第60番 石鈇山 福智院 横峰寺

横峰寺
本尊大日如来
おん あびらうんけん ばざらだどばん
御詠歌たて横に峰や山辺に寺たてて あまねく人を救ふものかな
はじめての方へ|この記事に出てくる言葉
- 本尊
- そのお寺がいちばん大切におまつりする、中心の仏さま。
- 御真言
- 本尊に呼びかける、サンスクリットに由来する短い聖なる言葉。
- 御詠歌
- その札所をたたえ、巡る心をうたった和歌。
- 縁起
- そのお寺の始まりや、いわれを伝える言い伝え。
- 札所
- お参りするお寺のこと。四国遍路では四国八十八ヶ所をめぐる。
- 大師堂
- 弘法大師(お大師さま)をおまつりするお堂。本堂とあわせてお参りする。
- 奥の院
- 札所の近くにある、もう一つの聖地。旧境内や、大師が修行したと伝わる岩や滝など。
- 結願
- 八十八ヶ所すべてを巡り終えること。「満願」ともいう。
- 四つの道場
- 四国の四県を、心の旅の四段階になぞらえた呼び名。阿波=発心、土佐=修行、伊予=菩提、讃岐=涅槃。
八十八ヶ所のなかの位置
八十八ヶ所の道のりで、第60番は 愛媛県(伊予・菩提の道場)にあります。阿波23・土佐16・伊予26・讃岐23ヶ寺のうち、全体では60番目です。

縁起と歴史
西日本の最高峰・石鎚山(標高1982m)は、山岳信仰の霊地であり、修験道の道場でもある。弘法大師・空海は24歳の若いときの著書『三教指帰』の中で「或時は石峯に跨って粮を絶ち(断食)轗軻(苦行練行)たり」と、この山で修行した様子を記している。境内は石鎚山の山系の北側中腹(750m)にある。四国霊場のうちでは3番目の高地にあり、「遍路ころがし」の最難所であった。昭和59年に林道が完成し、現在は境内から500m離れた林道の駐車場まで車で行って参拝できる。ただし冬期は12月下旬から2月いっぱい不通となり、大型バスも通行できない。縁起によると、白雉2年、役行者が石鎚山の星ヶ森で修行をしていると、山頂付近に蔵王権現が現れたという。その姿を石楠花の木に彫り、小堂を建てて安置したのが創建とされている。また延暦年間(782〜806)には石仙仙人という行者が住んでおり、桓武天皇(在位781〜806)の脳病平癒を成就したことから、仙人は菩薩の称号を賜ったと伝えられる。弘法大師がこの寺で厄除けと開運祈願の星供養の修法をしたのは大同年間(806〜10)とされ、このときも蔵王権現が現れたのを感得し、堂宇を整備して霊場とした。以来、神仏習合の別当寺として栄えたが、明治新政府の廃仏毀釈令により寺は廃寺となった。明治42年になって、檀信徒の協力でようやく復興している。
- 昭和59年に林道が完成し、現在は境内から500m離れた林道の駐車場まで車で行って参拝できる。
- 弘法大師が霊場として整えたのは大同年間(806〜10)とされる。このとき蔵王権現が現れたのを感得し、堂宇を整備した。
- 明治新政府の廃仏毀釈令により、寺は廃寺となった。
- 明治42年になって、檀信徒の協力でようやく復興している。
見どころ・伽藍
- 星供大師本堂の左手前。右手に剣、左手に星供の巻物を持つ。
- 権現造本堂神社風の本堂に、大日如来と蔵王権現を祀る。
- 星供大師星供養の大師像で知られる。
- 石楠花5月上旬に山際一面が薄紅色に染まる。
- 本堂神社風の権現造り。本尊は伝弘法大師作の大日如来坐像。平安時代の金銅蔵王権現御正体像も祀り、ともに県指定重要文化財。
- 星供大師本堂の左手前。右手に剣、左手に星供の巻物を持つ。
- 本堂:神社風の権現造り。本尊は伝弘法大師作の大日如来坐像。平安時代の金銅蔵王権現御正体像も祀り、ともに県指定重要文化財。
- 星供大師:本堂の左手前。右手に剣、左手に星供の巻物を持つ。
- 本堂・星供大師・石楠花(本堂から大師堂の横の山際一面に植えられ、5月上旬から鮮やかな薄紅色の花が境内を彩る)。星ヶ森(名勝。山門から約600m、霊峰石鎚山の遥拝所)。
- 西日本の最高峰・石鎚山(標高1982m)は、山岳信仰の霊地であり、修験道の道場でもある。
- 弘法大師・空海は24歳の若いときの著書『三教指帰』の中で「或時は石峯に跨って粮を絶ち(断食)轗軻(苦行練行)たり」と、この山で修行した様子を記している。
- 境内は石鎚山の山系の北側中腹(750m)にある。
- 縁起によると、白雉2年、役行者が石鎚山の星ヶ森で修行をしていると、山頂付近に蔵王権現が現れたという。
- その姿を石楠花の木に彫り、小堂を建てて安置したのが創建とされている。
- 弘法大師・空海は24歳の若いときの著書『三教指帰』の中で「或時は石峯に跨って粮を絶ち(断食)轗軻(苦行練行)たり」と、この山で修行した様子を記している。
- 縁起によると、白雉2年、役行者が石鎚山の星ヶ森で修行をしていると、山頂付近に蔵王権現が現れたという。
- 弘法大師がこの寺で厄除けと開運祈願の星供養の修法をしたのは大同年間(806〜10)とされ、このとき蔵王権現が現れたのを感得し、堂宇を整備して霊場とした。
- OUV特記:山岳部・石鎚山北麓。石鎚信仰。上道9.1km古道が史跡候補
信仰と物語
- 本尊は大日如来。縦にも横にも、峰や山辺に寺を建てて、広くあまねく人々を救おうとなさるのだなあ。横峰寺の名にふさわしいお慈悲です。
- 真言は「おん あびらうんけん ばざらだどばん」。
- 宝号は南無大師遍照金剛/南無禅定法皇。
- 縁起によると、白雉2年、役行者が石鎚山の星ヶ森で修行をしていると、山頂付近に蔵王権現が現れたという。
- また延暦年間(782〜806)には石仙仙人という行者が住んでおり、桓武天皇(在位781〜806)の脳病平癒を成就したことから、仙人は菩薩の称号を賜ったと伝えられる。
- 縁起に含まれる伝承は『〜と伝わる』の語り口で扱うこと。
- 御詠歌「たて横に峰や山辺に寺たてて あまねく人を救ふものかな」
- 御詠歌は四国霊場会の札所案内・納経帳などで広く流通し、巡礼の道中で唱えられる。
- 開基は役行者小角と伝わる。
- 弘法大師・空海は24歳の若いときの著書『三教指帰』の中で「或時は石峯に跨って粮を絶ち(断食)轗軻(苦行練行)たり」と、この山で修行した様子を記している。
- また延暦年間(782〜806)には石仙仙人という行者が住んでおり、桓武天皇(在位781〜806)の脳病平癒を成就したことから、仙人は菩薩の称号を賜ったと伝えられる。
- 弘法大師がこの寺で厄除けと開運祈願の星供養の修法をしたのは大同年間(806〜10)とされ、このとき蔵王権現が現れたのを感得し、堂宇を整備して霊場とした。
参拝の手引き
- 星まつり:2月3日
- 花まつり:旧暦4月8日
- 駐車場:あり
- 電話:0897-59-0142
- 納経時間・拝観料は季節・行事で変わる場合がある。参拝前に電話または公式で確認を推奨。
- 前の第59番国分寺から約36km(車遍路で約36km、標高715mの難所)。次の第61番香園寺へ約15km。
- いよ小松インターチェンジから国道11号線を西条市方面へ走ります。氷見交差点を過ぎて県道142号線に右折し、バス停横峰登山口で右折。山へ向かって進むと正面です。
- 〒799-1112 愛媛県西条市小松町石鎚甲2253
出典
本文の確認に用いた公開資料と、札所別研究記録に記載された書誌情報です。公開本文のURLを確認できた資料はリンクし、書誌情報のみ確認できたものはその旨を明記しています。


