第6番 温泉山 瑠璃光院 安楽寺

安楽寺
本尊薬師如来
おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
御詠歌かりの世に知行争うむやくなり 安楽国の守護をのぞめよ
はじめての方へ|この記事に出てくる言葉
- 本尊
- そのお寺がいちばん大切におまつりする、中心の仏さま。
- 御真言
- 本尊に呼びかける、サンスクリットに由来する短い聖なる言葉。
- 御詠歌
- その札所をたたえ、巡る心をうたった和歌。
- 縁起
- そのお寺の始まりや、いわれを伝える言い伝え。
- 札所
- お参りするお寺のこと。四国遍路では四国八十八ヶ所をめぐる。
- 大師堂
- 弘法大師(お大師さま)をおまつりするお堂。本堂とあわせてお参りする。
- 奥の院
- 札所の近くにある、もう一つの聖地。旧境内や、大師が修行したと伝わる岩や滝など。
- 結願
- 八十八ヶ所すべてを巡り終えること。「満願」ともいう。
- 四つの道場
- 四国の四県を、心の旅の四段階になぞらえた呼び名。阿波=発心、土佐=修行、伊予=菩提、讃岐=涅槃。
八十八ヶ所のなかの位置
八十八ヶ所の道のりで、第6番は 徳島県(阿波・発心の道場)にあります。阿波23・土佐16・伊予26・讃岐23ヶ寺のうち、全体では6番目です。

縁起と歴史
『四國禮霊場記』(元禄2年=1689)には「医王の神化を人みな仰ぎ寺院繁栄に至り、十二宇門甍を接し鈴鐘のひびき絶える時なし…」と記されています。その昔は阿讃の山麓から現在地まで寺域が点在し、戦国時代の兵火や明治維新の神仏分離令を経て現在に至っています。
ここ引野村には古くから温泉があり、安楽寺は弘法大師が温泉湯治の利益を伝えた旧跡とされ、山号も温泉山とされました。(現在も大師堂前から温泉が湧き出ています。)桃山時代には阿波藩祖・蜂須賀家政公が当寺を「駅路寺」と定め、四国遍路や旅人の宿泊、茶湯接待の施設を置きました。その記録である「駅路寺文書」(慶長3年=1598)が今も残され、宿坊は以来400年の歴史を有します。藩政時代は山門に蜂須賀家の家紋が入った雪洞が許され、寺域は殺生禁断とされました。茅葺き屋根の方丈は250年前に蜂須賀公が寄進したもので、質素ながら堂々とした木造建築です。
愛知県尾西市の水谷しづさん(当時49歳)は、脊髄カリエスの難病にかかり床についていました。当寺の住職は夫の繁治氏に、病床で苦しむしづさんを伴って四国遍路へ出るようすすめます。二人は遍路の旅を決行しました。すると不思議にも、巡礼の途中でしづさんの難病が快癒したと伝わります。現在の本尊・薬師如来像は、その報恩のために奉納されたもので、43センチほどの古来の本尊は胎内仏として納められています。昭和37年のことです。安楽寺には、運慶・快慶の流れをくむ慶派の京都大仏師・松本明慶師(1945〜)が無名時代から彫り続けた仏像六十体が、各御堂に祀られています。大師堂の弘法大師像をはじめ、愛染明王、不動明王などです。また性霊殿には胎蔵曼荼羅・金剛界曼荼羅がかけられ、石の壁には「五筆和尚」と称された弘法大師のさまざまな筆法の書が刻まれています。
山号「温泉山」が示すとおり、大師が温泉療養の利益を伝えた旧跡とされ、今も大師堂前から温泉が湧くとされています。昭和37年には、不治の病を宣告された婦人が遍路に出て安楽寺に参拝するうちに、みるみる快癒したという実話が残ります。快癒後、婦人は本尊を奉納してお礼参りをしたと伝わります。境内の厄除霊木「さかまつ」は、猟師が放った矢を身代わりに受けた松を大師が逆さに植えたとされる霊木で、厄除の象徴として参拝者を守り続けています。多宝塔の内部には極彩色の仏画や彫刻が配され、浄土を視覚的に感じさせる空間が広がります。四国霊場で最初の宿坊として400年にわたり遍路を迎えてきた歴史も見どころです。巡るだけでなく泊まって息を整える意味を実感できる寺で、夕勤行に参列してそのまま一泊できます。
- 『四國禮霊場記』(元禄2年=1689)には「医王の神化を人みな仰ぎ寺院繁栄に至り、十二宇門甍を接し鈴鐘のひびき絶える時なし…」と記されている。その昔は阿讃の山麓から現在地まで寺域が点在し、戦国時代の兵火や明治維新の神仏分離令を経て現在に至っている。
- 昭和37年のことである。
- 昭和37年、不治の病を宣告された婦人が遍路に出て安楽寺に参拝するうちに、みるみる快癒したという実話が残る。
見どころ・伽藍
- 多宝塔内部は極彩色の仏画や彫刻で浄土を表している。周囲では八十八ヶ所のお砂踏ができる。
- さかまつ大師堂のかたわらにあり、弘法大師42才(男性の大厄)のとき猟師の弓矢から大師を守ったと伝わる、大師お手植え…
- 昭和37年、不治の病の婦人が安楽寺参拝でみるみる快癒したという実話。
- さかまつ伝説猟師の矢を松が身代わりに受け、大師が逆さに植え直したとされる。
- 大師堂前から温泉が湧くとされ、山号「温泉山」の名のとおりの湯の霊場。
- 厄除霊木「さかまつ」は、猟師の矢を身代わりに受けた松を大師が逆さに植えたとされる。
- 大師堂前から温泉が湧くとされ、山号「温泉山」の名のとおりの湯の霊場。
- 厄除霊木「さかまつ」は、猟師の矢を身代わりに受けた松を大師が逆さに植えたとされる。
- 多宝塔の内部には極彩色の仏画や彫刻が配され、浄土を視覚的に感じさせる。
- 四国霊場で最初の宿坊として、400年にわたり遍路を迎えてきた歴史がある。
- 山号「温泉山」が示すとおり、大師が温泉療養の利益を伝えた旧跡とされ、今も大師堂前から温泉が湧くとされている。
- 昭和37年、不治の病を宣告された婦人が遍路に出て安楽寺に参拝するうちに、みるみる快癒したという実話が残る。
- 快癒後、婦人は本尊を奉納してお礼参りをしたと伝わる。
- 大師が温泉療養の利益を伝えた旧跡とされ、湯のご利益が今も語り継がれている。
- 境内の厄除霊木「さかまつ」は、猟師が放った矢を身代わりに受けた松を大師が逆さに植えたとされる霊木で、厄除の象徴として参拝者を守り続けている。
- 多宝塔の内部には極彩色の仏画や彫刻が配され、浄土を視覚的に感じさせる空間が広がる。
- 四国霊場で最初の宿坊として、400年にわたり遍路を迎えてきた歴史がある。
- 巡るだけでなく泊まって息を整える意味を実感できる寺で、夕勤行に参列してそのまま一泊できる。
信仰と物語
- 本尊は薬師如来。不治の病を宣告された婦人が遍路で参拝し、快癒したという実話が残る。
- 快癒後、婦人は本尊を奉納してお礼参りをしたと伝わる。
- さかまつは厄除の象徴として参拝者を守る霊木とされる。
- 昭和37年、不治の病の婦人が安楽寺参拝でみるみる快癒したという実話。
- さかまつ伝説:猟師の矢を松が身代わりに受け、大師が逆さに植え直したとされる。
- 詳細は霊場会公式・寺伝を参照。
- 御詠歌は安楽国の守護を願い、世俗の争いを戒めている。
- 詳細は霊場会公式・寺伝を参照。
- 詳細は霊場会公式・寺伝を参照。
- 弘法大師が温泉の利益を伝えたとされる。
- 快癒した婦人は、本尊奉納の恩人として語られる。
- 詳細は霊場会公式・寺伝を参照。
参拝の手引き
- 結縁灌頂(仏様とご縁を結ぶ儀式:◎要予約):日時:1月第2日曜日(予定)
- 教学講習会(弘法大師の教え・仏教の教えを学ぶ勉強会:◎要予約):日時:1月後半(4泊5日)
- 大祭(盆踊り施餓鬼供養):日時:8月20日
- 星祭り護摩供養:日時:12月31日〜2月3日
- 宿坊は四国霊場で最初の宿坊。夕勤行と宿泊に対応している(公式 shikoku6.or.jp/shukubo/)。
- 詳細は霊場会公式・寺伝を参照。
- 5番地蔵寺から。7番十楽寺へは県道を西へ。
- 詳細は霊場会公式・寺伝を参照。
- 詳細は霊場会公式・寺伝を参照。
- 〒771-1311 徳島県板野郡上板町引野字寺ノ西北8
- 088-694-2046
- 普通80台・大型バス10台・無料
- あり(300人・温泉あり)
出典
本文の確認に用いた公開資料と、札所別研究記録に記載された書誌情報です。公開本文のURLを確認できた資料はリンクし、書誌情報のみ確認できたものはその旨を明記しています。


