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読みもの

地蔵菩薩とは

いちばん苦しい者のそばへ

道のかたわらや村の辻に、そっと立っているお地蔵さま。地蔵菩薩は、仏のいない世で、迷い苦しむすべてのいのちを救うと誓った菩薩です。華やかな宝冠をいただかず、剃髪した僧の姿で、いちばん苦しい者のところまで歩いていく。その誓い(本願)とはたらきを、経典の言葉からたどります。
地蔵菩薩(お地蔵さま)のお姿

 

  1. 地蔵菩薩とは
  2. 「地蔵」という名の意味
  3. 本願
  4. なぜ僧の姿なのか
  5. おもな経典と、亡き母を救う物語
  6. 経が説く利益と、日本で育った祈り
  7. おとなえする真言
  8. 日本での信仰
  9. 平等寺の地蔵菩薩
  10. 道のかたわらに立つ、もう一尊
  11. 真言宗・密教における位置づけ
  12. よくあるご質問
  13. 参考文献・出典
概要

地蔵菩薩とは

自らの成仏を後にして、まず苦しむ者を救う。『地蔵菩薩本願経』は、お地蔵さまの願いをそう伝えます。

お地蔵さまは、いちばん苦しむ者のそばに立つ菩薩です。亡き人をやすらぎへ導き、幼い子を守り、道ゆく人を見守る。平等寺では、毎月24日の夜に地蔵護摩を修して、この祈りをお届けしています。

菩薩ぼさつとは、自らさとりを求めながら、苦しむ人々とともに仏道を歩み、救いを実践する存在です。『地蔵菩薩本願経』では、地蔵菩薩は自らの成仏を後にして、まず六道で苦しむ者を救い尽くそうと誓います。

お釈迦さまが入滅したのち、次の仏である弥勒仏が世に出るまで、この世で教えを説く仏が現れない長い時代が続くとされます。この「無仏の世」で衆生しゅじょう(生きとし生けるもの)を導く菩薩こそ地蔵である。『十輪経』は、冒頭でそう紹介します。

その救いは、六道ろくどう(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天という六つの世界)のすべてに及びます。亡き人には、やすらぎへの道のりに寄り添う。もし地獄の底に堕ちた者がいれば、そこまでも降りていって救い出す。幼い子や道ゆく人は、日々のかたわらで守る。日本でお地蔵さまがこれほど親しまれてきたのは、この誓いのゆえです。

梵語ではクシティガルバ(Kṣitigarbha)。「大地の蔵」という意味です。

名の意味

「地蔵」という名の意味

大地のように動じない。伏蔵ふくぞう(地中に隠された宝の蔵)のように、はかりしれない徳を内に秘める。「地蔵」の名は、この二つのたとえから来ています。

道ばたのお地蔵さまの、あの名の由来です。経典は地蔵菩薩の功徳をたとえで連ねて、名の意味を端的に示します。

経典の言葉(名の由来・書き下し)

日本語訳
よく忍んで動じないことは大地のようであり、静かな禅定の深く秘められたことは、地中の伏蔵(隠された宝の蔵)のようである。
原文
安忍不動なること猶お大地の如く、静慮深密なること猶お秘蔵の如し。
解説
一切の苦を担って動じない「地」。無尽の功徳を内に秘める「蔵」。この二句が、そのまま名の意味です。
出典
玄奘訳『大乗大集地蔵十輪経』「序品」(大正蔵 No.411)
補足

訳者は、『西遊記』の三蔵法師のモデルとなった玄奘三蔵げんじょうさんぞうです。唐代の訳出事情を確認しやすい『十輪経』は、地蔵の名と姿をたどる重要な拠りどころです。

本願

本願

『地蔵菩薩本願経』では、地蔵菩薩は、苦しむ衆生をすべて救い終えてから自ら仏道を成就しようと誓います。この根本の誓いを本願ほんがんといいます。

実叉難陀じっしゃなんだ訳と伝える『地蔵菩薩本願経』は、はるかな過去世に大長者の子であった地蔵が、仏の御前で立てた誓いをこう記しています。

経典の言葉(本願・書き下し)

日本語訳
わたしはいま、未来のはてまで、数えきれぬほどの長い時のあいだ、罪と苦に沈む六道の衆生のために、あらゆる手だてをもうけ、ことごとく救い解脱させよう。そのうえで、わたし自身は最後に仏となろう。
原文
我れ今、未来際を尽くし、不可計劫、是の罪苦の六道の衆生の為に、広く方便を設け、尽く解脱せしめて、而して我が自身は、方に仏道を成ぜん。
出典
実叉難陀訳『地蔵菩薩本願経』「忉利天宮神通品」(大正蔵 No.412)
補足

広く知られる「地獄未だ空しからずんば誓って成仏せず」の対句は、後世に広まった標語で、『本願経』の経文そのものには見当たりません。後代の施餓鬼の儀礼書『瑜伽集要焰口施食儀』(大正蔵 No.1320)に、地蔵を招き奉る定型の句として見えるものです。経が説く本願の趣旨は、上の言葉のとおりです。

お姿

なぜ僧の姿なのか

菩薩でありながら、宝冠も瓔珞ようらく(宝石を連ねた飾り)もまとわず、剃髪した出家者の姿。この僧形そうぎょうにも、経典の裏づけがあります。

『十輪経』の冒頭で、地蔵は声聞形しょうもんぎょうと呼ばれる出家者の姿、剃髪して袈裟をまとった修行僧の姿で、お釈迦さまの会座にあらわれます。

仏のいない濁った世で、いちばん身近な出家者の姿をとり、六道のどこへでも分け入って、苦しむ者のかたわらに立つ。日本のお地蔵さまが僧の頭と僧衣で造られるのは、この経の意にかなっています。

日本の事相書じそうしょ(修法の次第と口伝を記した書)は、この姿の意味を三つに読み解いてきました。世俗を出るすがたであること、六道の辻に立って行き交う者を救うこと、釈尊から末の世を託されて濁世の衆生を済度すること。剃髪と袈裟は、そのままはたらきのあらわれです。

経典の言葉(僧形・書き下し)

日本語訳
(地蔵菩薩は)神通力によって、声聞しょうもん(出家した修行僧)の姿をあらわして、南の方からやって来た。
原文
神通力を以て、声聞の像を現じ、南方より来たる。
解説
地蔵が釈尊の会座へ来る場面です。経はそのお姿を「声聞の像」、出家者の姿と明言しています。
出典
玄奘訳『大乗大集地蔵十輪経』「序品」(大正蔵 No.411)

錫杖しゃくじょう

遊行の僧が地を突いて歩む杖。六道を歩いて衆生を訪ね、地獄の門をも開く、めぐり歩く救済者であることをあらわします。

宝珠ほうじゅ

衆生の願いを満たす如意の珠。お地蔵さまの徳を象徴します。

補足

錫杖と宝珠を執るお姿の出典は、不空訳と伝える念誦法です。内には菩薩の行を秘め、外には比丘びく(出家者)の相を現ずと説き、手には宝珠と錫杖を持たせます。いっぽう善無畏訳の儀軌は、同じ声聞形でも蓮華と施無畏せむい(おそれを取り除く印)を説きます。日本の事相書はこの二系統を並べて突き合わせており、すべての地蔵像が錫杖を持つわけではありません。

経典

おもな経典と、亡き母を救う物語

地蔵を説くおもな経典は、『地蔵菩薩本願経』『大乗大集地蔵十輪経』『占察善悪業報経』の三つ。あわせて地蔵三経と呼ばれます。

なかでも『本願経』が伝えるのは、亡き母を救う二つの物語です。婆羅門女ばらもんにょも光目女こうもくにょも、亡き母のために供養を修め、母を苦しみから救い出します。そしてそのあとで、すべての衆生を救うという大きな誓いを立てました。子が亡き親のために善をいとなみ、その功徳が亡き人に届く。この物語は、東アジアの追善供養を支えた重要な物語の一つとなりました。

『占察善悪業報経』は、地蔵を、五濁ごじょく(時代も思想も命も濁りきった末の世)でとりわけ厚く衆生を救う菩薩と説きます。その呼び名が「善安慰説者ぜんあんにせっしゃ」、善く安慰あんいを説く者です。

経典の言葉(善安慰説者・書き下し)

日本語訳
またこの菩薩は、「善く安慰を説く者」と名づけられる。深い教えを巧みに説き、初めて心をおこして大乗の道を求める者を善く導いて、ひるませないからである。
原文
又た是の菩薩は、名づけて善安慰説者と為す。所謂いわゆる、巧みに深法を演のべ、能よく善く、初学の発意して大乗を求むる者を開導して、怯弱こうにゃくならざらしむ。
解説
はじめて仏道に向かう人を、怯えさせずに導く。お地蔵さまの親しみやすさは、経のこの一句に根ざしています。
出典
菩提灯訳と伝える『占察善悪業報経』巻上(大正蔵 No.839)
補足

婆羅門女と光目女の物語が伝えてきた、亡き親を思う祈りの重みは、時代が移っても変わりません。学問のうえでは、『本願経』と『占察経』は伝来や成立に議論のある経でもあります(詳しくは末尾の参考文献の注記に記しました)。本記事では、教学的にもっとも確かな『十輪経』を名義の軸に据えて引いています。

利益

経が説く利益と、日本で育った祈り

『地蔵菩薩本願経』の「嘱累人天品ぞくるいにんでんぼん」は、地蔵を礼拝し供養する者が得る「二十八種の利益」を数えあげます。ここでは、経典が説く救いと、それを受けて日本で育った子供守護の祈りを分けて見ます。

経典:六道の救済

仏のいない世で、迷い苦しむすべての衆生を救う本願。亡き人を仏縁へと導くと説かれます。

経典:追善供養

遺族が亡き人のために善をいとなめば、その功徳は亡き人にも生者にも及ぶと説かれます。二十八種の利益の第二十三が「先亡離苦せんもうりく」、亡き人が苦を離れること。これは経文の語そのものです。

日本で育った信仰:子供の守護

日本では、地蔵菩薩は幼い子を守り、健やかな成長を見守る仏として親しまれてきました。経典の二十八種の利益に、子供守護がそのまま列挙されているわけではありません。誰ひとり見捨てない本願を、日本の人びとは幼い命への祈りとしても受け止めました。

補足

利益の一つひとつは、誰ひとり見捨てないという本願のあらわれとして説かれています。

毎月24日の地蔵護摩(解説・お申し込み)
真言

おとなえする真言

地蔵菩薩の真言

おん かかか びさんまえい そわか

oṃ ha ha ha vismaye svāhā

胎蔵界の儀軌(ぎき。修法の作法を記した典籍)に伝わる地蔵菩薩の真言にもとづきます。儀軌の原文は帰命(きみょう。仏に身をゆだねる礼拝のことば)の句ではじまり、日本ではこれを「おん」に替えてとなえ習わしてきました。「かかか」は漢字音写「訶訶訶」の読みで、梵語では ha ha ha。歓喜・讃嘆の声とも解されますが、その意は一義に定まりません。「ビサンマエイ」は「希有(けう)なるかな」の意とされます。お地蔵さまの大慈悲をたたえ、その救いを願う真言です。

補足

『大日経』には「訶訶訶 素怛弩 莎訶(かかか そたぬ そわか)」という、もうひとつの地蔵真言も説かれます。唐代の注釈『大日経疏』は、その三つの「訶」を三乗の行(さまざまな道で衆生を利益するはたらき)と釈し、くわしくは『十輪経』に説くとおり、と結びます。千年あまり前の注釈もまた、地蔵のことは『十輪経』へ、と指し示しています。日本の学匠は、この二つを系統の違いとして扱いました。東寺観智院の杲寶ごうほうは、地蔵院の真言は諸儀軌・諸次第がそろって上の「訶訶訶 尾娑麼曳 莎訶」であり、「訶訶訶 素怛弩」のほうは観音院に列する地蔵の真言だと考証しています。

日本での信仰

日本での信仰

地蔵は、経が説く本願を土台に、日本でさまざまな信仰へ広がりました。江戸時代には、祈りが聞き届けられた話を集めた地蔵の霊験記れいげんきが次々と版を重ねます。そのひとつ、六十三の話を収めた『地蔵菩薩応験新記』でいちばん多いのは、病がいえた話でした。人びとがお地蔵さまに何を祈ってきたかが、そこに見えます。

  • 六地蔵。六道のそれぞれに分身して救うという原理は経に説かれ、六体一組のお姿は日本で形をとりました。文献のうえでは、平安後期の往生伝『拾遺往生伝』にすでにあらわれるとされます。鎌倉初期の真言の事相書は六尊の名と持物まで書き留めていますが、引いた経を「未渡経みとぎょう(日本に渡っていない経)」と自ら註記しています。墓地の入口や寺門に立ち、この世とあの世の境を守ります。
  • 子どもの守護と賽さいの河原。幼くして亡くなった子のもとへは、かならずお地蔵さまが来て、守り導いてくださる。中世以降そう語り継がれ、室町から江戸時代にかけて広く定着しました。経に直接の典拠はありませんが、亡き者を供養で救う本願の精神が、幼い命への祈りへと及んだものです。
  • 道祖神どうそじんとの習合。村境や辻に立つ地蔵は、境を守る道祖神と結びつき、道ゆく人と村を災いから守る仏となりました。
  • 延命地蔵・勝軍地蔵。寿命を延べる延命地蔵などは、日本で展開した地蔵信仰です。甲冑をまとう勝軍しょうぐん地蔵は、京都・愛宕あたごの神の本地ほんじ(神のもとのお姿)と仰がれ、武家の信仰を集めました。真言宗の学匠は、この甲冑のお姿が経にも儀軌にも見えないことを書きとめ、勝軍の名は地蔵の徳に就けた呼び名だとしています。経典に姿の定めがないままに、時代の願いがお地蔵さまへ新しいお姿を与えてきました。
  • 縁日は毎月24日。毎月24日にお地蔵さまに念じる習わしは、平安期の説話集『今昔物語集』にすでに描かれています。とくに正月24日を「初地蔵」と呼びます。
補足

亡き人が冥途で十王じゅうおうの裁きを受けるとき、そのかたわらに立って執り成し、救ってくださるのもお地蔵さまである。そういう信仰も日本で広まりました。中世にはさらに、裁きの主である閻魔王えんまおうその方の正体(本地)はお地蔵さまである、とまで受け止められます。この本地の考えは日本で成立したとみられています。十王それぞれに仏菩薩を配する一覧は、遅くとも建久八年(1197)の真言の事相書に書き留められています。十王の枠組み自体は、中国で道教や儒教の冥界観と交わって形づくられ、日本で流布した『十王経』系の書物が伝えたもので、地蔵三経が説くところではありません。裁きの経典を迎えてなお、その真ん中にお地蔵さまを置き直した。人びとの信頼のあらわれです。

平等寺

平等寺の地蔵菩薩

四国八十八ヶ所第二十二番札所、高野山真言宗の平等寺では、地蔵菩薩の縁日にあたる毎月24日の夜に、地蔵護摩を修しています。

平等寺のお地蔵さまは、岡山・津山の人びとの寄進により、1750年頃に造られた青銅の坐像です。右手に錫杖、左手に宝珠を持ち、蓮華座のうえに静かに坐します。毎月24日の地蔵護摩は、この青銅のお地蔵さまを御本尊として修しています。

子供の成長・水子供養・先祖供養など、子と亡き人を思う祈りを、護摩の智火にのせてお届けします。

境内には、道のかたわらで参拝者を迎える、もう一尊のお地蔵さまがいます。次に紹介する「掘り出し地蔵尊」です。

錫杖と宝珠を持つ地蔵菩薩
錫杖と宝珠

お像の諸元

造像1750年頃(江戸中期)
材質青銅
像容坐像。右手に錫杖、左手に宝珠
平等寺の地蔵菩薩(紹介)毎月24日の地蔵護摩(解説・お申し込み)
平等寺

道のかたわらに立つ、もう一尊

「掘り出し地蔵尊」は、弘法大師が掘り出したと伝わる、およそ千二百年前の石像です。弘法の霊水の井戸のかたわらに安置されています。護摩の本尊である青銅のお地蔵さまと、道のかたわらに立つ石のお地蔵さま。二尊とも、いちばん苦しい者のそばへ歩み寄る地蔵の本願を、いまに伝えています。

お像の諸元

造像約1200年前(伝)
材質石像
安置弘法の霊水の井戸
真言宗

真言宗・密教における位置づけ

ここからは少し、真言宗の教えの内側の話になります。密教では、地蔵菩薩は胎蔵界曼荼羅の「地蔵院」を担う重要な尊として説かれます。

密教では、仏の世界の全体を一枚の図にあらわします。これが曼荼羅まんだらです。善無畏・一行訳『大日経』にもとづき、弘法大師空海が唐から請来した胎蔵界曼荼羅では、地蔵は「地蔵院」という独立した一院の主尊として、北方に座を占めます。ここでいう地蔵院は、曼荼羅のなかの区画です。『大日経』が曼荼羅の描き方を説くくだりで、その場所を定めています。

地蔵院は、地蔵を首座に九つの尊で構成されます。文殊院や除蓋障院じょがいしょういんと並ぶ独立した一院です。九つの尊は地蔵の徳がひらいたものであり、大きな智慧を担う除蓋障院と向かい合って、地蔵院は大きな慈悲を担う。研究ではそう読み解かれてきました。中世の真言の学匠も、いま伝わる現図げんずの曼荼羅では地蔵院を九尊とし、古い高雄曼荼羅とは尊の座に異同があると記しています。

修法の伝もあります。鎌倉期の事相書は「地蔵法」の次第を伝え、壇に本尊を招くときは「六道能化ろくどうのうけの地蔵尊」と唱え、心に本尊を観ずる道場観では、『十輪経』と同じ声聞形のお姿を観じます。地蔵の密号みつごう(密教でのよび名)は悲願金剛ひがんこんごう。本願をそのまま名に負った号です。

経典の言葉(北方の地蔵・書き下し)

日本語訳
次にまたこの場所を離れて、北の勝れた方角へ進みなさい。行者は心をひとつにし、心にたもったとおりに種々の彩りをほどこして、善き忍耐を具えた地蔵摩訶薩(大菩薩)を描きなさい。
原文
次に復た斯の位を捨てて、北勝方に至れ。行者は一心を以て、憶持して衆綵しゅさいを布き、而して具善忍なる地蔵摩訶薩を造れ。
解説
胎蔵界曼荼羅の描き方を定める偈の一節です。地蔵の場所は「北勝方」。北の方角は、経典自身の指定です。地蔵を呼ぶ「善き忍耐を具えた者」の語は、名の意味の「安忍不動」と響き合います。
出典
善無畏・一行訳『大毘盧遮那成仏神変加持経(大日経)』巻第一「入漫荼羅具縁真言品」(大正蔵 No.848、第18巻8頁中)
補足

事相書の伝は、流派により細部が異なります。ここに挙げた地蔵法は、小野方おのがた(醍醐寺三宝院系)の事相書『祕鈔』『薄草紙』が伝える一伝です。別の系統では、興然こうねんが建久八年(1197)に神護寺で草した『五十巻鈔』が、地蔵法を一巻立てて、依用する経軌から種子・三形・形像・印明、六地蔵までを集めています。

よくあるご質問

願いごとから護摩を選ぶ

平等寺では、五尊の月例護摩をオンラインで受け付けています。願いごとに近い仏さまを選び、申込画面で内容を確かめられます。

五つの護摩を願いごとから選ぶ
参考文献

参考文献・出典

本記事は、高野山真言宗 平等寺 住職 谷口真梁(たにぐち しんりょう)が、次の原典と資料にもとづいて記しました。漢訳の経・儀軌は、大正新脩大藏經(CBETA・SAT)の本文から確認しています。真言宗の事相書は、大正蔵に加えて『真言宗全書』の本文からも確認しました。「No.」は大正新脩大藏經の経・論番号です。研究論文のうち無料で全文を読めるものには、J-Stage へのリンクを添えました。地蔵を説く経のうち『地蔵菩薩本願経』『占察善悪業報経』、および日本で展開した『延命地蔵経』『十王経』類は、成立や訳者に学問上の議論がある経です。本文では出典とその性格を明示し、唐代の訳出事情を確認しやすい『大乗大集地蔵十輪経』を、名義と像容をたどる軸に据えています。

漢訳:地蔵を説く経(地蔵三経)

玄奘げんじょう訳『大乗大集地蔵十輪経だいじょうだいじゅうじぞうじゅうりんきょう』全10巻(大正蔵 No.411)。唐・永徽2年(651年)の訳出と伝える、地蔵経典の根本。地蔵の名義(地のように荷負し、蔵のように徳を含む)と、声聞形で会座に来るお姿を説く。
失訳『大方広十輪経だいほうこうじゅうりんきょう』全8巻(大正蔵 No.410)。No.411 の異訳(古訳)で、訳者は伝わらない(北涼代の訳出と推定される)。
実叉難陀じっしゃなんだ訳と伝える『地蔵菩薩本願経じぞうぼさつほんがんぎょう』全2巻(大正蔵 No.412)。婆羅門女・光目女の物語と地蔵の本願、「嘱累人天品」の二十八種の利益を説く。〔注記参照:中国撰述の議論〕
菩提灯ぼだいとう(経録では「菩提登」とも記す)訳と伝える『占察善悪業報経せんざつぜんあくごうほうきょう』全2巻(大正蔵 No.839)。木輪で自らの業を占い、懺悔して正道へ向かう法を説く。地蔵を「善安慰説者」と呼ぶ。〔注記参照:隋代から疑経視〕
不空ふくう訳『百千頌大集経地蔵菩薩請問法身讃ひゃくせんじゅだいじっきょうじぞうぼさつしょうもんほっしんさん』全1巻(大正蔵 No.413)。地蔵が法身を問う偈讃。

漢訳:密教の経軌(胎蔵界曼荼羅・地蔵院)

善無畏ぜんむい・一行いちぎょう訳『大毘盧遮那成仏神変加持経(大日経)』(大正蔵 No.848)。胎蔵界曼荼羅の典拠となる根本経典。巻第一「入漫荼羅具縁真言品」に、地蔵を「北勝方」に描けと定める偈がある(本記事の引用箇所。第18巻8頁中)。
『大毘盧舎那成仏神変加持経蓮華胎蔵悲生曼荼羅広大成就儀軌』全2巻(大正蔵 No.852b)。胎蔵界曼荼羅の地蔵院(北方・地蔵を首座とする九尊)と、地蔵の真言「訶訶訶 尾娑麼曳 娑嚩賀(かかか びさんまえい そわか)」(第18巻135頁中)を伝える儀軌。原文は帰命の句ではじまり、日本ではこれを「おん」に替えてとなえ習わす。

真言宗の注釈・事相書

善無畏説・一行いちぎょう記『大毘盧遮那成仏経疏(大日経疏)』全20巻(大正蔵 No.1796)。『大日経』の根本注釈。地蔵真言(訶訶訶蘇多奴形)の釈があり、三つの「訶」を三乗の行と解して、「十輪に広く説くが如し」と『十輪経』を指す(引く巻の数え方は伝本により異同がある)。
勝賢しょうけん説『祕鈔ひしょう』(大正蔵 No.2489、第78巻)。真言宗小野流(醍醐三宝院系)の事相書。巻第十一に「地蔵法」の次第を収め、道場観では地蔵を声聞形・左手宝珠・右手施無畏と観じ、勧請には「六道能化地蔵尊」ととなえる。奥書に貞応元年(1222)伝受と見える。
『薄草紙うすぞうし(薄雙紙)』(大正蔵 No.2495、第78巻)。真言宗小野流の事相書。初重第六に「地蔵菩薩法」を収め、道場観に「内に菩薩行を秘め、外に声聞形を現ず」の句、密号を「悲願金剛」と記す。
教舜きょうしゅん『祕鈔口决ひしょうくけつ』第十八「地蔵法」(真言宗全書 第28巻 307〜309頁)。上記『祕鈔』への口決注釈。道場観の声聞形の意味を、出離のすがた・六道の辻に立つ救い・釈尊の付属の三つに釈し、善無畏訳儀軌と不空訳念誦法の像容の違いを突き合わせる。
興然こうねん撰『五十巻鈔ごじっかんしょう』第二十一「地蔵菩薩法」(真言宗全書 第29巻 385〜397頁)。建久8年(1197)に神護寺で草した事相書。地蔵法を一巻立て、依用する経軌・名号・利益から、種子・三形・形像・印明・讃・六地蔵・十王までを集成する。六地蔵の六尊名と持物を『蓮花三昧経』から引き、その経を「未渡経」と註記する。
杲寶ごうほう『胎蔵界念誦次第要集記』第十二「地蔵院」(真言宗全書 第25巻 289〜290頁)。東寺観智院の学匠による胎蔵界法の要集。延文3年(1358)東寺で抄す。地蔵院の真言を「訶訶訶 尾娑麼曳 莎訶」とし、「訶訶訶 素怛弩」は観音院に列する地蔵の真言であると考証する。
性寂しょうじゃく口説・勝慧しょうえ記『祕密儀軌隨聞記ひみつぎきずいもんき』(真言宗全書 第1巻 451頁)。胎蔵曼荼羅の諸院を逐条に論じる。地蔵院を現図で九尊とし、甲冑を着けた勝軍地蔵の像は経にも儀軌にも典拠がないと述べ、六地蔵の諸説の乱れを偽経『地蔵因縁経』に由来するとする。
『真言宗全書』全42巻、真言宗全書刊行会。真言宗の教相・事相の典籍を集成した基本叢書。本記事の事相書は、大正蔵とあわせてこの叢書の本文からも確認した。

〔注記〕成立・訳者に議論のある経(中国撰述・疑経)

『占察善悪業報経』(No.839)は、隋・開皇年間に広州で行われた塔懺法の典拠とされて真偽が問われ、費長房『歴代三宝紀れきだいさんぼうき』(大正蔵 No.2034)でも訳者・出処の不確かな経として扱われた。早くから中国撰述(疑経)とみる見方がある。
『地蔵菩薩本願経』(No.412)は、唐代の経録(『開元釈教録』『貞元新定釈教目録』)に見えず、明版大蔵経で初めて入蔵する。実叉難陀訳とするのは確実でなく、『十輪経』を基礎に浄土系の本願思想を取り込んで中国で増補した撰述経典とみる説が有力。
『延命地蔵経』『預修十王生七経よしゅじゅうおうしょうしちきょう(いわゆる十王経)』類は、東アジアで撰述された経で、地蔵三経が説くところではない。死後に十王の裁きを受ける亡者を地蔵が救うという観念は、この系統に由来する。日本ではさらに『地蔵菩薩発心因縁十王経じぞうぼさつほっしんいんねんじゅうおうきょう』が形づくられ、十王の裁きは地蔵の救いを軸に受け止め直された。
『瑜伽集要焰口施食儀ゆがしゅうようえんくせじきぎ』(大正蔵 No.1320)。「衆生度し尽くして方に菩提を証せん、地獄未だ空しからざれば誓って成仏せず」と地蔵を招き奉る後代の施餓鬼の儀礼書。広く知られる対句は、この系統の儀礼文として定型化した。

研究論文(本記事の記述に関わるもの)

清水邦彦「『地蔵十王経』考」『印度學佛教學研究』第51巻第1号、2002年、189〜194頁。十王信仰の日本的展開と、閻魔王の本地を地蔵とする考えの成立を論じる。 J-Stageで読む
岩佐貫三「十王經思想の系流と日本的攝受」『印度學佛教學研究』第12巻第1号、1964年、225〜228頁。閻魔の変貌、道教・儒教との習合、日本での地蔵中心の受容をたどる。 J-Stageで読む
和田謙壽「日本佛教が庶民思潮に流入する一過程の研究(三途思想と賽の川原思想との習合發展に關する研究)」『印度學佛教學研究』第9巻第1号、1961年、315〜318頁。三途の川・賽の河原・六地蔵の民俗的展開を扱う。 J-Stageで読む
八田幸雄「胎蔵界マンダラ地蔵院」『密教文化』第85号、1968年、56〜78頁。地蔵院九尊を、地蔵の徳の展開として読み解く。 J-Stageで読む
清水邦彦「良遍の地蔵信仰」『印度學佛教學研究』第43巻第1号、1994年、164〜167頁。鎌倉期の学僧の地蔵実践と、平安期から続く毎月24日の地蔵念仏に触れる。 J-Stageで読む
清水邦彦「中世臨済宗の地蔵信仰」『印度學佛教學研究』第45巻第2号、1997年。禅の大寺院(鎌倉・建長寺)の本尊となった地蔵など、宗派を超えた広がりを扱う。
和井田崇弘「地蔵菩薩霊験記の一断面(普門元照撰『地蔵菩薩応験新記』を中心に)」『智山学報』第59輯、2010年、83〜94頁。江戸期の地蔵霊験記の出版と、祈りの内訳(病気平癒が最多)を分析する。
眞鍋廣濟「地藏菩薩俗談(拾遺)」『密教研究』第73号、1940年、62〜81頁。勝軍地蔵と愛宕、地蔵和讃、俳句・童謡まで、庶民文芸に生きる地蔵を集める。 J-Stageで読む
中野優子「仏教の生命倫理観と女性の権利(「水子供養」との関連で)」『印度學佛教學研究』第45巻第2号、1997年、682〜685頁。水子供養が戦後に広がった宗教現象であることを整理する。 J-Stageで読む

概説書・入門書

下泉全暁(しもいずみ ぜんぎょう)『地蔵菩薩:地獄を救う路傍のほとけ』春秋社、2015年、ISBN 978-4-393-11911-2。主要経典から信仰の実際・図像までを一冊で見わたせる、現在もっとも手に取りやすい入門書。Amazonで見る ↗
渡浩一(わたり こういち)『お地蔵さんの世界 救いの説話・歴史・民俗』慶友社、2011年。説話・歴史・民俗の三面から、地蔵信仰の広がりを平易にたどる。Amazonで見る ↗
速水侑(はやみ たすく)『地蔵信仰』塙新書49、塙書房、1975年。地蔵信仰の発生・伝来・展開を平易にたどる概説。Amazonで見る ↗
石川純一郎『地蔵の世界』時事通信社、1995年。賽の河原・六地蔵など、民俗の側から地蔵信仰を扱う概説書。Amazonで見る ↗
真鍋広済(まなべ こうさい)『地蔵菩薩の研究』三密堂書店、1960年(第2版1969年)。地蔵尊の霊験縁起・民俗行事まで扱う、幅広い研究の古典(著者の関連論文は上の研究論文の欄に)。
Zhiru Ng, The Making of a Savior Bodhisattva: Dizang in Medieval China, Kuroda Institute Studies in East Asian Buddhism 21, University of Hawai‘i Press, 2007(中世中国における地蔵信仰の形成史)Amazonで探す ↗
Stephen F. Teiser, The Scripture on the Ten Kings and the Making of Purgatory in Medieval Chinese Buddhism, Kuroda Institute Studies in East Asian Buddhism 9, University of Hawai‘i Press, 1994(十王経と冥界・地獄観の成立)Amazonで探す ↗

原典・文化財データベース

CBETA 中華電子仏典協会。漢訳大蔵経の全文データベース。本記事の経文はここで確認した。 公式サイト
SAT 大正新脩大藏經テキストデータベース(東京大学)。大正蔵の全文検索。事相書の確認に使用。 公式サイト
e国宝(国立文化財機構)。地蔵菩薩像をはじめ、国宝・重要文化財の高精細画像を公開する。 公式サイト
文化遺産オンライン(文化庁)。全国の文化財を横断検索できる。 公式サイト

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