第18番 母養山 宝樹院 恩山寺

恩山寺
本尊薬師如来
おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
御詠歌子を生める その父母の恩山寺 訪らひがたきことはあらじな
はじめての方へ|この記事に出てくる言葉
- 本尊
- そのお寺がいちばん大切におまつりする、中心の仏さま。
- 御真言
- 本尊に呼びかける、サンスクリットに由来する短い聖なる言葉。
- 御詠歌
- その札所をたたえ、巡る心をうたった和歌。
- 縁起
- そのお寺の始まりや、いわれを伝える言い伝え。
- 札所
- お参りするお寺のこと。四国遍路では四国八十八ヶ所をめぐる。
- 大師堂
- 弘法大師(お大師さま)をおまつりするお堂。本堂とあわせてお参りする。
- 奥の院
- 札所の近くにある、もう一つの聖地。旧境内や、大師が修行したと伝わる岩や滝など。
- 結願
- 八十八ヶ所すべてを巡り終えること。「満願」ともいう。
- 四つの道場
- 四国の四県を、心の旅の四段階になぞらえた呼び名。阿波=発心、土佐=修行、伊予=菩提、讃岐=涅槃。
八十八ヶ所のなかの位置
八十八ヶ所の道のりで、第18番は 徳島県(阿波・発心の道場)にあります。阿波23・土佐16・伊予26・讃岐23ヶ寺のうち、全体では18番目です。

縁起と歴史
小松島市の郊外、樹林の心地よい小高い山にあり、県指定の風致地区に位置する。縁起によれば、聖武天皇(在位724〜49)の勅願によって行基菩薩が草創し、当時は「大日山福生院密厳寺」と号したと伝わる。本尊には行基菩薩が彫造した薬師如来像が安置され、災厄や悪疫を救う女人禁制の道場であった。十九番霊場へ下る「花折り坂」より上には、女性が入ることを許されていなかったという。延暦年間(782〜806)、弘法大師がこの寺で修行していたころのことと伝わる。大師の生母・玉依御前が讃岐の善通寺から訪ねてきた。だが寺は女人禁制であったため、大師は山門近くの瀧にうたれて7日間の秘法を修し、女人解禁の祈願を成就して母君を迎えることができたとされる。
やがて母君は剃髪し、その髪を奉納された。そこで大師は山号寺名を「母養山恩山寺」と改め、自像を彫造して安置し、「我が願いは末世薄福の衆生の難厄を除かん」と誓われたという。弘仁5年(814)ころのことと伝えられる。
寺は「天正の兵火」で焼失したが、江戸時代に阿波藩主の庇護を受けて繁栄し、現在の本堂や大師堂は文化、文政年間(1804〜30)ころに建立された由緒ある建造物である。境内には玉依御前を祀る小堂があり、母君への孝養として大師が植えた「びらんじゅ」は、県の天然記念物にもなっている。母君を慕いつづけた大師のこころが、いまも宿っているような寺である。
大師の母・玉依御前は、讃岐の善通寺から遠路はるばる息子に会いにこの地まで来たと伝わります。しかし恩山寺は女人禁制の山でした。大師は母を迎え入れるため、境内の奥にある「花折り岩」の滝で7日間の水行と、女人禁制を解く秘法を修め、ようやく禁を解いたとされています。入山を許された母はこの寺で剃髪して出家を遂げ、その髪は今も「玉依御前の剃髪所跡」に大切に安置されています。山号「母養山」・寺名「恩山寺」は、母の恩に報いるという意味を込めて大師みずから改めたものと伝わります。母への想いから寺の戒律そのものを変えたというこの逸話は、遍路を語るうえで欠かせない物語として長く語り継がれてきました。境内の県天然記念物・びらん樹は、大師が母のために植えた記念樹と伝わり、赤い樹皮がひときわ目を引く霊木です。また、本堂左手に安置される毘沙門天は、阿波を治めた武将たちも戦勝を祈った武運の仏として知られます。阿波十八ヶ寺の締めくくりとしてこの寺を訪れると、遍路が功徳を積む旅であるだけでなく、恩や慈しみを一歩ずつたどる道でもあることが静かに心に響きます。第1回の巡拝の結びにふさわしい、余韻の深い札所です。
- 弘仁5年(814)ころのことと伝えられる。
- 「天正の兵火」で焼失したが、江戸時代に阿波藩主の庇護を受けて繁栄した。現在の本堂や大師堂は、文化、文政年間(1804〜30)ころに建立された由緒ある建造物である。
見どころ・伽藍
- 玉依御前の剃髪所大師堂の手前にあり、「大師御母公剃髪所」の石碑と小さなお堂が建つ。
- 弘法大師像大師みずから彫造した像で、現在は大師堂の本尊とされている。
- 女人禁制の山に母を迎え入れるため、大師が戒律を変えたと伝わる逸話。
- 母は剃髪して出家し、その髪は今も寺に安置されている。
- 女人禁制を大師が7日間の滝行で解いたと伝わる寺。山号「母養山」・寺名「恩山寺」には、母の恩に報いる意味が込められている。
- 「玉依御前の剃髪所跡」に母の髪が安置されている。
- 女人禁制を大師が7日間の滝行で解いたと伝わる寺。山号「母養山」・寺名「恩山寺」には、母の恩に報いる意味が込められている。
- 「玉依御前の剃髪所跡」に母の髪が安置されている。
- 県天然記念物のびらん樹は、大師が母のために植えた記念樹と伝わる。
- 本堂左手の毘沙門天は、阿波を治めた武将たちが戦勝を祈った仏とされる。
- 大師の母・玉依御前は、讃岐の善通寺から遠路はるばる息子に会いにこの地まで来たと伝わります。
- 大師は母を迎え入れるため、境内の奥にある「花折り岩」の滝で7日間の水行と、女人禁制を解く秘法を修め、ようやく禁を解いたとされています。
- 入山を許された母はこの寺で剃髪して出家を遂げ、その髪は今も「玉依御前の剃髪所跡」に大切に安置されています。
- 境内奥の「花折り岩」の滝で、大師が7日間の水行と女人禁制を解く秘法を修めたとされる。
- 母・玉依御前は、讃岐の善通寺から遠路はるばる息子に会いに来たと伝わる。
- 山号「母養山」・寺名「恩山寺」は、母の恩に報いるという意味を込めて大師みずから改めたものと伝わります。
- 母への想いから寺の戒律そのものを変えたというこの逸話は、遍路を語るうえで欠かせない物語として長く語り継がれてきました。
- 境内の県天然記念物・びらん樹は、大師が母のために植えた記念樹と伝わり、赤い樹皮がひときわ目を引く霊木です。
- また、本堂左手に安置される毘沙門天は、阿波を治めた武将たちも戦勝を祈った武運の仏として知られます。
- 阿波十八ヶ寺の締めくくりとしてこの寺を訪れると、遍路が功徳を積む旅であるだけでなく、恩や慈しみを一歩ずつたどる道でもあることが静かに心に響きます。
信仰と物語
- 阿波十八ヶ寺の締めくくり。恩と慈しみをたどる道の象徴とされる。
- 母孝行・家内安全のご利益で知られる。
- 第1回の巡拝の結びにふさわしい、余韻の深い札所です。
- 女人禁制の山に母を迎え入れるため、大師が戒律を変えたと伝わる逸話。
- 母は剃髪して出家し、その髪は今も寺に安置されている。
- 詳細は霊場会公式・寺伝を参照。
- 御詠歌は、父母の恩と参拝の大切さを説く。
- 詳細は霊場会公式・寺伝を参照。
- 詳細は霊場会公式・寺伝を参照。
- 弘法大師と母・玉依御前。
- 毘沙門天は武将の信仰を集めた。
- 詳細は霊場会公式・寺伝を参照。
参拝の手引き
- 護摩祈祷:日時:毎月1日、12日、20日
- 奥之院金磯弁財天縁日:日時:己巳の日(この日に参拝すれば財福が備わるとされます)
- 花折り岩・びらん樹は、境内の案内に従って参拝する。
- 第1回巡拝の結願にふさわしい、余韻の深い札所。
- 詳細は霊場会公式・寺伝を参照。
- 17番井戸寺から続く、阿波十八番の終点。19番立江寺へは小松島方面へ向かう。
- 詳細は霊場会公式・寺伝を参照。
- 詳細は霊場会公式・寺伝を参照。
- JR南小松島から西へ進み日開野町交差点で左折して国道55号線を南へ。標識に従って右折し、道案内に従って進みます。
- 〒773-0008 徳島県小松島市田野町字恩山寺谷40
- 0885-33-1218
- 普通20台・マイクロバス5台・大型4台 (午前7時〜午後5時 ・無料)
出典
本文の確認に用いた公開資料と、札所別研究記録に記載された書誌情報です。公開本文のURLを確認できた資料はリンクし、書誌情報のみ確認できたものはその旨を明記しています。


