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読みもの

開経偈

お経の前にとなえる四句の意味と来歴

仏前でお経をおとなえするとき、最初にとなえる短い偈げがあります。開経偈かいきょうげ。教えを短い詩の形にまとめた言葉を、偈といいます。家庭のお仏壇でも、お寺の本堂でも、お遍路の札所でも、多くの宗派で、わずか28文字のこの偈からお勤めが始まります。ところが、この偈を作った人の名は、歴史に伝わっていません。
経本の上に黒い数珠が置かれた、開経偈の記事画像

 

  1. 読経は、この四句から始まる
  2. 一句ずつ、ゆっくり読む
  3. 「百千万劫」は、どれほどの長さか
  4. この偈は、誰が作ったのか
  5. 四句の言葉の出どころ
  6. いつ、どこで生まれたのか
  7. 則天武后の伝説を確かめる
  8. 時代と場所による文字の違い
  9. インドの原典と三つの言語圏
  10. 真言宗の典籍と開経偈
  11. 札所でとなえるとき
  12. 宗派によるかたちの違い
  13. 作者の名が伝わらない偈をとなえる
  14. 開経偈についてよくある質問
  15. 出典と参考資料
お経の前に

読経は、この四句から始まる

開経偈は、お経の本文に入る前にとなえる偈です。お経を開くときの偈なので、開経偈といいます。

28文字の四句に、教えに出遇うとはどういうことかが述べられています。偈文は次のとおりです。

開経偈

日本語訳
この上なく深く、すぐれた仏さまの教えには、百千万劫という気の遠くなるような時間を経ても、なかなか出遇えるものではない。その教えに、私はいま出遇い、見聞きし、受け持つことができた。願わくは、如来の説かれた真実の意味を理解することができますように。
原文
無上甚深微妙法 百千萬劫難遭遇 我今見聞得受持 願解如來真實義
解説
読みは「むじょうじんじんみみょうほう ひゃくせんまんごうなんそうぐう がこんけんもんとくじゅじ がんげにょらいしんじつぎ」。訓読では「無上甚深微妙の法は、百千万劫にも遭遇あい難し。我れ今見聞し受持することを得たり。願わくは如来の真実義を解げせん」と読みます。
出典
元の時代の律宗の規則書、省悟せいご編『律苑事規りつおんじき』(卍続蔵 No.1113、1324年)所載。現行とまったく同じ形を載せる、初期の文献のひとつです。この偈がいつどこで生まれたのかは、後段でゆっくりたどります。
四句のこころ

一句ずつ、ゆっくり読む

四句の組み立ては明快です。前の二句が教えの尊さと出遇いの難しさを讃え、後の二句が「いま出遇えた」という慶びと、理解への願いを述べます。明の時代の注釈書『銷釈金剛経科儀会要註解』(卍続蔵 No.467)も「前の二句は妙法の遇い難さを讃美し、後の二句は慶びの発願である」と説いています。28文字のなかに、聞法もんぼう、つまり教えを聞くときの心の動きが、讃える、嘆く、気づく、願うの順にそろっています。

四句の組み立て

讃嘆さんだん無上甚深微妙法教えの尊さを讃える
稀有けう百千万劫難遭遇出遇いの難しさを嘆く
前二句=法を讃える / 後二句=私の言葉
自覚我今見聞得受持「いま出遇えている」と気づく
発願ほつがん願解如来真実義真実の意味の理解を願う
明の注釈書『銷釈金剛経科儀会要註解』は「前の二句は妙法の遇い難さを讃美し、後の二句は慶びの発願」と分けます。前半は法を、後半は唱える私を主語にした、二段重ねの構えです。

第一句

無上甚深微妙法

仏さまの教えを三つの言葉で讃えます。無上は「これより上がない」、甚深は「はかりしれず深い」、微妙みみょうは「言葉にできないほど精妙」。「甚深微妙法」という言い方は『法華経』の偈にそのまま見える、お経由来の言葉です。

第二句

百千万劫難遭遇

劫こうは古代インドの時間の単位で、宇宙的な長さの時間を指します。それが百千万と重なってもなお出遇い難い。教えに出遇えていることが、どれほど稀有なことかを示します。

第三句

我今見聞得受持

「それほど出遇い難いものに、私は、いま、出遇っている」という自覚の句です。受持じゅじは、受けとめて保ち続けることをいいます。

第四句

願解如来真実義

聞くだけ、読むだけで終わらせず、如来が本当に伝えようとされた意味を理解したい、という願いで結びます。読経はこの願いから始まります。

とほうもない時間

「百千万劫」は、どれほどの長さか

百千万劫は、出遇いの稀有さを言い表す言葉。

第二句の「劫」は、お経が時間の長大さを語るときの単位です。お経には有名な譬えがあります。一由旬ゆじゅん四方の大きな岩を、天人が100年に一度だけ舞い降りて、天女の羽衣はごろもでそっとひと撫でする。その岩がすり切れて無くなっても、まだ一劫は終わらない。磐石劫ばんじゃくごうと呼ばれる譬えです。由旬は古代インドの距離の単位です。同じ趣で、鉄の城を満たした芥子けし粒を100年に一粒ずつ取り去る、芥子劫けしごうの譬えもあります。

開経偈は、その劫を「百千万」と重ねて、どれほど時を重ねても出遇えないほど稀有なものだと言い表します。

出遇い難さそのものを語る譬えも、お経にあります。大海に浮かぶ一本の木に小さな孔がひとつ空いていて、海の底には100年に一度だけ海面に顔を出す盲目の亀がいる。その亀が顔を出した拍子に、ちょうどその孔へ首が入る。人の身に生まれ、仏の教えに出遇うことは、それよりも難しい。盲亀浮木もうきふぼくの譬えです。お釈迦さまはこの譬えを説いたあと、こう続けます。「そして、あなたたちは、いまその得難いものをすべて得ている」。譬えの狙いは、いま手の中にあるものに気づかせることにあります。開経偈の第三句「我今」は、この呼びかけにつながっています。

磐石劫や芥子劫は、劫の長さを思い描くための譬えです。劫の本来の姿は、世界そのもののひとめぐりにあります。世界が形づくられ、生きものが住み、やがて壊れ、何もない空白にもどる。この一巡りを大劫だいごうといい、『倶舎論』は成劫じょうごう・住劫じゅうごう・壊劫えごう・空劫くうごうの四つの時期に分けてこまやかに説きます。開経偈が「百千万」と重ねるのは、この大劫です。

劫こう(kalpa)とは、どれほどの時間か

たとえ:尽きても、なお終わらない

磐石劫ばんじゃくごう(天女の羽衣はごろも)一由旬いちゆじゅん四方の大きな岩を、天人が100年に1度、やわらかな羽衣でそっと撫でる。岩がすり切れて消えても、1劫はまだ終わらない
芥子劫けしごう一由旬四方の鉄くろがねの城を芥子けし粒で満たし、100年に1粒ずつ取り去る。芥子が尽きても、1劫はまだ終わらない

『雑阿含経』巻34・『増一阿含経』巻50・『大智度論』ほか。由旬(ゆじゅん)は古代インドの距離の単位。

これは「長さ」をしのばせる譬たとえにすぎません。劫の本来の姿は、世界そのものの一めぐりです。

本義:大劫だいごう(mahākalpa)=世界の一めぐり

成劫じょうごう世界が形づくられる
→
住劫じゅうごう生きものが住む
→
壊劫えごう世界が壊れていく
→
空劫くうごう何もない空白
↺

四つの時期はそれぞれ中劫ちゅうごう(人の寿命が延び縮みする一めぐり)20劫こう分。
20×4=80中劫で、ようやく1大劫。成仏には、これを無数に重ねた三大阿僧祇劫さんだいあそうぎこうがかかると説かれます。

『倶舎論』「分別世品」。

開経偈は、その大劫を「百千万」と重ねる百千万劫難遭遇 = どれほど時を重ねても、教えに出遇うのは難しい
岩や芥子の喩えは、長さを思い描くための方便です。劫の本義は、世界が成り・住し・壊れ・空ずる、ひとめぐりの時間の単位でした。
作者の謎

この偈は、誰が作ったのか

現存する文献の全文検索では、唐代までに四句の用例が見つからない。

これほど広くとなえられている開経偈は、いったい誰が、いつ作ったのでしょうか。お経の一節なら経典名を答えればすみますが、開経偈はどのお経を開いても、そのままの形では出てきません。「則天武后そくてんぶこうが作った」という伝説はよく聞きますが、それは本当でしょうか。

今回は、現存する仏教文献を片端から検索して確かめました。対象は、漢訳大蔵経の全文を検索できる電子テキスト(CBETA・SAT)を軸に、パーリ語の三蔵、サンスクリット語の校訂テキスト、チベット語大蔵経、敦煌出土文献、浄土宗全書まで、性格の異なる8つの文献群です。四句と、その部品になった言葉をことごとく検索しました。

四句そろった開経偈は、現存する唐の時代までの文献には一度も見つかりません。四句を載せる最も古いテキストは、南宋の1179年の序文をもつ『金剛経註』です。そしてどの文献にも、作者の名は書かれていません。一方で、四句のうち三句の言葉には、それぞれ別のお経にはっきりとした出どころがありました。

どこを探したか。8コーパス悉皆しっかい検索の結果

◉漢訳大蔵経(CBETA・SAT)漢訳の経典・儀礼文献の全文四句あり。最古は南宋1179年序
─敦煌出土文献唐から五代の講経・礼懺の文書四句なし。同じ位置に先駆の偈(押座文)
─パーリ三蔵上座部の経・律・論四句なし。モチーフの最古層あり
─サンスクリット文献梵語の経典校訂テキスト四句なし。同じ統語の偈あり
─チベット大蔵経カンギュル・テンギュル四句なし。「暇満難得」の観修として展開
─浄土宗全書江戸期までの浄土宗文献四句なし。導入は近代と推定
四句そろった開経偈が確認できるのは漢訳の文献のみ。インドの原典に翻訳元はなく、漢語の仏教世界で生まれた偈であることが、探した範囲の広さによって裏づけられます。
言葉の出どころ

四句の言葉の出どころ

四句のうち三句は、それぞれ別のお経の言葉に遡る。

開経偈の第一句・第二句・第四句は、それぞれ、よく読まれてきた大乗経典の言葉に遡ります。第三句も「我今」の型は『法華経』に見えます。代表的な出どころを、原文とともに三つ挙げます。

四句の言葉は、どのお経から来たか

無上甚深微妙法←『法華経』方便品「甚深微妙法」鳩摩羅什訳、406年
百千万劫難遭遇←『華厳経』如来出現品「百千萬劫難可聞」実叉難陀訳、699年。敦煌の礼懺文「難得待遇」も先行
我今見聞得受持←一致する先行例なし方便品で仏が言う「我今已具得」を、読誦する人の言葉に転じた新しい句
願解如来真実義←『勝鬘経』章名「如来真実義功徳章」求那跋陀羅訳、436年
開経偈は単一のお経からの引用ではなく、よく読まれてきた大乗経典の言葉の再編です。第三句だけが、四句がまとめられたときの新作と考えられます。

『法華経』方便品

日本語訳
煩悩を離れ、思いはかることのできない、甚深微妙の法を、私(仏)はいますでに具つぶさに得た。ただ私だけがこの相を知っている。十方の仏たちもまた同じである。
原文
無漏不思議、甚深微妙法、我今已具得、唯我知是相、十方佛亦然。
解説
第一句「甚深微妙法」と第三句「我今」の型の本源です。お経では仏が「我今已に得たり」と語ります。開経偈はこの「我今」を、お経を読むひとりひとりの言葉に転じています。
出典
鳩摩羅什くまらじゅう訳『妙法蓮華経』「方便品」(大正蔵 No.262)。同品には「甚深微妙法、難見難可了(見難く了り難し)」の句もあります。

『華厳経』如来出現品

日本語訳
このような微密甚深の法は、百千万劫にも聞き難い。精進と智慧をそなえた者だけが、この秘奥の義を聞くことができる。もしこの法を聞いて欣よろこび慶ぶ者がいれば、その人はかつて無量の仏を供養した人である。
原文
如是微密甚深法、百千萬劫難可聞、精進智慧調伏者、乃得聞此祕奧義。若聞此法生欣慶、彼曾供養無量佛。
解説
第二句の最も直接の先行句です。「聞き難い法を聞き得た慶び」という偈全体の趣意まで、開経偈と重なります。この『華厳経』は則天武后の勅命で訳された新訳(八十巻本)で、この点は武后の伝説にかかわります。
出典
実叉難陀じっしゃなんだ訳、八十巻本『大方広仏華厳経』「如来出現品」(大正蔵 No.279、699年訳了)。

敦煌の押座文

日本語訳
いま甚深微妙の法を聴けば、身のうちの仏性はおのずから明らかになる。一句二句の大乗経は、身のうちのどれほどの罪を滅することか。聞法を願う者は合掌せよ。都講どうこうよ、経題を唱え出だせ。
原文
在聽甚深微妙法。身中佛性甚分明。(中略)一句兩句大乘經。滅却身中多少罪。(中略)願聞法者合掌著。都講經題唱將來。
解説
唐から五代の敦煌で、講経の冒頭、経題をとなえる直前に大衆へとなえられた偈文です。都講とは、講経の場で経文を読み上げる役の僧のこと。四句の開経偈はまだありませんが、「甚深微妙法」「聞法滅罪」「合掌」という同じモチーフが、開経偈と同じ儀礼の位置に揃っています。開経偈という文化の母体が、唐代の講経の場にあったことを示します。
出典
『押座文類おうざぶんるい』(大正蔵 No.2845、敦煌出土)。
補足

第四句の「如来真実義」という言葉は、五世紀に訳された『勝鬘経しょうまんぎょう』第一章の章名「如来真実義功徳章」に遡ります。第二句には『勝天王般若経しょうてんのうはんにゃきょう』(565年訳)の「百千萬劫法難聞」という類句もあります。ところが第三句「我今見聞得受持」だけは、これと一致する先行例が漢訳大蔵経のどこにも見つかりません。開経偈でいちばん工夫された箇所は、この句です。仏が語る「我今」を、読誦する人の「我今」に作りかえています。

成立のあゆみ

いつ、どこで生まれたのか

それでは、四句のそろった開経偈はいつ現れるのでしょうか。漢訳大蔵経の全文検索で、その足どりをかなりはっきり追えます。ただし「最古」には二つの意味があります。現存する最も古いテキストと、年代の確かな最も古い用例です。

現存する最も古いテキストは、南宋の禅僧、冶父道川やぶどうせんの『金剛経註』巻頭です。序文の年は1179年です。開経偈は「浄口業真言、八金剛の啓請、開経偈」という、金剛経を読誦する人のための前行ぜんぎょう、つまり読誦の前に行う作法の一部として現れます。ただし巻頭のこの部分は、後の時代に付け加えられた可能性が残ります。そこで年代の確かな最古の用例としては、元の時代の規則書『禅林備用清規』(1311年自序)と『律苑事規』(1324年)を挙げます。どちらで数えても、開経偈が姿を現すのは民間の金剛経読誦の場です。その後、元の時代に禅と律の規則書(清規)へ、明の時代に日課のお経本へと定着し、今の形になりました。

  1. 唐から五代

    敦煌の講経の場

    経題をとなえる直前に、聞法をうながす偈(押座文)がとなえられていました。四句の開経偈はまだ現れません。

  2. 南宋(1179年序)

    『金剛経註』巻頭に現存最古の四句

    金剛経読誦の前行として「開経偈」の名とともに登場します(巻頭部分は後補の可能性が残ります)。

    現存最古

  3. 元(14世紀初頭)

    禅と律の清規に定着

    『禅林備用清規』『律苑事規』が、お経を読む前の偈として定めます。これが、年代の確かな最古の用例です。

  4. 室町(15世紀)

    日本へ

    中国で学んだ禅僧たちが、法会の次第とともに持ち帰ります(『愚中和尚語録』1425年刊)。

  5. 明(1600年頃)

    日課誦本で標準化

    袾宏(しゅこう)校訂『諸経日誦集要』で「本尊三称、開経偈、経文」という現行の次第が確立します。

  6. 江戸から近代

    諸宗の勤行へ

    日本の各宗の在家勤行に広がり、今日の形になります。

伝説と事実

則天武后の伝説を確かめる

偈が文献に現れるまで約480年。「武后作」という記録までは、およそ1200年。

開経偈の由来としてよく語られるのが、「唐の則天武后が、『華厳経』の新訳が完成したときの感動を詠んだ」という伝説です。中国では広く親しまれています。

今回の調査で確かめられた事実を、年代順に挙げます。武后が自ら書いた『華厳経』の序文(699年)は全文が現存しますが、開経偈は含まれていません。漢訳大蔵経の全文を検索しても、この偈を武后の作とする唐や宋の記録は見つかりません。四句が文献に現れるのは、華厳経の翻訳から約480年後です。そして伝説そのものが書物に現れるのは、さらに下って近代です。文献に確認できる最も古い記録は、清末・民国期の天台僧、諦閑たいかん法師(1858–1932)が『水懺申義疏すいさんしんぎしょ』に記した「此偈相傳是武后製作(この偈は言い伝えでは武后の作とされる)」という一文です。諦閑法師自身も、「相傳」という伝聞の形で書いています。つまり、偈そのものを武后の作と確かめられる文献は、今のところ見つかっていません。

それでも、この伝説には根があります。先に見たとおり、第二句の元歌というべき「百千万劫難可聞」の偈は、まさに武后の勅命で訳された八十巻本『華厳経』にあります。さらに武后みずから書いた序文には、「仏の言葉に五百年ぶりに思いがけず出会えた」「尊い偈頌を一目見て、心が喜びで満ちた」という言葉があります。第二句の言葉の出どころと、難遇の喜びを記した武后の序文の記憶が重なって、武后が偈を詠んだという物語が育ったのだと思います。

伝説と文献のあいだ。約480年の空白

699年武后の『華厳経』新訳が完成。武后みずから序文を書く序文の全文が現存。開経偈は含まれていない
約480年唐・北宋の文献に、四句も「武后作」の記述も現れない
1179年道川『金剛経註』巻頭に四句が現れる(現存最古)作者の名は記されていない
さらに約700年元・明・清の文献にも「武后作」の記述は現れない
近代諦閑法師(1858–1932)「此偈相傳是武后製作」「相傳(言い伝えでは)」という伝聞の形。これが文献上の初出
伝説の舞台(699年)と偈の文献上の登場(1179年)の間には、約480年の空白があります。一方で、第二句の元歌「百千萬劫難可聞」が武后欽定の『華厳経』にあることは事実で、伝説の根はそこにあると考えられます。
異本の系統

時代と場所による文字の違い

文字の揺れは、この偈が読誦の場で使われ続けてきたしるし。

全文検索では、もうひとつ分かったことがあります。開経偈の文字は、時代と場所によって少しずつ違います。

元の『禅林備用清規』は第二句を「百千万億難遭遇」に作ります。明の誦戒儀の系統には「百千万億劫難遇」の形があり、現代中国で流通する誦本には「難得値(値あい難し)」と結ぶ形があります。清の『慈悲薬師宝懺』にいたっては、第四句を「願解如来懺法義」と作り替えて、懺法さんぼうの専用の偈に仕立て直しています。

日蓮宗が用いる「願わくは如来の第一義を解せん」という形は、漢訳大蔵経の全文を検索しても一例も見つかりません。日蓮聖人の名に託された江戸時代の刊本『読誦法華用心抄』(1681年刊)に由来する、日本で育った形です。

読誦の現場ごとに、声に出しやすい形へ、その法会の趣旨に合う形へと、偈は少しずつ姿を変えてきました。文字の揺れは、この偈が読誦の場で使われ続けてきたしるしです。異本の広がりは、南宋から今日までのあゆみの記録です。

標準形から分かれた、おもな異本

標準形:無上甚深微妙法 百千万劫難遭遇 我今見聞得受持 願解如来真実義元『律苑事規』(1324年)以来の大多数の形。現行と同じ
↓
百千万億難遭遇元『禅林備用清規』(1311年自序)ほか第二句の「劫」が「億」になる系統
百千万億劫難遇明の誦戒儀の系統(袾宏・智旭)読経用と誦戒用の二系統が明代に併存
百千万劫難得値現代中国の誦本の一部「値(あ)い難し」と結ぶ近代の形
願解如来第一義日蓮宗(1681年刊の託名刊本に由来)漢訳大蔵経に用例ゼロ。日本で育った形
願解如来懺法義清『慈悲薬師宝懺』懺法専用に第四句を作り替えた形
文字が動くのは、テキストが生きて使われている証です。読誦の現場ごとに、声に出しやすい形へ、法会の趣旨に合う形へと、偈は姿を変えてきました。
世界のなかの開経偈

インドの原典と三つの言語圏

開経偈に、逐語の翻訳元となったお経は見つからない。

パーリ語・サンスクリット語・チベット語の文献も検索しましたが、開経偈に逐語で対応する原典は、どの言語にも見つかりませんでした。開経偈は、漢語の仏教世界で生まれた偈です。

ところが、偈のこころそのものは、仏典の最古層にまで遡れます。パーリ語の『ダンマパダ』は「諸仏の出現は難い」と詠み、盲亀浮木の経は「あなたたちは、いまその得難いものを得ている」と呼びかけます。サンスクリットの『ガンダヴューハ』には「百倶胝劫ひゃくくてんごうをもってしても」と、第二句と同じ統語の偈があります。

同じインド由来のこころを、それぞれの言語圏がまったく違うかたちに育てました。漢語圏では、読経の前にとなえる四句の偈になりました。チベットでは「暇満難得かまんなんとく」、つまり「自由と条件のそろったこの人身は得難い」と繰り返し観察する修行の科目になりました。パーリ語圏では、譬え話による教えのままです。

「教えは得難い」が、三つのかたちになった

インド仏教のモチーフ:人身は得難く、仏の出現は稀で、法は聞き難い『ダンマパダ』182偈、盲亀浮木の経 ほか
↓
漢語圏読誦の偈げ開経偈。お経を読む前に四句を唱える
チベット圏観修かんしゅの科目「暇満難得」。人身の得難さを繰り返し観察する
パーリ語圏譬えの教説盲亀浮木の譬えのまま、説法として伝える
同じインド由来のこころを、漢語圏は読経前の偈に、チベットは修行の科目に、パーリ語圏は譬え話のままに伝えました。開経偈は、このうち漢語仏教が生んだかたちです。

『ダンマパダ』182偈

日本語訳
人の身を得ることは難く、死すべき者たちの生命は難い。正法を聞くことは難く、諸仏の出現は難い。
原文
Kiccho manussapaṭilābho, kicchaṃ maccāna jīvitaṃ; Kicchaṃ saddhammassavanaṃ, kiccho buddhānamuppādo.
解説
第二句のこころに通じる、古い偈です。人の身を得ること、命をたもつこと、正法を聞くこと、諸仏の出現という四つの難しさを重ねます。三国時代の呉で訳された『法句経』述仏品にも、「得生人道難、生壽亦難得、世間有佛難、佛法難得聞」と、同じ四つを挙げる偈があります。
出典
パーリ語『ダンマパダ(法句経)』182偈。

『ガンダヴューハ』81偈

日本語訳
「仏」という言葉を聞くことすら、百倶胝劫をもってしても極めて得難い。まして、一切の疑いを断つ最上の仏にまみえることは、言うまでもない。
原文
sudurlabho buddhaśabdaḥ kalpakoṭīśatair api / kiṃ punar darśanaṃ sarvakāṅkṣāchedanam uttamam //
解説
「劫数の極大」と「遭遇の難」を組み合わせた、第二句とまったく同じ組み立てのサンスクリットの偈です。逐語の翻訳関係はありませんが、開経偈がインド仏教の正統の感覚を受け継いでいることを示します。
出典
『ガンダヴューハ(華厳経「入法界品」の梵本)』偈81。
弘法大師

真言宗の典籍と開経偈

開経偈が生まれる前から、同じこころが『大日経疏』とお大師さまの著作にある。

ここからは、真言宗の読み方です。開経偈そのものは、お大師さま(弘法大師空海)の時代にはまだ成立していませんでした。けれども、この偈と同じこころが、真言宗の根本注釈書『大日経疏』と、お大師さまの著作にははっきりと書かれています。

第二句の「劫」について、善無畏ぜんむい三蔵が説き、一行いちぎょう禅師が記した『大日経疏だいにちきょうしょ』巻二(大正蔵 No.1796)は、時分じぶんすなわち時間と、妄執もうしゅうすなわち迷いの、二つの意味を読みます。粗い・細かい・極めて細かいと重なる三重の迷いを「三劫さんごう」ととらえ、この三つの迷いを一生のうちに超えれば、その一生で仏となると説きます。これが即身成仏そくしんじょうぶつの教えにつながります。劫をこう読むと、とほうもない時間の話が、いまの一念の迷いを超える教えになります。

空海『秘蔵宝鑰』巻中

日本語訳
そもそも法は諸仏の師であり、仏は法を伝える人である。一句の妙法は億劫にも遇い難く、一仏のみ名の尊さは、優曇華うどんげの花さえ喩えにならない。だからこそ雪山童子せっせんどうじは半偈のために身を投げ、求法の人は皮を剥いで経を写した。世界に満ちる財宝も一句の法に及ばず、恒河の砂ほどの身命も四句の偈には代えられない。
原文
夫法名諸佛之師。佛則傳法之人。一句妙法億劫難遇。一佛名字憂曇非喩。是故雪童投身、精進剥皮。滿界財寶不如一句之法、恒沙身命不比四句之偈。
解説
お大師さまは、教えの一句に出遇うことの重さを「億劫難遇」と書きます。雪山童子せっせんどうじは、教えの半句を聞くために身を投げたと『涅槃経』に説かれる、お釈迦さまの前生の求道者です。法の尊さ、出遇いの難しさ、四句の偈の重みを順に述べる組み立ては、開経偈の前半二句と同じです。「億劫難遇」は、大正蔵の全文検索でも4件しか現れないめずらしい言い回しです。
出典
空海『秘蔵宝鑰ひぞうほうやく』巻中(大正蔵 No.2426)。

『大日経疏』巻一

日本語訳
右に明かした第一甚深微妙の法、すなわち一切智の人でなければ解することのできない法は、いったいどこから得るのか。それは行者の自心にほかならない。もしありのままに観察して、はっきりと証知できたなら、それを菩提を成ずると名づける。実に、他によって悟るのでも、他から得るのでもない。
原文
如上所明第一甚深微妙之法、乃至非一切智人則不能解者。此法從何處得耶。即是行者自心耳。若能如實觀察了了證知、是名成菩提。其實不由他悟、不從他得。
解説
開経偈の第一句とほとんど同じ「第一甚深微妙之法」という言葉が現れ、その法の在りかが「行者の自心」だと示されます。真言宗の読経観の基になる一節です。
出典
善無畏ぜんむい述・一行いちぎょう記『大毘盧遮那成仏経疏(大日経疏)』巻一(大正蔵 No.1796)。真言宗の根本注釈書です。

空海『般若心経秘鍵』序

日本語訳
そもそも仏法は遥かかなたにあるのではない。心の中にあって、すぐに近い。真如は外にあるのではない。この身を捨てて、どこに求めるというのか。迷いも悟りも自分にあるのだから、発心すればただちに到る。明も暗も他人のことではないのだから、信じて修すればたちまちに証する。
原文
夫佛法非遙。心中即近。眞如非外。棄身何求。迷悟在我。則發心即到。明暗非他。則信修忽證。
解説
開経偈は「願わくは如来の真実義を解せん」という願いで結ばれます。お大師さまはこの序で、仏法は遥かかなたではなく心の中にあると説きました。開経偈が生まれる前に書かれた言葉ですが、第四句の願いと重なります。
出典
空海『般若心経秘鍵はんにゃしんぎょうひけん』(大正蔵 No.2203)。
補足

真言宗の眼で読むなら、「如来」は法身大日如来、「真実義」は自心の源底です。「受持」は、仏さまの大悲とこちらの信心が響き合う加持かじのはたらきと読めます。そして「願わくは解せん」という願いは、『秘鍵』の頌にいう「一字に千理を含み、即身に法如を証す」、つまりこの身このままに証してゆく実践の入口となります。

お遍路で

札所でとなえるとき

四国八十八ヶ所の勤行次第では、開経偈は懺悔文、三帰・三竟、十善戒、発菩提心真言、三昧耶戒真言に続いてとなえ、そのあとに般若心経が来ます。罪を懺悔し、仏法僧に帰依し、戒をたもち、菩提心を発おこして心を整えたうえで、経を開きます。開経偈は、その経の始まりに置かれています。

意味を思い浮かべながら、ゆっくりおとなえください。「出遇い難い教えに、いま出遇えている」という一点に心を置いて、そのあとの般若心経へ進みます。お参りは、車でも、バスでも、歩きでも、同じ偈から始まります。

平等寺は四国霊場の第22番札所です。本堂でこの四句をおとなえになるとき、その言葉が『法華経』や『華厳経』から千年あまりをかけて届いたものであることを、どこか片隅に思い出していただけたら嬉しく思います。

四国霊場の勤行次第のなかで

合掌礼拝・懺悔文心の塵を払う
三帰・三竟仏法僧に帰依する
十善戒戒をたもつ
発菩提心真言・三昧耶戒真言菩提心を発す
開経偈お経の扉をひらく
般若心経いよいよ経を読む
御本尊真言・光明真言・御宝号真言をとなえる
回向文功徳をめぐらせて結ぶ
懺悔し、帰依し、戒をたもち、菩提心を発す。心を整える次第の最後、読経のすぐ手前に開経偈は置かれています。
ひろがり

宗派によるかたちの違い

開経偈は多くの宗派でとなえられますが、形と場面は宗派ごとに違い、それぞれの宗風が表れています。

真言宗

般若心経の直前に

檀信徒やお遍路の方が、勤行と霊場巡拝の次第で、戒と発心の偈に続けてとなえます。僧侶の声明による法会の次第には含まれません。

禅宗(曹洞宗・臨済宗)

清規の伝統

お経を読む前にとなえます。読み終えたあとに「還経偈かんきんげ」をとなえて対にする、元の時代の清規以来の作法を伝えています。

浄土宗

誦経の直前に

日常勤行式で、香偈や懺悔偈などに続き、誦経の直前にとなえます。江戸期までの文献には四句が見えないため、現行の形は近代の『法要集』で取り入れられたものと推定します。善導大師『法事讃』の偈で代える作法もあります。

浄土真宗

「開講偈」として

日常のお勤め(正信偈中心)には含めません。同じ文を「開講偈かいこうげ」と呼び、聞法や講義の始めにとなえる伝統があります。

日蓮宗

独自の長い開経偈

四句を訓読したうえで、法華経を讃える句を続けた独自の形を用います。第四句は「願わくは如来の第一義を解せん」と、「真実義」を「第一義」に作ります。この「第一義」の形は漢訳大蔵経には一例もなく、日本で育った形です。

天台宗

寺院により

宗の公式の檀信徒勤行例には含まれませんが、経本や寺院によってとなえる例があります。

むすび

作者の名が伝わらない偈をとなえる

開経偈には、名の伝わる作者がいません。開経偈は、『法華経』や『華厳経』の言葉をもとに、唐代の講経の場を母体として、南宋の金剛経読誦の場で四句にまとまった偈です。その後は、読誦の伝統のなかで磨かれてきました。

作者の名が伝わらないからこそ、この偈は、お経を開こうとするすべての人の言葉になっています。第三句「我今」の「我」は、いつでも、となえるその人です。八百年あまり前に中国で金剛経を読んだ人も、今日仏前に座るあなたも、自分のこととして「我今」ととなえます。次にお経をおとなえするときは、「出遇い難い教えに、いま出遇えている」という一点を、心に置いてみてください。

千年前の誰かの「我今」が、今日、仏前に座るあなたの「我今」になる。開経偈は、その受け渡しの言葉です。

開経偈についてよくある質問

参考文献

出典と参考資料

本記事は、高野山真言宗 平等寺 住職 谷口真梁(たにぐち しんりょう)が、次の原典と資料にもとづいて記しました。漢訳の経典・儀礼文献は CBETA と SAT 大正新脩大藏經テキストデータベースの全文を直接検索し、引用はその本文に拠ります。パーリ語・サンスクリット語・チベット語の並行資料の調査記録は、別途まとめた調査資料に収めています。

経典(四句の言葉の出どころ・類句)

鳩摩羅什くまらじゅう訳『妙法蓮華経』「方便品」「如来寿量品」(大正蔵 No.262)
実叉難陀じっしゃなんだ訳『大方広仏華厳経』八十巻本「如来出現品」(大正蔵 No.279)
月婆首那がつばしゅな訳『勝天王般若波羅蜜経』(大正蔵 No.231)
求那跋陀羅ぐなばっだら訳『勝鬘師子吼一乗大方便方広経』「如来真実義功徳章」(大正蔵 No.353)
般若はんにゃ訳『大乗本生心地観経』(大正蔵 No.159)

儀礼文献(開経偈の初期の用例)

冶父道川やぶどうせん『金剛般若波羅蜜経註』金剛経啓請(卍続蔵 No.461、序1179年)
弌咸いっかん編『禅林備用清規』(卍続蔵 No.1250、1311年自序)
省悟せいご編述『律苑事規』(卍続蔵 No.1113、1324年)
宗鏡述・覚連重集『銷釈金剛経科儀会要註解』(卍続蔵 No.467)
雲棲袾宏うんせいしゅこう校『諸経日誦集要』(嘉興蔵 No.B044)
『押座文類』(大正蔵 No.2845、敦煌出土文献)
『礼懺文』(大正蔵 No.2855、敦煌出土文献)
『仏徳大通禅師愚中和尚語録』(大正蔵 No.2563、1425年刊)
天倫楓隠『諸回向清規式』(大正蔵 No.2578、1566年)
『読誦法華用心抄』(日蓮に託名、1681年刊)

パーリ語・サンスクリット語・チベット語の並行資料

『ダンマパダ(法句経)』182偈
『相応部』56.48(盲亀浮木の経)
『増支部』8.29
『ガンダヴューハ(華厳経「入法界品」梵本)』偈81
『サンガベーダヴァストゥ(僧団分裂事)』梵天勧請の段
チベット語訳『ステンポ・コーパ経(sdong po bkod pa'i mdo)』の「得難し」連祷

空海の撰述と真言宗の典籍

空海『秘蔵宝鑰』(大正蔵 No.2426)
空海『般若心経秘鍵』(大正蔵 No.2203)
空海『弁顕密二教論』(大正蔵 No.2427)
空海『即身成仏義』(大正蔵 No.2428)
空海『秘密曼荼羅十住心論』(大正蔵 No.2425)
善無畏述・一行記『大毘盧遮那成仏経疏(大日経疏)』(大正蔵 No.1796)

研究文献

釈諦閑『水懺申義疏』(新文豊出版、1993年)
大澤亮我「開経偈について」『教化研究』3号(浄土宗総合研究所、1992年)
「開経偈」『新纂浄土宗大辞典』WEB版(2016年)
李庚道「探析「開經偈」的傳說與源流」(慧炬機構懸賞論文)
楊明璋「俗講中的「入經說緣喻」與敦煌佛教講唱文學」『成大中文学報』88期(2025年)
馮家興「敦煌本疑偽經《金剛經纂》的文本層累及其流衍探議」『敦煌学』41期(2025年)
汪娟「敦煌景教文獻對佛教儀文的吸收與轉化」『中央研究院歴史語言研究所集刊』89本4分(2018年)

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