第19番 橋池山 摩尼院 立江寺

立江寺
本尊延命地蔵菩薩
おん かかかび さんまえい そわか
御詠歌いつかさて西のすまいのわが立江 弘誓の舟に乗りていたらむ
はじめての方へ|この記事に出てくる言葉
- 本尊
- そのお寺がいちばん大切におまつりする、中心の仏さま。
- 御真言
- 本尊に呼びかける、サンスクリットに由来する短い聖なる言葉。
- 御詠歌
- その札所をたたえ、巡る心をうたった和歌。
- 縁起
- そのお寺の始まりや、いわれを伝える言い伝え。
- 札所
- お参りするお寺のこと。四国遍路では四国八十八ヶ所をめぐる。
- 大師堂
- 弘法大師(お大師さま)をおまつりするお堂。本堂とあわせてお参りする。
- 奥の院
- 札所の近くにある、もう一つの聖地。旧境内や、大師が修行したと伝わる岩や滝など。
- 結願
- 八十八ヶ所すべてを巡り終えること。「満願」ともいう。
- 四つの道場
- 四国の四県を、心の旅の四段階になぞらえた呼び名。阿波=発心、土佐=修行、伊予=菩提、讃岐=涅槃。
八十八ヶ所のなかの位置
八十八ヶ所の道のりで、第19番は 徳島県(阿波・発心の道場)にあります。阿波23・土佐16・伊予26・讃岐23ヶ寺のうち、全体では19番目です。

縁起と歴史
橋池山 摩尼院 立江寺は、天平19年(747年)に聖武天皇の勅願により、光明皇后の安産を祈って行基菩薩が開いたと伝わる。行基は閻浮壇金の一寸八分(約5.5cm)の延命地蔵菩薩を刻んで本尊とした。伽藍を建てる地は、どこからともなく飛来した白鷺が橋の上にとまり、仏天の暗示として行基に示したと伝えられる。弘仁6年(815年)には弘法大師がこの地に留錫し、小像のままでは後世に紛失するおそれがあるとして、自ら六尺余りの大像を刻み、行基作の小像をその胸に秘め納めたという。このとき寺号を「立江寺」と定め、四国八十八ヶ所第19番の霊場とされたと伝わる。本尊は「子安の地蔵尊」「立江のお地蔵さん」と親しまれ、安産・子育ての霊験で全国の信仰を集めてきた。四国八十八ヶ所の根本道場、また邪心ある者を戒める「四国の総関所(阿波の関所)」として知られ、発心の道場(阿波)の関所寺にあたる。山号「橋池山」は、白鷺が橋にとまったという縁起と本尊の地蔵信仰とが、寺の由来に結ばれたものである。
弘法大師との関わり
弘仁6年(815年)、弘法大師が四国八十八ヶ所霊場を開創するためこの地に留錫したと伝わる。行基作の一寸八分の小さな延命地蔵菩薩では後世に紛失するおそれがあるとして、大師は自ら六尺余りの大きな地蔵像を刻み、行基作の小像をその胸に秘め納めたとされる。このとき寺号を「立江寺」と定め、第19番の霊場としたと伝えられる。
- 天平19年(747年):聖武天皇の勅願により行基菩薩が創建し、延命地蔵菩薩を刻んで本尊としたと伝わる(伝承)
- 弘仁6年(815年):弘法大師が留錫し、六尺余の延命地蔵菩薩を刻んで行基作の小像を胸に納め、寺号を「立江寺」と定め第19番霊場としたと伝わる(伝承)
- 天正の兵火(1575〜1585年):長宗我部元親の兵火により焼失したと伝わる
- 江戸初期:徳島藩祖・蜂須賀家政(蓬庵公)の支援で現在地に再興されたと伝わる
- 享和3年(1803年):お京の「肉付き鐘の緒」を当山の堂に納め置いたと伝わる
- 昭和49年(1974年)10月28日:火災により本堂などを焼失
- 昭和52年(1977年)12月:本堂などの復興が完成(再建本堂の格天井に多数の天井画)
見どころ・伽藍
- 四国総関所邪心ある者は先へ進めないとされる関所寺。発心の道場(阿波)の関所であり、根本道場ともされる。
- 肉付き鐘の緒お京の黒髪が鐘の緒に巻き上がったという逸話。享和3年に黒髪堂へ納められたと伝わる。
- 白鷺橋白鷺が霊地を示したという九ツ橋。白鷺を見ずに渡った者は善男善女とされる。
- 子安地蔵延命地蔵は安産・子育てで知られる。行基作の小像を大像の胸に秘め納めるという。
- 格天井画再建本堂の格天井に花鳥286枚。東京藝大の教授らが手がけた。
- 山門は入母屋造の楼門で、金剛力士(仁王)像を安置すると伝わる。
- 本堂では像高約1.9メートルの大きな地蔵菩薩坐像を拝顔できる。格天井には、東京藝術大学の教授ら約40名が描いた286枚の天井画がある。
- 観音堂は本堂の左に棟続きで建ち、如意輪観音を祀る。絵天井でも知られる。
- 護摩堂は本堂の右に棟続きで建ち、護摩を修するための堂とされる。
- 大師堂は伝持の八祖を両脇に安置し、元旦から1月10日まで黒衣大師像が開帳される。
- 多宝塔は1918年(大正7年)の建立で、一辺約5.59メートル、上重は銅板葺き、初重は本瓦葺きとされる。
- 境内には鐘楼、毘沙門天立像を祀る毘沙門堂、神変大菩薩を祀る神変堂などが並ぶ。
- 黒髪堂は鐘楼の近くに建ち、享和3年(1803年)に納められた「肉付き鐘の緒」を安置すると伝わる。
- 多宝塔は下層が方形・上層が円形の木造塔で、境内を象徴する建造物としてそびえる。
- 奥の院は奥谷山清水寺で、本尊は延命地蔵菩薩、納経は立江寺で行うとされる。
- 清水寺の一帯は立江寺の旧地と伝わる。かつては現在地より西へ約400メートルの景勝地に、七堂伽藍を備えた巨刹であったとされる。
- 昭和15年には旧跡を起点として、天神山を一周する約4キロのミニ霊場(新四国八十八ヶ所)が開創されたと伝わる。
- 白鷺橋(九ツ橋)は立江川に架かり、開創時に白鷺がとまって霊地を示したという縁起にちなむ。邪心ある者は渡れないとされる。
- 白鷺の姿を見ずに渡った者は善男善女とされる伝承が残り、山号「橋池山」の由来とも結ばれる。
- 境内には子授け地蔵尊や、弘法大師入唐の守護神と感得されたという白杉大明神も祀られる。
- 周辺の番外霊場として、お京の位牌を納めるお京塚、取星寺大師堂、星の岩屋(星谷寺)、沼江大師などが点在する。
- 絹本著色釈迦三尊像(国指定重要文化財、明治43年指定、鎌倉時代の作と伝わる。現在は京都国立博物館に寄託)
- 多宝塔(木造、下層が方形・上層が円形の塔で、境内の象徴的な建造物)
信仰と物語
- 本尊の延命地蔵菩薩は、行基菩薩が光明皇后の安産を祈って刻んだ一寸八分(約5.5センチ)の金の子安地蔵に由来すると伝わる。
- 弘法大師が一刀三礼して像高約1.9メートルの地蔵像を刻み、その胎内に行基作の小像を納めたと伝わる。
- 本堂では大きな地蔵菩薩坐像を間近に拝顔でき、子安・安産・延命の地蔵信仰を集めてきた。
- 納経印には本尊のほか「四国総関所善人之証」が授与され、関所寺としての性格を示すとされる。
- 「子安の地蔵尊」「立江のお地蔵さん」と親しまれ、安産・子育ての霊験で全国から信仰を集めてきた。
- 江戸時代、不義や夫殺しの罪を犯したお京が懺悔の遍路として参詣すると、黒髪が逆立って鐘の緒に巻き上げられたと伝わる。
- 残った髪は「肉付き鐘の緒」として黒髪堂に納められ、罪を戒める関所寺らしい逸話として語り継がれる。
- 立江町中山のお京塚は、邪心ある遍路への戒めを顕彰する祈念塚とされ、お京の位牌が納められていると伝わる。
- 白杉大明神は、ある婦人が「我は弘法大師入唐の守護神なり」と感得して祀ったと伝わる。
- 白鷺橋には、白鷺の姿を見ずに渡る者は善男善女であるという伝承が残る。
- 御詠歌「いつかさて西のすまいのわが立江 弘誓の舟に乗りていたらむ」には、結句を「弘誓の船に乗りていたらん」とする異伝がある。
- 境内には遍路や立江を詠んだ句碑歌碑が点在し、君子の「お遍路の 一歩 鈴より は志まわりし」などが鐘楼の周辺に並ぶ。
- 春には利休の命日に咲くとされる利休梅が、4月には牡丹が境内を彩ると伝わる。
- 聖武天皇の勅願により行基菩薩が開いたと伝わり、光明皇后の安産祈願が創建の縁とされる。
- 天正の兵火ののち、阿波初代藩主の蜂須賀家政が篤く帰依し、現在地での再建を支えたと伝わる。
- 昭和の本堂再建では、東京藝術大学の教授ら多くの画家が格天井画を手がけた。
- お京は江戸時代の女性で、不義や夫殺しの罪を負い、懺悔の遍路として立江寺に参詣したとされる。
参拝の手引き
- 1月:初詣・修正会、厄除(1月10日まで)
- 2月23〜25日:初会式・大植木市・開運大餅投げ
- 7月24日:夏会式・施餓鬼会
- 8月13〜14日・23日:お盆供養会・地蔵盆
- 11月23日:先祖供養・水子供養・流水灌頂
- 12月31日:除夜法要
- 四国の総関所として、邪心や悪行のある者は先へ進めず仏罰を受けるとされる関所寺の性格を持つ。
- 納経所は山門正面の奥右手にあり、納経時間は8時から17時とされる。
- 駐車場は普通車約30台。料金は資料により200円から300円と差がある。マイクロバスや大型バスも有料で駐車できる。
- 宿坊は約200名を収容できると伝わる。
- 大師堂の黒衣大師像は元旦から1月10日まで開帳され、間近で参拝できる(有料)。
- 前の第18番恩山寺からは約4.0キロ、次の第20番鶴林寺へは約13.1キロで、鶴林寺へは遍路ころがしの登りが控える。
- JR牟岐線立江駅から約0.4キロ、徳島バス立江線「立江小学校前」から約0.4キロと、鉄道やバスでも近い。
- 立江の門前にはお京塚(へんろ小屋48号)があり、勝浦町方面には沼江大師などの番外霊場が点在する。
- 鉄道:JR四国牟岐線「立江駅」下車、徒歩約5〜7分(約0.4km)
- バス:徳島バス立江線「立江小学校前」下車、徒歩約0.4km
- 車:徳島自動車道・徳島ICから約30分。県道28号・136号経由、白鷺橋から約0.3km
- 納経時間:8:00〜17:00
- 宿坊:あり。宿泊設備完備で約200名収容(個人・団体とも予約可)。
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出典
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