第47番 熊野山 妙見院 八坂寺

八坂寺
本尊阿弥陀如来
おん あみりた ていぜい からうん
御詠歌花を見て歌詠む人は八坂寺 三仏じょうの縁とこそきけ
はじめての方へ|この記事に出てくる言葉
- 本尊
- そのお寺がいちばん大切におまつりする、中心の仏さま。
- 御真言
- 本尊に呼びかける、サンスクリットに由来する短い聖なる言葉。
- 御詠歌
- その札所をたたえ、巡る心をうたった和歌。
- 縁起
- そのお寺の始まりや、いわれを伝える言い伝え。
- 札所
- お参りするお寺のこと。四国遍路では四国八十八ヶ所をめぐる。
- 大師堂
- 弘法大師(お大師さま)をおまつりするお堂。本堂とあわせてお参りする。
- 奥の院
- 札所の近くにある、もう一つの聖地。旧境内や、大師が修行したと伝わる岩や滝など。
- 結願
- 八十八ヶ所すべてを巡り終えること。「満願」ともいう。
- 四つの道場
- 四国の四県を、心の旅の四段階になぞらえた呼び名。阿波=発心、土佐=修行、伊予=菩提、讃岐=涅槃。
八十八ヶ所のなかの位置
八十八ヶ所の道のりで、第47番は 愛媛県(伊予・菩提の道場)にあります。阿波23・土佐16・伊予26・讃岐23ヶ寺のうち、全体では47番目です。

縁起と歴史
熊野山 妙見院 八坂寺は、浄瑠璃寺から北へ約1キロメートルと近く、田園のゆるやかな曲がり道をたどる遍路道「四国のみち」沿いにある。遍路の元祖とされる右衛門三郎の伝説とも縁が深い。修験道の開祖・役行者小角が開基と伝えられ、1,300年の歴史を持つ古刹である。寺は山の中腹に建ち、飛鳥時代の大宝元年(701年)、文武天皇(在位697〜707年)の勅願により伊予国司・越智玉興公が堂塔を建立した。8ヶ所の坂道を切り開いて創建したことが寺名の由来とされ、「いやさか(八坂)」にも通じるという。弘法大師は弘仁6年(815年)に荒廃した寺を再興し、霊場と定めた。本尊の阿弥陀如来坐像は、恵心僧都源信(942〜1017年)の作と伝わる。紀州から熊野権現の分霊や十二社権現を奉祀して修験道の根本道場となり、「熊野八坂寺」とも呼ばれた。境内に12坊、末寺48寺を擁して栄え、僧兵も抱えたが、天正の兵火を皮切りに再興と火災が重なり、規模は縮小した。現在の境内は十二社権現と熊野大権現が祀られていた宮跡で、本堂の地下室には全国の信者から奉納された阿弥陀尊が約8,000体祀られている。
弘法大師との関わり
弘法大師は弘仁6年(815年)にこの寺で修法し、荒廃した寺を再興して四国八十八ヶ所の霊場と定めたと伝わる。醍醐派三祖の宝号を唱える札所であり、大師信仰と修験道の伝統が重なる。
- 大宝元年(701年):文武天皇勅願、越智玉興公が8坂を切り開いて堂塔建立(伝承)
- 弘仁6年(815年):弘法大師が再興し霊場と定めたと伝わる
- 平安期:恵心僧都源信作の阿弥陀像を本尊とする信仰(伝承)
- 中世:熊野権現・十二社権現を奉祀、12坊48末寺の修験道場(伝承)
- 天正期:兵火で焼失、以後再興と火災を繰り返す
- 近世以降:宮跡に本堂・権現堂等を再建、現状の里寺として存続
見どころ・伽藍
- 約8,000体の阿弥陀尊本堂地下室に全国から奉納
- 救いの手本堂石段10段目左側。「九難を去る救い」とされ、足・目の病に効験があると伝わる
- 極楽の途・地獄の途本堂と大師堂の間に浄土・地獄の絵
- 柴燈大護摩供毎年4月29日、全国から修験者が集う火生三昧・火渡り修行
- 熊野八坂寺修験道根本道場としての歴史
- 本堂には、恵心僧都源信作と伝わる阿弥陀如来坐像を本尊とする。地下室には約8,000体の阿弥陀尊が奉納されている。
- 本堂に上がる石段の下から10段目の左側に「救いの手」があり、九難を去る救いとして、足や目の病に効験があると伝わる。
- 本堂と大師堂の間には「極楽の途」「地獄の途」があり、浄土と餓鬼道・畜生道・修羅道などが描かれている。
- 権現堂や鐘楼が並び、静閑な里寺の雰囲気を漂わせる。山門は鳥居ではなく通常の山門だが、熊野権現の面影を残す。
- 第46番浄瑠璃寺(右衛門三郎・子規)と並び、松山東部の遍路文化圏の一翼を担う。
- 十二社権現・熊野大権現が祀られていた宮跡が、現在の寺域である。
- 石鎚山登拝行は、八坂寺発の修験行事として年数回実施される。
- 奥の院・別院の有無や参拝ルールは、季節・工事で変わる場合がある。現地の案内板を確認すること。
- OUV特記:平野部
- 所在地(OUV表):松山市浄瑠璃町
信仰と物語
- 本尊の阿弥陀如来は、花を見て歌を詠む風雅な人が三世の仏縁を結ぶために参詣する、という御詠歌の世界観を持つ。
- 醍醐派三祖の宝号(南無遍照金剛/南無聖宝尊師/南無神変大菩薩)を唱える。
- 修験道場としての火渡りや登拝行は、現代も継承されている。
- 8ヶ所の坂道を切り開いて創建したことから「八坂寺」の名が付いたという。
- 右衛門三郎(遍路元祖)の伝説と縁が深い。
- 縁起の逸話は寺伝・地域伝承として広く語られるが、史実性には学術的な検討を要するものを含む。
- 御詠歌「花を見て歌詠む人は八坂寺 三仏じょうの縁とこそきけ」
- 花見と風雅な参詣を詠み、三世の仏縁を結ぶ霊場としての性格を示す。
- 御詠歌の結句は、極楽・利益・守護など本尊信仰の要点を詠み、参拝の心構えとして唱和される。
- 役行者小角:開基と伝わる。
- 弘法大師:弘仁6年の再興。
- 恵心僧都源信:本尊阿弥陀像の作者と伝わる。
- 越智玉興公:大宝元年の創建者。
参拝の手引き
- 毎年4月29日:柴燈大護摩供火生三昧火渡り修行
- 毎年7月(2回)・10月(1泊2日):霊峰石鎚山登拝行
- 駐車場:あり(無料)
- 宿坊:なし
- 第46番浄瑠璃寺から約5km。遍路道「四国のみち」沿いに位置する。
- 松山ICから国道33号線、えひめこどもの城入り口前交差点を左折、大友山トンネルを抜け、八坂寺前バス停を右折して約500メートル先。
- OUV特記:平野部。OUV所在地:松山市浄瑠璃町
- 〒791-1133 愛媛県松山市浄瑠璃町八坂773
- 089-963-0271
- あり(無料)
出典
本文の確認に用いた公開資料と、札所別研究記録に記載された書誌情報です。公開本文のURLを確認できた資料はリンクし、書誌情報のみ確認できたものはその旨を明記しています。


