第21番 舎心山 常住院 太龍寺

太龍寺
本尊虚空蔵菩薩
のうぼう あきゃしゃ きゃらばや おん ありきゃ まりぼり そわか
御詠歌太龍の常にすむぞやげに岩屋 舎心聞持は守護のためなり
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- 本尊
- そのお寺がいちばん大切におまつりする、中心の仏さま。
- 御真言
- 本尊に呼びかける、サンスクリットに由来する短い聖なる言葉。
- 御詠歌
- その札所をたたえ、巡る心をうたった和歌。
- 縁起
- そのお寺の始まりや、いわれを伝える言い伝え。
- 札所
- お参りするお寺のこと。四国遍路では四国八十八ヶ所をめぐる。
- 大師堂
- 弘法大師(お大師さま)をおまつりするお堂。本堂とあわせてお参りする。
- 奥の院
- 札所の近くにある、もう一つの聖地。旧境内や、大師が修行したと伝わる岩や滝など。
- 結願
- 八十八ヶ所すべてを巡り終えること。「満願」ともいう。
- 四つの道場
- 四国の四県を、心の旅の四段階になぞらえた呼び名。阿波=発心、土佐=修行、伊予=菩提、讃岐=涅槃。
八十八ヶ所のなかの位置
八十八ヶ所の道のりで、第21番は 徳島県(阿波・発心の道場)にあります。阿波23・土佐16・伊予26・讃岐23ヶ寺のうち、全体では21番目です。

縁起と歴史
寺伝によれば延暦12年(793年)、桓武天皇の勅願により堂塔が建立され、弘法大師(空海)が虚空蔵菩薩を刻んで本尊とし、諸尊を安置して開創したと伝わる。本尊の虚空蔵菩薩像は弘法大師の作と伝わる。山号「舎心山」は、大師が若き日に修行した岩上「舎心ヶ嶽(舎心嶽)」に由来する。寺名「太龍寺」は、求聞持法を修する大師を守護したという大龍(龍神)にちなむと伝わる。標高618mの太龍寺山頂近くに堂塔が立ち並び、高野山奥の院に似た静かな伽藍配置から「西の高野」と称される。12の子院を擁したと伝わる。本尊真言「のうぼう あきゃしゃ きゃらばや おん ありきゃ まりぼり そわか」を百万遍となえる虚空蔵求聞持法の根本道場として、密教の修行地の性格を色濃く残す。
弘法大師との関わり
弘法大師(空海)は19歳の頃、境内の南西にある岩峰「舎心ヶ嶽(舎心嶽)」で、虚空蔵菩薩の真言を1日1万遍・100日間で百万遍となえる「虚空蔵求聞持法」を修したと伝わる。空海ゆかりの代表的な修行地である。空海の自伝的著作『三教指帰』の序文に「阿国大滝嶽に躋り攀ぢ、土州室戸崎に勤念す」とあり、この大滝嶽が現在の太龍寺山の舎心ヶ嶽にあたるとされる。修行中の大師を大龍(龍神)が守護したという伝承が寺名「太龍寺」の由来とされ、本尊の虚空蔵菩薩像も弘法大師の作と伝わる。南舎心ヶ嶽には、大師入山1200年を記念した求聞持修行大師像が立つ。
- 延暦12年(793年): 桓武天皇の勅願により堂塔が建立され、弘法大師が虚空蔵菩薩を刻み安置して開創と伝わる
- 天正年間(1573-1592年): 長宗我部元親の兵火により焼失
- 江戸期: 徳島藩主蜂須賀家の支援を受けて諸堂が再建される
- 貞享元年(1684年): 三重塔が建立される(後に興願寺(四国中央市)へ移築)
- 文化3年(1806年): 仁王門建立
- 嘉永5年(1852年): 本堂建立
- 安政3年(1856年): 六角経蔵建立
- 文久元年(1861年): 多宝塔建立
- 明治10年(1877年): 大師堂建立
- 明治11年(1878年): 御影堂建立
- 明治28年(1895年): 本坊建立
- 明治34年(1901年): 護摩堂建立
- 明治36年(1903年): 鐘楼門建立
- 1992年(平成4年): 太龍寺ロープウェイ運行開始
- 1993年(平成5年): 大師入山1200年を記念し南舎心ヶ嶽に求聞持修行大師像(ブロンズ)建立
- 2011年7月: 台風6号で本堂などが被害を受け、のちに修復
見どころ・伽藍
- 南舎心ヶ嶽19歳の空海が百万遍の求聞持法を修した岩峰。ブロンズの大師像が建つ。
- 西の高野618m付近の伽藍は高野山奥の院に似た静けさを湛える。
- 虚空蔵本尊半丈六の大像。毎年1月12日に開帳される秘仏。
- 龍天井持仏堂の大廊下に竹村松嶺作の龍画。「龍天井」として知られる。
- 太龍寺ロープウェイ全長2775mの西日本最長級。山麓から約10分で山上へ。
- 求聞持の道太龍寺道・いわや道は国史跡の阿波遍路道。鶴林寺・平等寺間の難所。
- 仁王門は文化3年(1806年)の建立で、安置する金剛力士像は鎌倉時代の作とされ、徳島県で最大最古と伝わる。
- 本堂は嘉永5年(1852年)の建立で、本尊を半丈六の大きな虚空蔵菩薩像として安置すると伝わる。
- 大師堂は、御廟の橋・拝殿・御廟が高野山奥の院と同じ配列で並び、「西の高野」と称される由縁とされる。
- 多宝塔は文久元年(1861年)の建立で、五大虚空蔵菩薩を安置すると伝わる。
- 六角経蔵や護摩堂などが並び、本堂や仁王門など九件が国の登録有形文化財となっている。
- 持仏堂の大廊下には、高知の画家竹村松嶺による龍の天井絵が描かれ、「龍天井」として知られる。
- 本堂・大師堂・多宝塔などが太龍寺山頂近くに並び、高野山奥の院に似た伽藍配置を形づくる。
- 奥の院は南舎心ヶ嶽で、空海が100日間の虚空蔵求聞持法を修したとされ、断崖に高野山へ向かう大師像が座す。
- 南舎心ヶ嶽の大師像は結跏趺坐で東の海を望み、足元には太平洋へ続く谷筋の絶景が広がる(ロープウェイ駅から徒歩約20分・約680m)。
- 南舎心ヶ嶽の大師像は、大師入山1200年を記念して平成5年(1993年)にブロンズ像として造られた。
- 北舎心ヶ嶽には八大童子を祀る祠があり、大岩に架けた梯子の上に建つと伝わる。
- 奥の院の黒滝寺は、空海が大龍を淵に封じ込めたという伝説を持ち、山岳仏教発祥の地とも伝わる。
- 国登録有形文化財(建造物・2013年6月21日登録): 本堂
- 国登録有形文化財: 大師堂
- 国登録有形文化財: 御影堂
- 国登録有形文化財: 護摩堂
- 国登録有形文化財: 多宝塔
- 国登録有形文化財: 六角経蔵
- 国登録有形文化財: 本坊
- 国登録有形文化財: 仁王門
- 国登録有形文化財: 鐘楼門
- 国史跡「阿波遍路道」: 太龍寺道・かも道・いわや道などの区間(2010年以降に順次指定)
- 徳島県史跡: 太龍寺の丁石(1967年指定、現存18基のうち11基)
信仰と物語
- 本尊の虚空蔵菩薩は天井に達するほどの半丈六仏で、毎年1月12日に開帳されると伝わる。
- 虚空蔵求聞持法は真言を1日1万遍・100日間で百万遍となえる難行とされ、青年期の空海の思想形成に深く関わったと伝わる。
- 多宝塔には、法界・金剛・宝光・蓮華・業用の五大虚空蔵菩薩を祀ると伝わる。
- 納経印には本尊のほか「舎心嶽求聞持大師」が授与される。
- 寺名は、舎心嶽で修行する空海を守護したという大龍(龍神)にちなむと伝わる。
- 空海は著作『三教指帰』に「阿国大滝嶽に躋り攀ぢ」と記し、この地での修行を自ら述べたと伝わる。
- 奥の院黒滝寺には、神童の告げにより空海が黒滝山の大龍を淵に封じたという伝説が残る。
- 持仏堂の「龍天井」は、舎心嶽で大師を守護した大龍(龍神)の伝承と結びつく天井画として知られる。
- 御詠歌「太龍の常にすむぞやげに岩屋 舎心聞持は守護のためなり」が伝わる。
- 本堂への石段下には、種田山頭火の句碑「分け入っても分け入っても青い山」が立つ。
- 持仏堂大廊下の龍天井画は高知の画家竹村松嶺の作とされ、寺名の龍神伝承を視覚的に表す。
- 寺伝では、桓武天皇の勅願により延暦12年(793年)に建立され、弘法大師が諸尊を造像して開創したと伝わる。
- 中興堂には、第4世の長範僧正と第22世の亮山僧正を中興の師として祀ると伝わる。
- 高知の画家竹村松嶺は持仏堂大廊下の龍天井画を手がけ、寺名の龍神伝承を視覚的に表したとされる。
参拝の手引き
- 1月12日: 本尊・虚空蔵菩薩の御開帳
- 旧暦3月21日: 大師像の開帳(御影供にちなむ)
- 旧暦4月8日: 花まつり(灌仏会・釈尊降誕会)
- 毎月の護摩祈祷(護摩堂)
- 太龍寺ロープウェイは全長2775メートルで西日本最長級とされ、101人乗りのゴンドラが約10分で山上へ運ぶ。
- かつて「遍路ころがし(パート2)」と呼ばれた難所を、ロープウェイ利用で楽に越えられる。
- 参道沿いの丁石は南北朝時代の道標で、現存18基のうち11基が県史跡に指定されている。
- ロープウェイ駐車場は普通車約150台分で無料とされる。
- 本尊は1月12日の初会式、大師像は旧暦3月21日の正御影供に開帳されると伝わる。
- 歩き遍路には「いわや道」「かも道」などの古道があるが、いずれも険しい山道とされる。
- 前の第20番鶴林寺からは約6.7キロ、次の第22番平等寺へは約10.9キロの行程とされる。
- 太龍寺道・かも道・いわや道・平等寺道は「阿波遍路道」として国の史跡に指定されている。
- ロープウェイ山麓駅の周辺には、古代に辰砂を採掘した若杉山辰砂採掘遺跡や氷柱観音、蛭子神社がある。
- いわや道・太龍寺道は国史跡「阿波遍路道」に含まれ、20番鶴林寺・22番平等寺との峠越えで歩き遍路の難所となる。
- 公共交通: 徳島バス丹生谷線「和食東」下車、徒歩約10分でロープウェイ山麓駅。JR牟岐線・桑野駅から国道195号方面
- 車: 徳島市内から約50分でロープウェイ山麓駅(道の駅鷲の里)。山上へは別途、阿瀬比方面などからの細い山道もある
- 歩き遍路: 20番鶴林寺から水井橋を経て太龍寺道(約6.7km)、太龍寺から22番平等寺へは約10.9km。いずれも峠越えの遍路道
出典
本文の確認に用いた公開資料と、札所別研究記録に記載された書誌情報です。公開本文のURLを確認できた資料はリンクし、書誌情報のみ確認できたものはその旨を明記しています。


