第9番 正覚山 菩提院 法輪寺

法輪寺
本尊涅槃釈迦如来
のうまく さんまんだ ぼだなん ばく
御詠歌大乗のひほうもとがもひるがえし 転法輪の縁とこそきけ
はじめての方へ|この記事に出てくる言葉
- 本尊
- そのお寺がいちばん大切におまつりする、中心の仏さま。
- 御真言
- 本尊に呼びかける、サンスクリットに由来する短い聖なる言葉。
- 御詠歌
- その札所をたたえ、巡る心をうたった和歌。
- 縁起
- そのお寺の始まりや、いわれを伝える言い伝え。
- 札所
- お参りするお寺のこと。四国遍路では四国八十八ヶ所をめぐる。
- 大師堂
- 弘法大師(お大師さま)をおまつりするお堂。本堂とあわせてお参りする。
- 奥の院
- 札所の近くにある、もう一つの聖地。旧境内や、大師が修行したと伝わる岩や滝など。
- 結願
- 八十八ヶ所すべてを巡り終えること。「満願」ともいう。
- 四つの道場
- 四国の四県を、心の旅の四段階になぞらえた呼び名。阿波=発心、土佐=修行、伊予=菩提、讃岐=涅槃。
八十八ヶ所のなかの位置
八十八ヶ所の道のりで、第9番は 徳島県(阿波・発心の道場)にあります。阿波23・土佐16・伊予26・讃岐23ヶ寺のうち、全体では9番目です。

縁起と歴史
古くは「白蛇山法林寺」と称され、現在の地より北4キロほど山間の「法地ヶ渓」にあって、壮大な伽藍を誇っていたと伝えられる。その礎石や焼土がのこっており、これは天正10年(1582)の戦乱のさいに長宗我部元親による兵火で焼失した遺跡である。縁起によると、弘法大師がこの地方を巡教されていた弘仁6年に白蛇を見つけた。白蛇は仏の使いであるといわれることから、大師は釈迦の涅槃像を彫造し、本尊として寺を開基したとされている。涅槃釈迦如来像は、北枕でお顔を西向きに、右脇を下にして寝ている涅槃の姿を表す。そばの沙羅双樹は白く枯れ、釈迦を慕い嘆き悲しむ羅漢や動物たちの像も安置されている。開帳は一年に1度、2月15日に行われる予定である。
現在地に移転し再建されたのは正保年間(1644〜48)で、当時の住職が「転法輪で覚をひらいた」とされ、山号と寺名をいまの「正覚山法輪寺」と改めた。しかし、安政6年(1859)にまたしても罹災している。村人が浄瑠璃芝居の稽古をしていた際に堂内から出火したと伝えられ、鐘楼堂だけを残して全焼した。明治時代になって再建されたのが現在の堂塔である。寺宝には「弘法大師御衣」が伝えられている。これは高野山奥の院で入定されている大師の御衣替えの恒例にちなみ、明治15年(1882)に明治天皇が法輪寺へ下賜されたものである。
もとは現在地から北約4kmの山間にあり、「白蛇山法林寺」と称していました。弘仁6年(815年)に弘法大師がこの地で白蛇を見つけ、仏の使いであるとして釈迦の涅槃像を刻み、本尊としたと伝わります。天正の兵火で焼失したのち、正保年間(1644〜48年)に現在地へ移転再建され、山号を「正覚山」、寺名を「法輪寺」と改めました。四国で唯一、涅槃釈迦如来を本尊とし、頭を北に、顔を西に向けて右脇を下にして横たわるお姿は、諸行無常の教えを身体で伝えています。周囲には白く枯れた沙羅双樹と、釈迦を慕い嘆き悲しむ羅漢や動物たちの像が安置され、年に一度公開されます。松葉杖なしでは歩けなかった参拝者が、この寺を訪れるうちに足が軽くなり、杖を置いて歩けるようになったという霊験から、本堂には感謝の奉納わらじが数多く掛けられています。納経所で授かれる「足腰お願いわらじ」は、健脚祈願のお守りとして今も親しまれています。遍路がただ前へ進む旅ではなく、生と死を見つめる修行でもあることを教えてくれる札所です。
- 天正10年(1582)の戦乱のさいに長宗我部元親による兵火で焼失した遺跡である。
- 弘仁6年、白蛇を見つけた。
- 明治時代になって再建されたのが現在の堂塔である。
- 明治15年(1882)、明治天皇が法輪寺に下賜されたものである。
- 弘仁6年(815年)に弘法大師がこの地で白蛇を見つけ、仏の使いであるとして釈迦の涅槃像を刻み本尊としたと伝わります。
- 天正の兵火で焼失したのち、正保年間(1644〜48年)に現在地へ移転再建され、山号を「正覚山」、寺名を「法輪寺」と改めました。
見どころ・伽藍
- 本堂本尊である涅槃釈迦如来像は、釈尊入滅の時の姿をあらわす。そのお姿は頭北面西といい、頭を北向きに…
- わらじのお守りむかし、松葉杖なしでは歩けなかった人が参拝にきたとき、参道の真ん中あたりで足が軽くなり、松葉杖…
- 大師が白蛇を見つけ、涅槃釈迦を刻んで本尊とした。
- 足が軽くなって杖を置いた参拝者の話が、奉納わらじとして残る。
- 四国で唯一、涅槃釈迦如来を本尊とし、頭北・顔西・右脇下の横たわる姿で諸行無常を示す。
- 周囲には白く枯れた沙羅双樹と、釈迦を慕う羅漢・動物の像が安置され、年に一度公開される。
- 四国で唯一、涅槃釈迦如来を本尊とし、頭北・顔西・右脇下の横たわる姿で諸行無常を示す。
- 周囲には白く枯れた沙羅双樹と、釈迦を慕う羅漢・動物の像が安置され、年に一度公開される。
- 本堂には感謝の奉納わらじが数多く掛けられ、足腰健全の霊験が示される。
- 納経所で授かる「足腰お願いわらじ」は健脚祈願のお守り。
- もとは現在地から北約4kmの山間にあり、「白蛇山法林寺」と称していました。
- 弘仁6年(815年)に弘法大師がこの地で白蛇を見つけ、仏の使いであるとして釈迦の涅槃像を刻み本尊としたと伝わります。
- 天正の兵火で焼失したのち、正保年間(1644〜48年)に現在地へ移転再建され、山号を「正覚山」、寺名を「法輪寺」と改めました。
- もとは現在地から北約4kmの山間に「白蛇山法林寺」としてあった。
- 弘法大師が白蛇を仏の使いと見て涅槃像を刻み、本尊としたと伝わる。
- 正保年間(1644〜48)に現在地へ移転再建。
- 四国で唯一、涅槃釈迦如来を本尊とし、頭を北に、顔を西に向けて右脇を下にして横たわるお姿は、諸行無常の教えを身体で伝えています。
- 周囲には白く枯れた沙羅双樹と、釈迦を慕い嘆き悲しむ羅漢や動物たちの像が安置され、年に一度公開されます。
- 松葉杖なしでは歩けなかった参拝者が、この寺を訪れるうちに足が軽くなり、杖を置いて歩けるようになったという霊験から、本堂には感謝の奉納わらじが数多く掛けられています。
- 納経所で授かれる「足腰お願いわらじ」は、健脚祈願のお守りとして今も親しまれています。
信仰と物語
- 松葉杖なしでは歩けなかった参拝者が、訪れるうちに杖を置いて歩けるようになったという霊験譚。
- 生と死を見つめる修行の場としての性格が強い札所。
- 遍路がただ前へ進む旅ではなく、生と死を見つめる修行でもあることを教えてくれる札所です。
- 大師が白蛇を見つけ、涅槃釈迦を刻んで本尊とした。
- 足が軽くなって杖を置いた参拝者の話が、奉納わらじとして残る。
- 詳細は霊場会公式・寺伝を参照。
- 御詠歌は転法輪と大乗の深い教えを結びつける。
- 詳細は霊場会公式・寺伝を参照。
- 詳細は霊場会公式・寺伝を参照。
- 弘法大師が白蛇山から移転・改名。
- 正保年間の現在地再建。
- 詳細は霊場会公式・寺伝を参照。
参拝の手引き
- 本尊御開帳:日時:一年に一度:2月15日
- 足腰お願いわらじは納経所で授与。
- 詳細は霊場会公式・寺伝を参照。
- 8番熊谷寺から。10番切幡寺へは坂道を上る。
- 詳細は霊場会公式・寺伝を参照。
- 詳細は霊場会公式・寺伝を参照。
- 土成インターチェンジから、国道318号線を鴨島方面へ進み、県道12号線を脇町方面へ進んでいると看板がでているので道なりに進んで行くとたどり着きます。
- 〒771-1506 徳島県阿波市土成町土成字田中198-2
- 088-695-2080
- 普通50台・又はマイクロバス30台・又は大型10台・無料
出典
本文の確認に用いた公開資料と、札所別研究記録に記載された書誌情報です。公開本文のURLを確認できた資料はリンクし、書誌情報のみ確認できたものはその旨を明記しています。

