第8番 普明山 真光院 熊谷寺

熊谷寺
本尊千手観世音菩薩
おん ばざらたらま きりく
御詠歌薪とり水くま谷の寺にきて 難行するも後の世のため
はじめての方へ|この記事に出てくる言葉
- 本尊
- そのお寺がいちばん大切におまつりする、中心の仏さま。
- 御真言
- 本尊に呼びかける、サンスクリットに由来する短い聖なる言葉。
- 御詠歌
- その札所をたたえ、巡る心をうたった和歌。
- 縁起
- そのお寺の始まりや、いわれを伝える言い伝え。
- 札所
- お参りするお寺のこと。四国遍路では四国八十八ヶ所をめぐる。
- 大師堂
- 弘法大師(お大師さま)をおまつりするお堂。本堂とあわせてお参りする。
- 奥の院
- 札所の近くにある、もう一つの聖地。旧境内や、大師が修行したと伝わる岩や滝など。
- 結願
- 八十八ヶ所すべてを巡り終えること。「満願」ともいう。
- 四つの道場
- 四国の四県を、心の旅の四段階になぞらえた呼び名。阿波=発心、土佐=修行、伊予=菩提、讃岐=涅槃。
八十八ヶ所のなかの位置
八十八ヶ所の道のりで、第8番は 徳島県(阿波・発心の道場)にあります。阿波23・土佐16・伊予26・讃岐23ヶ寺のうち、全体では8番目です。

縁起と歴史
四国霊場のなかで最大級の仁王門を構える。縁起によると弘仁6年、弘法大師がこの地の閼於ヶ谷で修行をされていた。その折、紀州の熊野権現があらわれ「末世の衆生を永く済度せよ」と告げられ、5.5センチほどの金の観世音菩薩像を授け、虚空はるかに去っていったという。大師はその場にお堂を建てて、霊木に自ら一刀三礼して等身大の千手観音像を彫造し、その胎内に金の尊像を納めて本尊にされた、と伝えられている。境内にその鎮守堂があり、熊野権現が祀られている。元禄2年(1689)の寂本著『四國禮霊場記』には、「境内は清幽で、谷が深く、水は涼しく、南海が一望できる。千手観音像の髪の中には126粒の仏舎利が納められてある」とあり、当時の境内の様子がうかがえる。
元禄のころ(1688〜1704)までに幾度か火災にあった説もある。ただ、昭和2年(1927)の火災では本堂とともに弘法大師作のご本尊も焼失している。その後、歴代住職の尽力により本堂は昭和15年に再建されたが、第二次大戦で工事が中断、ようやく同46年に堂宇の全容が完成、新造された本尊の開眼法要が営まれた。前述の仁王門は、貞享4年(1687)の建立で、徳島県の指定文化財である。和様と唐様の折衷様式で、間口は9メートル、高さは12.3メートル。2層目の天井や柱には極彩色の天女の姿などが描かれている。大師堂に安置されている弘法大師坐像は室町時代の作で、県指定の文化財である。弘法大師がこの山中で修行していた折、熊野権現が現れて金の観世音菩薩像を授けたことが開創の由来です。大師はその像を胎内仏として千手観音を彫り、本尊とされました。その信仰は今も途絶えていません。寺には釈迦の遺骨とされる仏舎利126粒が安置されるほか、盗賊に持ち去られた仁王像が一夜にして自ら元の場所に戻ったという不思議な伝説も残ります。四国霊場で最大最古とされる仁王門は高さ約13m、江戸中期の建立で、門をくぐる前から堂々とした構えに迎えられます。境内奥に立つ多宝塔も四国霊場最古の塔建築で、内部に大日如来像と四方の如来像を安置し、密教の曼荼羅の世界を立体で感じさせます。参道から境内にかけてはソメイヨシノや枝垂れ桜が植えられ、春には仁王門と桜が重なる光景が阿波屈指の花見名所として親しまれています。元禄期の遍路記にも谷の深さや景観の美しさが書き留められており、写真に収まらない立体感を現地で味わいたい札所です。
- 弘仁6年、弘法大師がこの地の閼於ヶ谷で修行をされていた。
- 元禄2年(1689)の寂本著『四國禮霊場記』には、「境内は清幽で、谷が深く、水は涼しく、南海が一望できる。
- 元禄のころ(1688〜1704)までに幾度か火災にあった説もある。
- 昭和2年(1927)の火災では本堂とともに弘法大師作のご本尊も焼失している。
- 昭和15年に再建されたが、第二次大戦で工事が中断、ようやく同46年に堂宇の全容が完成、新造された本尊の開眼法要が営まれた。
見どころ・伽藍
- 大師堂本堂左手36段の石段をのぼったところ。宝永4年(1707)の建立で、県指定文化財。
- 多宝塔安永3年(1774)建立。内部には胎蔵界の大日如来像を中心に、四方に如来像を安置している。
- 熊野権現が金の観音像を授け、大師が千手観音を彫って本尊とした。
- 仁王像が盗まれても一夜で戻った不思議な話。
- 四国霊場最大最古の仁王門(高さ約13m、江戸中期建立)が参道を見下ろす。
- 多宝塔は四国霊場最古の塔建築(1774年)。内部に大日如来と四方如来を安置し、曼荼羅の世界を立体で表す。
- 四国霊場最大最古の仁王門(高さ約13m、江戸中期建立)が参道を見下ろす。
- 多宝塔は四国霊場最古の塔建築(1774年)。内部に大日如来と四方如来を安置し、曼荼羅の世界を立体で表す。
- 参道から境内にかけてソメイヨシノと枝垂れ桜が植えられ、春の花見名所。
- 釈迦の遺骨とされる仏舎利126粒が安置されると伝わる。
- 弘法大師がこの山中で修行していた折、熊野権現が現れて金の観世音菩薩像を授けたことが開創の由来です。
- 大師はその像を胎内仏として千手観音を彫り本尊とし、今もその信仰は途絶えていません。
- 寺には釈迦の遺骨とされる仏舎利126粒が安置されるほか、盗賊に持ち去られた仁王像が一夜にして自ら元の場所に戻ったという不思議な伝説も残ります。
- 弘法大師が山中で修行中、熊野権現が金の観音像を授けたことが開創の由来。
- 盗賊に持ち去られた仁王像が一夜にして自ら元の場所に戻った伝説がある。
- 四国霊場で最大最古とされる仁王門は高さ約13m、江戸中期の建立で、門をくぐる前から堂々とした構えに迎えられます。
- 境内奥に立つ多宝塔も四国霊場最古の塔建築で、内部には大日如来像と四方の如来像を安置し、密教の曼荼羅の世界を立体で感じさせる荘厳な空間です。
- 参道から境内にかけてはソメイヨシノや枝垂れ桜が植えられ、春には仁王門と桜が重なる光景が阿波屈指の花見名所として親しまれています。
- 元禄期の遍路記にも谷の深さや景観の美しさが書き留められており、写真に収まらない立体感を現地で味わいたい札所です。
信仰と物語
- 千手観音像の胎内に権現から授かった金の観音像を納めたと伝わる。
- 桜の名所としても信仰と観光が交差する。
- 詳細は霊場会公式・寺伝を参照。
- 熊野権現が金の観音像を授け、大師が千手観音を彫って本尊とした。
- 仁王像が盗まれても一夜で戻った不思議な話。
- 詳細は霊場会公式・寺伝を参照。
- 御詠歌は熊谷寺の難行と後の世の安楽を詠じる。
- 元禄期の遍路記に谷の深さと景観の美しさが記される。
- 詳細は霊場会公式・寺伝を参照。
- 弘法大師が開創。熊野権現が加護。
- 仁王門・多宝塔は県指定建造物。
- 詳細は霊場会公式・寺伝を参照。
参拝の手引き
- 本尊御開帳:日時:毎月18日
- 春の桜シーズンは混雑する。仁王門の迫力は参道から仰ぐとよい。
- 詳細は霊場会公式・寺伝を参照。
- 7番十楽寺から。9番法輪寺へ吉野川方面。
- 詳細は霊場会公式・寺伝を参照。
- 詳細は霊場会公式・寺伝を参照。
- 土成インターチェンジから、県道139号線を市場町方面へ進むと寺行きの看板があるので看板に沿って行くとたどり着きます。
- 〒771-1506 徳島県阿波市土成町土成字前田185
- 088-695-2065
- 普通20台・マイクロバス・大型6台 他に臨時駐車場三ヵ所ある 50台可 志納金制
写真

画像の著作権表示(出典:Wikimedia Commons)
- 境内© Dokudami / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0
出典
本文の確認に用いた公開資料と、札所別研究記録に記載された書誌情報です。公開本文のURLを確認できた資料はリンクし、書誌情報のみ確認できたものはその旨を明記しています。