第43番 源光山 円手院 明石寺

明石寺
本尊千手観世音菩薩
おん ばざらたらま きりく そわか
御詠歌聞くならく千手の誓いふしぎには 大盤石もかろくあげ石
はじめての方へ|この記事に出てくる言葉
- 本尊
- そのお寺がいちばん大切におまつりする、中心の仏さま。
- 御真言
- 本尊に呼びかける、サンスクリットに由来する短い聖なる言葉。
- 御詠歌
- その札所をたたえ、巡る心をうたった和歌。
- 縁起
- そのお寺の始まりや、いわれを伝える言い伝え。
- 札所
- お参りするお寺のこと。四国遍路では四国八十八ヶ所をめぐる。
- 大師堂
- 弘法大師(お大師さま)をおまつりするお堂。本堂とあわせてお参りする。
- 奥の院
- 札所の近くにある、もう一つの聖地。旧境内や、大師が修行したと伝わる岩や滝など。
- 結願
- 八十八ヶ所すべてを巡り終えること。「満願」ともいう。
- 四つの道場
- 四国の四県を、心の旅の四段階になぞらえた呼び名。阿波=発心、土佐=修行、伊予=菩提、讃岐=涅槃。
八十八ヶ所のなかの位置
八十八ヶ所の道のりで、第43番は 愛媛県(伊予・菩提の道場)にあります。阿波23・土佐16・伊予26・讃岐23ヶ寺のうち、全体では43番目です。

縁起と歴史
源光山 円手院 明石寺は、西予市宇和町の歴史文化の町にある古刹である。この地は乙女に化身した千手観音菩薩がこもった霊地とされ、古くから尊崇されてきた。6世紀前半、欽明天皇(在位532〜571年)の勅願により、円手院正澄という行者が、唐からの渡来仏であった千手観音菩薩像を祀るため七堂伽藍を建立して開創したのが起源とされる。天平6年(734年)には、寿元という行者(役行者小角から5代目)が紀州熊野から12社権現を勧請し、12坊を建てて修験道の中心道場として法灯を伝えた。弘仁13年(822年)には弘法大師が訪ね、荒廃した伽藍を見て嵯峨天皇(在位809〜823年)に奏上し、勅命を受けて金紙金泥の『法華経』を納め、諸堂を再興したと伝わる。鎌倉時代に再び荒れ果てた伽藍を修復したのは源頼朝で、建久5年(1194年)に命の恩人・池禅尼の菩提を弔って阿弥陀如来像を奉納し、経塚を築き、山号の現光山を「源光山」に改めた。以来、武士の帰依が厚く、室町時代には西園寺家、江戸時代には宇和島藩主・伊達家の祈願所となり、末寺70余寺を数えたと伝わる。2019年に境内が国の史跡に指定された。
弘法大師との関わり
弘仁13年(822年)に弘法大師がこの地を訪ね、荒廃した伽藍を見て嵯峨天皇に奏上し、勅命を受けて金紙金泥の『法華経』を納めて諸堂を再興したと伝わる。天台寺門宗の札所として、大師による再興と皇室の勅願が縁起の柱の一つになっている。
- 6世紀前半:欽明天皇勅願、円手院正澄が千手観音像を祀って開創したとされる(伝承)
- 天平6年(734年):寿元が熊野12社権現を勧請し12坊を建立、修験道場として整備(伝承)
- 弘仁13年(822年):弘法大師が訪ね、嵯峨天皇勅命で金泥『法華経』を納め再興したと伝わる
- 建久5年(1194年):源頼朝が池禅尼追善の阿弥陀像・経塚を奉納、山号を源光山に改めたと伝わる
- 室町〜江戸期:西園寺家・伊達家の祈願所として隆盛、末寺70余寺(伝承)
- 2019年:境内が国の史跡に指定
見どころ・伽藍
- 大盤石千手観音が軽々と持ち上げたとされる巨石。御詠歌「大盤石もかろくあげ石」の由来
- しあわせ観音像客殿裏に立つ身長2メートル余の観音。長い袂着物姿で、左手に水瓶を持つ慈悲深い姿
- 神仏習合熊野12社権現・修験12坊の面影を残す
- 源頼朝ゆかり池禅尼追善、山号「源光山」への改称
- 2019年国史跡指定境内全体の歴史的価値が国により認定
- 本堂では千手観世音菩薩を本尊とする。神仏習合の修験道場として12坊を備えた往時の面影を残す。
- 客殿の裏には「しあわせ観音像」が立つ。身長2メートル余、長い袂着物姿で、左手に水瓶を持つ慈悲深いお顔の観音として親しまれる。
- 境内には大盤石が残り、千手観音の誓願の不思議さを物語る。
- 源頼朝による経塚・阿弥陀像奉納の縁起にちなむ史跡が境内に点在する。
- 2019年の国史跡指定以降、修験道場としての歴史的景観の保全が注目される。
- 宇和町には高野長英隠れ家、開明学校、申議堂など近代の文化遺産も多い。
- 奥の院・別院の有無と参拝ルールは季節・工事で変わる場合がある。現地案内板を確認すること。
- 境内:国指定史跡(2019年指定)
- OUV特記:境内が国史跡
- 所在地(OUV表):西予市宇和町
信仰と物語
- 本尊の千手観音には、乙女に化身した霊地の信仰と大盤石の伝承が結びつき、御誓願の力強さが語られてきた。
- しあわせ観音は、近年の信仰対象として人気が高い。
- 源光山の山号は、源頼朝の帰依と池禅尼追善に由来する。
- 千手観音が大盤石を軽々と持ち上げたという伝承が、御詠歌に詠まれている。
- 乙女に化身した千手観音がこの地にこもった霊地とされる。
- 縁起の逸話は寺伝・地域伝承として広く語られるが、史実性に学術的な検討を要するものも含む。
- 御詠歌「聞くならく千手の誓いふしぎには 大盤石もかろくあげ石」
- 御詠歌の結句は、極楽・利益・守護など本尊信仰の要点を詠じ、参拝の心構えとして唱和される。
- 円手院正澄:開基とされる。
- 弘法大師:弘仁13年の再興。
- 源頼朝:建久5年の追善・山号改称。
- 池禅尼:頼朝の恩人として追善の対象。
- 西園寺家・伊達家:室町・江戸期の祈願所としての帰依。
参拝の手引き
- 年中行事は霊場会公式サイトを参照。
- 駐車場:あり(無料)※大型バス/中型バス1000円・マイクロバス500円
- 宿坊:なし
- JR卯之町駅から国道56号線を進み、宇和警察署手前の新郷を左折、次の新郷を左折、岩瀬川手前で左折すると正面に見える。
- 愛媛県歴史文化博物館、宇和文化の里など、周辺に文化施設が多い。
- OUV特記:境内が国史跡。OUV所在地:西予市宇和町
- 〒797-0007 愛媛県西予市宇和町明石205
- 0894-62-0032
- あり(無料)※大型バス/中型バス1000円・マイクロバス500円
出典
本文の確認に用いた公開資料と、札所別研究記録に記載された書誌情報です。公開本文のURLを確認できた資料はリンクし、書誌情報のみ確認できたものはその旨を明記しています。


