この『華厳経』は、則天武后の勅命で訳された新しい訳(八十巻本)で、後で述べる武后の伝説にかかわります。
出典
実叉難陀じっしゃなんだ訳、八十巻本『大方広仏華厳経』「如来出現品」(大正蔵 No.279、699年訳了)。

敦煌の押座文

日本語訳
いま甚深微妙の法を聴けば、身のうちの仏性はおのずから明らかになる。一句二句の大乗経は、身のうちのどれほどの罪を滅することか。聞法を願う者は合掌せよ。都講どうこうよ、経題を唱え出だせ。
原文
在聽甚深微妙法。身中佛性甚分明。(中略)一句兩句大乘經。滅却身中多少罪。(中略)願聞法者合掌著。都講經題唱將來。
解説
唐から五代の敦煌で、お経を講義する講経の初め、経題をとなえる直前に、集まった人々に向けてとなえた偈文です。都講とは、講経の場で経文を読み上げる役の僧のことです。まだ四句の開経偈ではありませんが、「甚深微妙法」、教えを聞いて罪が滅すること、合掌という、開経偈と同じ題材が、同じ場面でとなえられています。開経偈の元になる習わしが、唐代の講経の場にあったことが分かります。
出典
『押座文類おうざぶんるい』(大正蔵 No.2845、敦煌出土)。
補足

第四句の「如来真実義」という言葉は、五世紀に訳された『勝鬘経しょうまんぎょう』第一章の章名「如来真実義功徳章」に遡ります。第二句には『勝天王般若経しょうてんのうはんにゃきょう』(565年訳)の「百千萬劫法難聞」という類句もあります。第三句「我今見聞得受持」だけは、同じ句が漢訳大蔵経に見つかりません。この句は、仏が語る「我今」を、お経を読む人の「我今」に作りかえた句で、開経偈でいちばん工夫されたところです。

成立のあゆみ

四句がそろった時代と場所

四句のそろった開経偈がいつ文献に現れるかは、漢訳大蔵経の全文検索でかなりはっきり分かります。

今に残る最も古い本は、南宋の禅僧、冶父道川やぶどうせんの『金剛経註』で、1179年の序文があります。その巻頭に、金剛経を読む人が読む前に行う作法、前行ぜんぎょうとして「浄口業真言、八金剛の啓請、開経偈」が載っています。開経偈が最初に現れるのは、民間の金剛経読誦の場です。その後、元の時代に、禅と律の規則書(清規)である『禅林備用清規』(1311年自序)と『律苑事規』(1324年)に取り入れられました。明の時代には日課のお経本に載って、今の形になりました。

  1. 唐から五代

    敦煌の講経の場

    経題をとなえる直前に、聞法をうながす偈(押座文)がとなえられていました。四句の開経偈はまだ現れません。

  2. 南宋(1179年序)

    『金剛経註』巻頭に現存最古の四句

    金剛経を読む前の作法として、「開経偈」の名で載っています。

    現存最古

  3. 元(14世紀初頭)

    禅と律の清規に定着

    『禅林備用清規』『律苑事規』が、お経を読む前の偈として定めます。

  4. 室町(15世紀)

    日本へ

    中国で学んだ禅僧たちが、法会の次第とともに持ち帰ります(『愚中和尚語録』1425年刊)。

  5. 明(1600年頃)

    日課誦本で標準化

    袾宏(しゅこう)校訂『諸経日誦集要』で「本尊三称、開経偈、経文」という現行の次第が確立します。

  6. 江戸から近代

    諸宗の勤行へ

    日本の各宗の在家勤行に広がり、今日の形になります。

伝説と事実

則天武后の伝説

伝説の根は、武后の勅命で訳された『華厳経』にある。

開経偈の由来として、「唐の則天武后が、『華厳経』の新訳が完成したときの感動を詠んだ」という言い伝えがあります。中国では広く親しまれている話です。

文献の上では、次のことが分かっています。武后がみずから書いた『華厳経』の序文(699年)は全文が今に残りますが、そこに開経偈はありません。漢訳大蔵経にも、この偈を武后の作とする唐や宋の記録は見つかりません。四句が文献に現れるのは、華厳経の翻訳から約480年後です。言い伝えが書物に現れるのは近代です。確認できる最も古い記録は、清末・民国期の天台僧、諦閑たいかん法師(1858–1932)が『水懺申義疏すいさんしんぎしょ』に記した「此偈相傳是武后製作(この偈は言い伝えでは武后の作とされる)」という一文です。諦閑法師も、「相傳」つまり言い伝えとして書いています。

この伝説には根があります。第二句の元になった「百千万劫難可聞」の偈は、武后の勅命で訳された八十巻本『華厳経』にあります。また、武后がみずから書いた序文には、「仏が世を去って遠く隔たった後の五百年の世に、思いがけず仏の言葉に出会えた」「尊い偈頌を一目見て、心が喜びで満ちた」とあります。第二句の出どころが武后の訳させた『華厳経』であること、その序文に教えに出遇えた喜びが書かれていること。この二つが重なって、武后がこの偈を詠んだと語り伝えられるようになったのだと思います。

則天武后の伝説と文献の年代

699年武后の『華厳経』新訳が完成。武后みずから序文を書く序文の全文が現存。開経偈は含まれていない
約480年唐・北宋の文献に、四句も「武后作」の記述も現れない
1179年道川『金剛経註』巻頭に四句が現れる(現存最古)作者の名は記されていない
さらに約700年元・明・清の文献にも、武后の作とする記述は見えない
近代諦閑法師(1858–1932)「此偈相傳是武后製作」「相傳(言い伝えでは)」と記す。武后の作とする最も古い記述
第二句の元になった「百千萬劫難可聞」は、武后の勅命で訳された『華厳経』にあります。伝説の根はそこにあると考えられます。
異本の系統

時代と場所による文字の違い

文字の揺れは、この偈が読誦の場で使われ続けてきたしるし。

開経偈の文字は、時代と場所によって少しずつ違います。

元の『禅林備用清規』は第二句を「百千万億難遭遇」に作ります。明の誦戒儀の系統には「百千万億劫難遇」の形があり、現代中国で流通する誦本には「難得値(値あい難し)」と結ぶ形があります。清の『慈悲薬師宝懺』は、第四句を「願解如来懺法義」に作り替えて、懺法せんぼうのための偈にしています。

日蓮宗が用いる「願わくは如来の第一義を解せん」という形は、漢訳大蔵経には見えません。江戸時代の刊本『読誦法華用心抄』(1681年刊)に由来する、日本で生まれた形です。

偈は、読誦する場ごとに、声に出しやすい形や、その法会の趣旨に合う形へと、少しずつ変わってきました。文字の揺れは、この偈が読誦の場で使われ続けてきたしるしです。

標準形から分かれた、おもな異本

標準形:無上甚深微妙法 百千万劫難遭遇 我今見聞得受持 願解如来真実義元『律苑事規』(1324年)以来の大多数の形。現行と同じ
↓
百千万億難遭遇元『禅林備用清規』(1311年自序)ほか第二句の「劫」が「億」になる系統
百千万億劫難遇明の誦戒儀の系統(袾宏・智旭)読経用と誦戒用の二系統が明代に併存
百千万劫難得値現代中国の誦本の一部「値(あ)い難し」と結ぶ近代の形
願解如来第一義日蓮宗。『読誦法華用心抄』(1681年刊)に由来漢訳大蔵経に用例なし。日本で生まれた形
願解如来懺法義清『慈悲薬師宝懺』懺法専用に第四句を作り替えた形
偈は、読誦する場ごとに、声に出しやすい形や、法会の趣旨に合う形へと変わってきました。文字の揺れは、この偈が使われ続けてきたしるしです。
世界のなかの開経偈

インドの原典と三つの言語圏

開経偈は漢語の仏教で生まれ、そのこころはインドの古い経典に遡る。

開経偈は、漢語の仏教で生まれた偈です。パーリ語・サンスクリット語・チベット語の文献にも、開経偈と一語ずつ対応する原典は見つかりません。

一方で、偈のこころは、最も古い仏典にまで遡ります。パーリ語の『ダンマパダ』は「諸仏の出現は難い」と詠み、盲亀浮木の経は「あなたたちは、いまその得難いものを得ている」と呼びかけます。サンスクリットの『ガンダヴューハ』には「百倶胝劫ひゃくくていこうをもってしても」という、第二句と同じ組み立ての偈があります。

このインド以来のこころは、言語圏ごとに違う形で伝わりました。漢語圏では、読経の前にとなえる四句の偈になりました。チベットでは「暇満難得かまんなんとく」、つまり「自由と条件のそろったこの人身は得難い」とくり返し観察する、修行の項目になりました。パーリ語圏では、譬え話の教えのまま伝わっています。

「教えは得難い」というこころの、三つの伝わり方

インド仏教のモチーフ:人身は得難く、仏の出現は稀で、法は聞き難い『ダンマパダ』182偈、盲亀浮木の経 ほか
↓
漢語圏読誦の偈げ開経偈。お経を読む前に四句をとなえる
チベット圏観修かんしゅの項目「暇満難得」。人身の得難さを繰り返し観察する
パーリ語圏譬えの教説盲亀浮木の譬えのまま、説法として伝える
同じインド由来のこころを、漢語圏は読経前の偈として、チベットは修行の項目として、パーリ語圏は譬え話のまま伝えました。

『ダンマパダ』182偈

日本語訳
人の身を得ることは難く、死すべき者たちの生命は難い。正法を聞くことは難く、諸仏の出現は難い。
原文
Kiccho manussapaṭilābho, kicchaṃ maccāna jīvitaṃ; Kicchaṃ saddhammassavanaṃ, kiccho buddhānamuppādo.
解説
第二句と同じこころをうたう、古い偈です。人の身を得ること、命をたもつこと、正法を聞くこと、仏が世に出ることの、四つの難しさを挙げます。三国時代の呉で訳された『法句経』述仏品にも、「得生人道難、生壽亦難得、世間有佛難、佛法難得聞」と、同じ四つを挙げる偈があります。
出典
パーリ語『ダンマパダ(法句経)』182偈。

『ガンダヴューハ』81偈

日本語訳
「仏」という言葉を聞くことすら、百倶胝劫をもってしても極めて得難い。まして、一切の疑いを断つ最上の仏にまみえることは、言うまでもない。
原文
sudurlabho buddhaśabdaḥ kalpakoṭīśatair api / kiṃ punar darśanaṃ sarvakāṅkṣāchedanam uttamam //
解説
とほうもなく長い劫と、出遇うことの難しさを組み合わせた、第二句と同じ組み立ての偈です。開経偈がこの偈を訳したわけではありませんが、開経偈のこころがインドの仏教から受け継がれていることが分かります。
出典
『ガンダヴューハ(華厳経「入法界品」の梵本)』偈81。
弘法大師

真言宗の典籍と開経偈

開経偈が生まれる前から、同じこころが『大日経疏』とお大師さまの著作にある。

ここからは、真言宗での読み方です。開経偈は、お大師さま(弘法大師空海)の時代より後にまとまった偈です。けれども、この偈と同じこころが、真言宗の根本注釈書『大日経疏』と、お大師さまの著作にははっきりと書かれています。

善無畏ぜんむい三蔵が説き、一行いちぎょう禅師が記した『大日経疏だいにちきょうしょ』巻二(大正蔵 No.1796)は、第二句の「劫」にあたる語に、時分じぶんつまり時間と、妄執もうしゅうつまり迷いの、二つの意味を読みます。粗い迷い・細かい迷い・極めて細かい迷いの三つを「三劫さんごう」とし、この三つの迷いを一生のうちに超えれば、その一生で仏になると説きます。これが即身成仏そくしんじょうぶつの教えにつながります。劫を迷いと読めば、とほうもない時間の話が、いまの迷いを超える教えになります。

空海『秘蔵宝鑰』巻中

日本語訳
そもそも法は諸仏の師であり、仏は法を伝える人である。一句の妙法は億劫にも遇い難く、一仏のみ名の尊さは、優曇華うどんげの花さえ喩えにならない。だからこそ雪山童子せっせんどうじは半偈のために身を投げ、求法の人は皮を剥いで経を写した。世界に満ちる財宝も一句の法に及ばず、恒河の砂ほどの身命も四句の偈には代えられない。
原文
夫法名諸佛之師。佛則傳法之人。一句妙法億劫難遇。一佛名字憂曇非喩。是故雪童投身、精進剥皮。滿界財寶不如一句之法、恒沙身命不比四句之偈。
解説
お大師さまは、教えの一句に出遇うことの重さを「億劫難遇」と書きます。雪山童子は、教えの半句を聞くために身を投げたと『涅槃経』に説かれる、お釈迦さまの前生の求道者です。法の尊さ、出遇いの難しさ、四句の偈の重みを順に述べる組み立ては、開経偈の前半二句と同じです。
出典
空海『秘蔵宝鑰ひぞうほうやく』巻中(大正蔵 No.2426)。

『大日経疏』巻一

日本語訳
右に明かした第一甚深微妙の法、すなわち一切智の人でなければ解することのできない法は、いったいどこから得るのか。それは行者の自心にほかならない。もしありのままに観察して、はっきりと証知できたなら、それを菩提を成ずると名づける。実に、他によって悟るのでも、他から得るのでもない。
原文
如上所明第一甚深微妙之法、乃至非一切智人則不能解者。此法從何處得耶。即是行者自心耳。若能如實觀察了了證知、是名成菩提。其實不由他悟、不從他得。
解説
開経偈の第一句とほぼ同じ「第一甚深微妙之法」という言葉があり、その法は「行者の自心」にあると説かれます。真言宗でお経を読むときの心がまえの基になる一節です。
出典
善無畏ぜんむい述・一行いちぎょう記『大毘盧遮那成仏経疏(大日経疏)』巻一(大正蔵 No.1796)。真言宗の根本注釈書です。

空海『般若心経秘鍵』序

日本語訳
そもそも仏法は遥かかなたにあるのではない。心の中にあって、すぐに近い。真如は外にあるのではない。この身を捨てて、どこに求めるというのか。迷いも悟りも自分にあるのだから、発心すればただちに到る。明も暗も他人のことではないのだから、信じて修すればたちまちに証する。
原文
夫佛法非遙。心中即近。眞如非外。棄身何求。迷悟在我。則發心即到。明暗非他。則信修忽證。
解説
お大師さまはこの序で、仏法は遥かかなたではなく、心の中にあると説きました。開経偈より前に書かれた言葉ですが、第四句「願わくは如来の真実義を解せん」の願いと重なります。
出典
空海『般若心経秘鍵はんにゃしんぎょうひけん』(大正蔵 No.2203)。
補足

真言宗で読むなら、「如来」は法身大日如来、「真実義」は自心の源底げんてい、つまり自分の心のいちばん深いところです。「受持」は、仏さまの大悲と私たちの信心が通じ合う、加持かじのはたらきと読めます。そして「願わくは解せん」という願いは、『秘鍵』の頌にいう「一字に千理を含み、即身に法如を証す」、つまりこの身のままで真理を悟ってゆく実践の入口になります。

お遍路で

札所でとなえるとき

四国八十八ヶ所の勤行次第では、開経偈は懺悔文、三帰・三竟、十善戒、発菩提心真言、三昧耶戒真言に続いてとなえ、そのあとに般若心経をとなえます。罪を懺悔し、仏法僧に帰依し、戒をたもち、菩提心を発おこして心を整えてから、開経偈でお経を開きます。

「出遇い難い教えに、いま出遇えている」という意味を心に置いて、ゆっくりおとなえください。そのまま般若心経へ進みます。お参りは、車でも、バスでも、歩きでも、同じ偈から始まります。

平等寺は四国霊場の第22番札所です。本堂でこの四句をおとなえになるとき、その言葉が『法華経』や『華厳経』から千年あまりを経て伝わってきたことを、思い出していただけたらと思います。

四国霊場の勤行次第のなかで

合掌礼拝・懺悔文罪を懺悔する
三帰・三竟仏法僧に帰依する
十善戒戒をたもつ
発菩提心真言・三昧耶戒真言菩提心をおこす
開経偈お経を読む前にとなえる
般若心経お経を読む
御本尊真言・光明真言・御宝号真言をとなえる
回向文功徳を回向する
懺悔し、帰依し、戒をたもち、菩提心をおこして心を整えたあと、お経を読む直前に開経偈をとなえます。
ひろがり

宗派によるかたちの違い

開経偈は多くの宗派でとなえられますが、偈の形やとなえる場面は宗派ごとに違います。

真言宗

般若心経の直前に

檀信徒やお遍路の方が、勤行と霊場巡拝の次第で、十善戒と発菩提心真言などに続けてとなえます。僧侶の声明による法会の次第には含まれません。

禅宗(曹洞宗・臨済宗)

清規の伝統

お経を読む前にとなえます。読み終えたあとに「還経偈かんきんげ」をとなえて対にする、元の時代の清規以来の作法を伝えています。

浄土宗

誦経の直前に

日常勤行式で、香偈や懺悔偈などに続き、誦経の直前にとなえます。江戸期までの文献には四句が見えないため、現行の形は近代の『法要集』で取り入れられたものと推定します。善導大師『法事讃』の偈で代える作法もあります。

浄土真宗

「開講偈」として

日常のお勤め(正信偈中心)には含めません。同じ文を「開講偈かいこうげ」と呼び、聞法や講義の始めにとなえる伝統があります。

日蓮宗

独自の長い開経偈

四句を訓読したうえで、法華経を讃える句を続けた独自の形を用います。第四句は「願わくは如来の第一義を解せん」と、「真実義」を「第一義」に作ります。この形は日本で生まれたものです。

天台宗

寺院により

宗の公式の檀信徒勤行例には含まれませんが、経本や寺院によってとなえる例があります。

むすび

作者の名が伝わらない偈をとなえる

開経偈は、作者の名が伝わっていない偈です。『法華経』や『華厳経』の言葉をもとに、唐代の講経の習わしを受けて、南宋の金剛経読誦の場で四句にまとまり、その後も読誦のなかで整えられてきました。

作者の名が伝わらないので、この偈は、お経を開くすべての人の言葉としてとなえられます。第三句「我今」の「我」は、いつでも、となえるその人です。八百年あまり前に中国で金剛経を読んだ人も、今日仏前に座るあなたも、自分のこととして「我今」ととなえます。次にお経をおとなえするときは、「出遇い難い教えに、いま出遇えている」ということを、心に置いてみてください。

八百年あまり前に金剛経を読んだ人も、今日仏前に座る人も、同じ四句で「我今」ととなえます。

開経偈についてよくある質問

参考文献

出典と参考資料

本記事は、高野山真言宗 平等寺 住職 谷口真梁(たにぐち しんりょう)が、次の原典と資料にもとづいて記しました。漢訳の経典・儀礼文献は CBETA と SAT 大正新脩大藏經テキストデータベースの全文を直接検索し、引用はその本文に拠ります。パーリ語・サンスクリット語・チベット語の並行資料の調査記録は、別途まとめた調査資料に収めています。

経典(四句の言葉の出どころ・類句)

鳩摩羅什くまらじゅう訳『妙法蓮華経』「方便品」「如来寿量品」(大正蔵 No.262)
実叉難陀じっしゃなんだ訳『大方広仏華厳経』八十巻本「如来出現品」(大正蔵 No.279)
月婆首那がつばしゅな訳『勝天王般若波羅蜜経』(大正蔵 No.231)
求那跋陀羅ぐなばっだら訳『勝鬘師子吼一乗大方便方広経』「如来真実義功徳章」(大正蔵 No.353)
般若はんにゃ訳『大乗本生心地観経』(大正蔵 No.159)

儀礼文献(開経偈の初期の用例)

冶父道川やぶどうせん『金剛般若波羅蜜経註』金剛経啓請(卍続蔵 No.461、序1179年)
弌咸いっかん編『禅林備用清規』(卍続蔵 No.1250、1311年自序)
省悟せいご編述『律苑事規』(卍続蔵 No.1113、1324年)
宗鏡述・覚連重集『銷釈金剛経科儀会要註解』(卍続蔵 No.467)
雲棲袾宏うんせいしゅこう校『諸経日誦集要』(嘉興蔵 No.B044)
『押座文類』(大正蔵 No.2845、敦煌出土文献)
『礼懺文』(大正蔵 No.2855、敦煌出土文献)
『仏徳大通禅師愚中和尚語録』(大正蔵 No.2563、1425年刊)
天倫楓隠『諸回向清規式』(大正蔵 No.2578、1566年)
『読誦法華用心抄』(1681年刊)

パーリ語・サンスクリット語・チベット語の並行資料

『ダンマパダ(法句経)』182偈
『相応部』56.48(盲亀浮木の経)
『増支部』8.29
『ガンダヴューハ(華厳経「入法界品」梵本)』偈81
『サンガベーダヴァストゥ(僧団分裂事)』梵天勧請の段
チベット語訳『ステンポ・コーパ経(sdong po bkod pa'i mdo)』の「得難し」連祷

空海の撰述と真言宗の典籍

空海『秘蔵宝鑰』(大正蔵 No.2426)
空海『般若心経秘鍵』(大正蔵 No.2203)
空海『弁顕密二教論』(大正蔵 No.2427)
空海『即身成仏義』(大正蔵 No.2428)
空海『秘密曼荼羅十住心論』(大正蔵 No.2425)
善無畏述・一行記『大毘盧遮那成仏経疏(大日経疏)』(大正蔵 No.1796)

研究文献

釈諦閑『水懺申義疏』(新文豊出版、1993年)
大澤亮我「開経偈について」『教化研究』3号(浄土宗総合研究所、1992年)
「開経偈」『新纂浄土宗大辞典』WEB版(2016年)
李庚道「探析「開經偈」的傳說與源流」(慧炬機構懸賞論文)
楊明璋「俗講中的「入經說緣喻」與敦煌佛教講唱文學」『成大中文学報』88期(2025年)
馮家興「敦煌本疑偽經《金剛經纂》的文本層累及其流衍探議」『敦煌学』41期(2025年)
汪娟「敦煌景教文獻對佛教儀文的吸收與轉化」『中央研究院歴史語言研究所集刊』89本4分(2018年)

あわせて読む

お経と祈りの言葉の成り立ちを、さらに知るための記事です。

  • たくさんの仏さまがいる理由

    「一つの世界に仏はお一人」という決まりと「世界の数」から、日本の仏教の姿を原典でたどります。

    読む→
  • 縁日大全

    仏さまの縁日はなぜその日なのか。経典の原文からたどります。

    読む→
  • きゅうり加持とは

    三密加持と即身成仏のおしえを、夏の祈りの作法からやさしく解説します。

    読む→

平等寺オンライン

祈りと学びの入口

お参り、祈願、仏教を学ぶ時間へ。目的に合わせてお進みください。

ライブ配信祈願を申し込む平等寺
参拝・配信

参拝・配信

ライブ配信瑞喜(ZUIKI)お経の練習をする写経奉納絵馬奉納
祈り・供養

祈り・供養

法会一覧護摩祈祷のお申し込み授与品一覧祈願を申し込むAñjali - いまここで祈るDāna
学ぶ・読みもの

学ぶ・読みもの

平等寺を知る読みもの平等寺各種お次第特別法会
平等寺・参拝案内

平等寺・参拝案内

平等寺について交通アクセス参拝案内ライブ配信
相談・お問い合わせ

相談・お問い合わせ

住職に質問するこれまでにあった質問への答えお問い合わせ個人面談の予約おたよりを送る
すべてのページを見る

平等寺を知る

平等寺の歴史平等寺由来記平等寺の本尊 薬師如来持仏堂本尊 十一面観音毘沙門天地蔵菩薩不動明王親子二人の箱車

読みもの

平等寺吉凶暦縁日大全がん封じ(癌封じ)について安産祈願たくさんの仏さまがいる理由逆修供養開経偈について修験道とは何か入仏三摩耶について越三摩耶についてきゅうり加持について全国のきゅうり加持 実施寺院一覧十一面観音について毘沙門天について地蔵菩薩について不動明王について薬師如来について理趣経について準備中露地の偈(聞鐘偈)についてキャッシュレス賽銭準備中はじめての四国遍路四国八十八ヶ所 札所一覧

平等寺

平等寺について交通アクセス参拝案内

各種お次第

朝夕勤行次第金剛界禮讃胎蔵界禮讃仏前勤行次第西国三十三所巡礼次第食事作法次第

特別法会

新春特別護摩祈祷焼八千枚供お彼岸の意味と供養お盆供養法会きゅうり加持88plus縁日薬師増益護摩日曜薬師増益護摩

イベント一覧

トップページ東海講会高野山講会2023西国巡礼2024#1西国巡礼2024#2西国巡礼2025 結願の旅四国遍路ツアー 2026四国遍路ツアー 2026 第2回

コミュニティ

平等寺 参拝ガイドライン平等寺 撮影・SNS投稿ガイドラインコミュニティ・ガイドライン参拝者によるコンテンツ配信ガイドラインDiscord平等寺サーバー平等寺Notion

そのほかのページ

ライブ配信法会一覧護摩祈祷のお申し込み授与品一覧瑞喜(ZUIKI)お経の練習をする写経奉納絵馬奉納オンライン四国遍路住職に質問するこれまでにあった質問への答えお問い合わせ個人面談の予約おたよりを送る供物を送る祈願を申し込むAñjali - いまここで祈る寺報『soten』Dāna福徳 HukTok寺で手作りする祈祷済みのしめ飾り竹曼荼羅平等講随喜・念誦ポイントのランキング