第42番 一カ山 毘盧舎那院 仏木寺

佛木寺
本尊大日如来
おん あびらうんけん ばざらだどばん
御詠歌草も木も仏になれる佛木寺 なお頼もしき鬼畜人天
はじめての方へ|この記事に出てくる言葉
- 本尊
- そのお寺がいちばん大切におまつりする、中心の仏さま。
- 御真言
- 本尊に呼びかける、サンスクリットに由来する短い聖なる言葉。
- 御詠歌
- その札所をたたえ、巡る心をうたった和歌。
- 縁起
- そのお寺の始まりや、いわれを伝える言い伝え。
- 札所
- お参りするお寺のこと。四国遍路では四国八十八ヶ所をめぐる。
- 大師堂
- 弘法大師(お大師さま)をおまつりするお堂。本堂とあわせてお参りする。
- 奥の院
- 札所の近くにある、もう一つの聖地。旧境内や、大師が修行したと伝わる岩や滝など。
- 結願
- 八十八ヶ所すべてを巡り終えること。「満願」ともいう。
- 四つの道場
- 四国の四県を、心の旅の四段階になぞらえた呼び名。阿波=発心、土佐=修行、伊予=菩提、讃岐=涅槃。
八十八ヶ所のなかの位置
八十八ヶ所の道のりで、第42番は 愛媛県(伊予・菩提の道場)にあります。阿波23・土佐16・伊予26・讃岐23ヶ寺のうち、全体では42番目です。

縁起と歴史
一カ山 毘盧舎那院 仏木寺は、大同2年(807年)ごろ、弘法大師がこの地を巡錫した際に開いたと伝わる。大師は牛を引く老人と出会い、誘われるまま牛の背に乗って進むと、楠の大樹の梢に一つの宝珠がかかって光を放っていたという。その宝珠は、大師が唐から帰朝する折に、有縁の地が選ばれるようにと三鈷とともに東方へ投げたものであったという。大師はこの地こそ霊地と感得し、自ら楠で大日如来像を彫造した。眉間に宝珠を埋めて白毫とし、本尊として安置して「一カ山佛木寺」と名づけたと伝えられる。草字体で書写した『般若心経』と『華厳経』一巻を奉納したともいう。御詠歌の「草も木も仏になれる」は、草木までも仏性を持つという華厳思想と結び付けて語られる。のちに牛馬安全の守り仏として信仰を集め、鎌倉時代には宇和島領主・西園寺家の祈祷所・菩提寺となって隆盛したと伝わる。戦国の乱や天正の兵火など苦難を経て再建され、農耕をともにした家畜の安全祈願から、近年はペットや闘牛の飼育者の信仰も広がっている。
弘法大師との関わり
大同2年(807年)ごろ、弘法大師がこの地で牛を引く老人と出会い、牛の背に乗って楠の梢にかかる宝珠を目にしたと伝わる。唐から帰朝の際に東方へ投げた宝珠がここに止まったことから霊地と感得し、自ら楠で大日如来像を彫造して本尊とし、寺号を定めたとされる。像の背面には、大師作の小像を胎内に納めた旨の墨書があるとも伝わる。
- 大同2年(807年):弘法大師が牛背の老人と出会い、投げた宝珠の縁で霊地と感得、大日如来像を彫造して開創したと伝わる(伝承)
- 鎌倉時代:宇和島領主・西園寺家の祈祷所・菩提寺として隆盛したと伝わる
- 元禄年間(1688〜1704年):鐘楼堂(茅葺)が再建されたと伝わる
- 戦国〜天正期:戦乱・兵火に遭い伽藍を焼失したと伝わる
- 近世以降:再建・復興を経て、現在の伽藍が整備された
見どころ・伽藍
- 本尊大日如来像像高1.2メートルの寄せ木造。鎌倉時代の墨書銘があり、眉間の白毫には投げた宝珠を埋めたと伝わる
- 家畜堂牛馬の草鞋、陶磁器、扁額などが奉納された小さな堂。農耕・ペット・闘牛の守護信仰を集める
- 瓜封じ土用の丑の日に行う祈祷。きゅうりを封じて心願成就を祈念する
- 鐘楼堂四国霊場では珍しい茅葺の屋根。元禄時代の再建と伝わる
- 御詠歌の華厳思想草も木も仏となるという仏木寺の名の由来とも結ばれる
- 本堂では本尊の大日如来坐像を拝顔できる。寄せ木造で像高1.2メートル、鎌倉時代の墨書銘があり、背面には大師作の小像を胎内に納めた旨の墨書があると伝わる。
- 家畜堂は境内に小さく建ち、ミニチュアの牛や馬の草鞋、牛馬の陶磁器、扁額などが奉納されている。近隣の農家では田植え後に参拝し、畜舎の柱に守護札を貼ったと伝わる。
- 鐘楼堂は四国霊場では珍しい茅葺の屋根を持ち、元禄時代(1688〜1704年)に再建されたと伝わる。
- 境内は三間平野の農村に面し、牛背大師の伝説と家畜信仰の色合いが濃い。
- 本堂・大師堂・鐘楼堂がコンパクトに配置され、御室派の里坊らしい佇まいを見せる。
- 近隣の第41番龍光寺(稲荷)・第43番明石寺(千手観音)とあわせて、三間平野の遍路圏を形づくる。
- 大師が東方へ投げた宝珠が楠の梢に止まったという縁起は、境内の霊木信仰と結び付けて語られる。
- 奥の院・別院の有無や参拝のきまりは、季節・工事で変わる場合がある。現地の案内板を確認すること。
- 木造大日如来坐像:愛媛県指定文化財。像高1.2メートル、寄せ木造。鎌倉時代の墨書があり、胎内に大師作小像を納めた記銘がある
- 所在地(OUV表):宇和島市三間町
信仰と物語
- 本尊の大日如来は、草木までも仏性を持つという御詠歌の思想と結び付けられ、鬼畜から人天まで救う頼もしさを詠じる。
- 牛馬安全の守り仏として農村の信仰を集め、家畜堂にはペットや闘牛の飼育者の奉納も見られる。
- 土用丑の日の「瓜封じ」は、人間と動物の心願成就を祈念する年中行事として知られる。
- 弘法大師が牛を引く老人に誘われて牛の背に乗ると、楠の梢に、唐から投げた宝珠が光っていたという創建伝承がある。
- 大師は眉間に宝珠を埋めて白毫とした大日如来像を彫り、草字体の『般若心経』『華厳経』一巻を奉納したと伝わる。
- 縁起の逸話は寺伝・地域伝承として広く語られるが、その中には史実性に学術的な検討を要するものも含まれる。
- 御詠歌「草も木も仏になれる佛木寺 なお頼もしき鬼畜人天」
- 御詠歌の結句は、極楽・利益・守護など本尊信仰の要点を詠じ、参拝の心構えとして唱和される。
- 弘法大師:開基と伝わり、大日如来像を彫造して開創したとされる。
- 西園寺家:鎌倉時代の宇和島領主として、祈祷所・菩提寺の帰依を寄せたと伝わる。
- 土佐・伊予の藩主・領主が、近世の祈願所として帰依したと伝わる場合がある(寺伝・地域史)。
参拝の手引き
- 1月1日:修正会
- 2月3日:星まつり
- 4月19日:大日如来御縁日
- 5月5日:花まつり
- 7月丑の日:きうり封じ祈祷会
- 駐車場:あり(無料)
- 宿坊:なし
- 前の第41番龍光寺から約3.0km、次の第43番明石寺へ約30.0km。
- 三間平野は宇和島城下から北東約10キロメートルの農村地帯。第41番龍光寺と近接する。
- OUV所在地:宇和島市三間町
- 〒798-1102 愛媛県宇和島市三間町則1683
- 0895-58-2216
- あり(無料)
出典
本文の確認に用いた公開資料と、札所別研究記録に記載された書誌情報です。公開本文のURLを確認できた資料はリンクし、書誌情報のみ確認できたものはその旨を明記しています。


