平等寺を知る
親子2人の箱車
歩くことが叶わなくなった息子と、その命をつなごうとした父。平等寺に奉納された箱車が伝える、親子の祈りの物語です。
Introduction
物語の入口
四国遍路の道に残る六台の箱車のうち、平等寺に奉納された一台から物語を辿ります。
四国八十八ヶ所の道には、今も静かに箱車が残されています。平等寺には三台、栄福寺・大宝寺・大窪寺にそれぞれ一台ずつ。時を超えて、祈りの記憶を伝える道具です。
箱車とは、人が横たわれる木箱に車輪を付け、誰かが引いたり押したりして前へ進むためのものです。現代の車椅子にも通じる役割を持ちながら、その一つ一つに個別の祈りと願いが込められていました。
このページでは、平等寺の本堂に奉納された筒井林之助氏の箱車に焦点をあて、親子の歩みを追っていきます。
Story
筒井林之助と父・福次
命を賭けた親子の祈りの道です。
平等寺に残る箱車平等寺の箱車
平等寺に残る箱車は、一見すると古びた木箱に見えます。しかしその木肌には、大正十二年に土佐地蔵寺村出身の鍛冶職人・筒井林之助氏と父・福次氏の祈りが刻まれています。
もとは三つの車輪がついた移動具で、林之助氏を乗せて四国遍路を続けるために作られたものでした。命をつなぐための器として、親子の旅を支えたのです。
病に倒れる林之助
大正十年、三十一歳だった林之助氏は脊髄の病に襲われ、やがて下半身、さらに上半身へと麻痺が広がっていきました。父の福次氏は医師を訪ね、あらゆる治療法に望みをつなぎましたが、病状は深まるばかりでした。
そこで福次氏は、鍛冶職人としての技と父親としての愛情を尽くし、林之助氏が横たわれる箱車を作ります。そして第三十五番札所・清瀧寺を札始めに、親子の巡礼が始まりました。
写真: 車輪が着いていた頃の箱車
(寺に残る古い写真より)平等寺で起きたこと
大正十二年十月、親子は愛媛・香川・徳島を巡り、第二十二番札所の平等寺に到着しました。ここで四週間滞在し、寺に湧く弘法の霊水を飲み、当時の住職・谷口津梁師による加持祈祷を受けます。
やがて林之助氏の身体には少しずつ感覚が戻り、ついには金剛杖をついて立ち上がれるまでに回復したと伝えられています。親子は深い感謝を込め、命を支えた箱車を平等寺の本尊薬師如来に奉納しました。
写真: 立ち上がった林之助氏と
住職・谷口津梁師語り継がれる親子の祈り
近年、一部では箱車について誤った説が流布されることもあります。しかし平等寺に伝わる箱車は、見放された人を運ぶための道具ではなく、父と息子がともに希望を手放さずに歩んだ記録です。
Archives
その他の箱車
平等寺以外にも、四国遍路の道には箱車が残されています。
44番札所・大宝寺、57番札所・栄福寺、88番札所・大窪寺にも、それぞれ異なる背景を持つ箱車が奉納されています。一つ一つが、祈りと巡礼の記憶を今に伝えています。
第五十七番札所 栄福寺ウェブサイト「山歌う」
■大窪寺の見どころ・その2:本堂天井のイザリ車
Prayer
平等寺の足腰健全祈願
箱車の物語は、いまも平等寺の足腰健全信仰へとつながっています。
筒井林之助氏の回復譚が示すように、平等寺は古くから足腰健全の霊験あらたかな寺として信仰を集めてきました。箱車は、過去の逸話であると同時に、今も続く祈りの象徴でもあります。
足腰健全守り
現在、平等寺では特別に祈祷を施した足腰健全守を授与しています。草鞋形のお守りで、しめ縄作りプロジェクトの藁を用い、職員が真心を込めて制作したものです。
遠方の方や高齢の方のために、オンラインでの足腰健全祈願も受け付けています。住職が朝勤行のなかでお名前を読み上げながら祈願し、加持祈祷したお守りを送付します。
お申し込み方法
- 平等寺オンライン
- お電話でのお申し込み
0884-36-3522
受付時間: 8:00〜17:00 - 平等寺での直接お申し込み
志納金は三千円です。足腰健全守と送料を含みます。
足腰健全祈願を申し込む
合掌