錫杖(しゃくじょう)
遊行の僧が地を突いて歩む杖。六道を歩いて衆生を訪ね、地獄の門をも開く、めぐり歩く救済者であることをあらわします。
地蔵菩薩は、お釈迦さまが入滅したのち、未来に弥勒菩薩が世に出て仏となるまでの「仏のいない世(無仏の世)」にあって、六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天)に迷うすべての衆生を救うことを誓った菩薩です。
みずからが仏になるのを最後に回し、苦しむ者を残らず救い終えてから成仏する、という後回しの誓いに特色があります。とりわけ、地獄に堕ちた者や亡くなった者を救い、幼い子や道ゆく人を守る仏として、日本で広く親しまれてきました。
梵語ではクシティガルバ(Kṣitigarbha)。「大地の蔵」という意味です。
「地蔵」の名には、大地と伏蔵という二つのたとえがこめられています。
玄奘三蔵が訳した『大乗大集地蔵十輪経』は、地蔵菩薩の功徳をたとえで連ね、その名の由来を端的に示します。
安忍不動なること猶お大地の如く、静慮深密なること猶お秘蔵の如し。
よく忍んで動じないことは大地のようであり、静かな禅定の深く秘められたことは、地中の伏蔵(隠された宝の蔵)のようである。
玄奘訳『大乗大集地蔵十輪経』「序品」(大正蔵 No.411)
「大地のように動じない(地)」と「伏蔵のように無尽の徳を秘める(蔵)」。一切の苦を担って動ぜず、はかりしれない功徳を内に秘める。その姿から「地蔵」と名づけられました。
地蔵菩薩は、苦しむ衆生をすべて救い終えてから、最後に自分が仏になる、と誓いました。
『地蔵菩薩本願経』には、過去世に大長者の子であった地蔵が、仏の御前で立てた誓いが説かれています。
我れ今、未来際を尽くし、不可計劫、是の罪苦の六道の衆生の為に、広く方便を設け、尽く解脱せしめて、而して我が自身は、方に仏道を成ぜん。
わたしはいま、未来のはてまで、数えきれぬほどの長い時のあいだ、罪と苦に沈む六道の衆生のために、あらゆる手だてをもうけ、ことごとく救い解脱させよう。そのうえで、わたし自身は最後に仏となろう。
実叉難陀訳『地蔵菩薩本願経』「忉利天宮神通品」(大正蔵 No.412)
なお、広く知られる「地獄未だ空しからずんば誓って成仏せず」という言葉は、後世に広まった標語で、『本願経』の経文そのものには見当たりません。経が説く本願の趣旨は、上の言葉のとおりです。
地蔵は菩薩でありながら、宝冠や瓔珞をまとう華やかな菩薩のお姿ではなく、剃髪の僧の姿(声聞形)に表されます。これは『十輪経』に由来します。地蔵が会座に現れるとき、出家者の姿をとってあらわれると説かれています。
仏のいない濁った世にあって、いちばん身近な出家者の姿で六道に分け入り、苦しむ者のかたわらに立つ。日本のお地蔵さまが、僧の頭と僧衣で造られるのは、この経の意にかなっています。
遊行の僧が地を突いて歩む杖。六道を歩いて衆生を訪ね、地獄の門をも開く、めぐり歩く救済者であることをあらわします。
衆生の願いを満たす如意の珠。お地蔵さまの徳を象徴します。
錫杖と宝珠の二つは、日本で定着した代表的なお姿です。すべての地蔵像が錫杖を持つわけではありません。
地蔵を説く主な経典は、地蔵三経と呼ばれる『地蔵菩薩本願経』『大乗大集地蔵十輪経』『占察善悪業報経』です。
なかでも『地蔵菩薩本願経』は、過去世の地蔵が亡き母を供養で救う二つの物語(婆羅門女と光目女)を伝えます。いずれも、子が亡き母のために供養を修めて救い、やがてすべての衆生を救う大誓願を立てる、という筋です。地蔵信仰における追善供養と、親への報恩の典拠になっています。
『占察善悪業報経』は、地蔵を五濁の悪世でとりわけ厚く衆生を救う「善く安慰を説く者」と呼び、自らの業を見つめて懺悔し、正しい道へ向かう法を授けます。
『本願経』や『占察経』は、伝来や成立に学問上の議論がある経でもあります。本記事では、出典を明示したうえで、教学的に最も確かな『十輪経』を名義の軸に据えて引いています。
地蔵菩薩は、弘法大師空海が伝えた『大日経』にもとづく胎蔵界曼荼羅において、独立した一院「地蔵院」の主尊として、北方に座を占めます。地蔵を首座に、九つの尊で構成される一院です。
曼荼羅に独立した院をかまえること自体が、密教における地蔵の高い格を示しています。文殊院や除蓋障院と並ぶ、正規の一院です。
『地蔵菩薩本願経』は、地蔵を供養し讃える者が得る「二十八種の利益」を説きます。
仏のいない世で、迷い苦しむすべての衆生を救う本願。亡き人を仏縁へと導きます。
遺族が亡き人のために善をいとなめば、その功徳が亡き人にも生者にも及ぶと説かれます。「先亡離苦(亡き人が苦を離れる)」も二十八種の利益に含まれます。
幼い子を守り、健やかな成長を見守る仏として親しまれてきました。現世の安らぎから、最後の成仏までを貫いて説かれます。
おん かかか びさんまえい そわか
oṃ ha ha ha vismaye svāhā
「カカカ」はお地蔵さまの徳をたたえる声、「ビサンマエイ」は「希有なるかな」の意とされます。お地蔵さまの大慈悲をたたえ、その救いを願う真言です。胎蔵界の儀軌に伝わる地蔵菩薩の真言にもとづきます。
地蔵は、経が説く本願を土台に、日本でさまざまな信仰へと広がりました。経典に根ざすものと、日本で展開したものを、区別して見るのが正確です。
地蔵の縁日は毎月24日。とくに正月24日を「初地蔵」と呼びます。なお、死後に十王の裁きを受ける亡者を地蔵が救う、という観念は、日本で流布した『十王経』系の枠組みによるもので、地蔵三経が説くところではありません。
四国八十八ヶ所第二十二番札所、高野山真言宗の平等寺では、毎月24日の夜に地蔵護摩を修しています。24日は地蔵菩薩の縁日です。
平等寺のお地蔵さまは、岡山・津山の人びとの寄進により、1750年頃に造られた青銅の坐像です。右手に錫杖、左手に宝珠を持ち、蓮華座のうえに静かに坐します。
子供の成長・水子供養・先祖供養など、子と亡き人を思う祈りを、護摩の智火にのせてお届けします。


平等寺には、弘法大師が掘り出したと伝わる掘り出し地蔵尊もお祀りしています。およそ千二百年前の石像とされ、弘法の霊水の井戸のかたわらに安置されています。
本記事は、次の原典と資料にもとづいて、真言宗 平等寺が作成しました。経典の引用は大正新脩大蔵経(CBETA)の原文から確認しています。日本で展開した信仰・俗信は、その性格を明示して記しています。
地蔵菩薩と平等寺の祈りを、さらに知るための記事です。