第10番 得度山 灌頂院 切幡寺

切幡寺
本尊千手観世音菩薩
おん ばざらたらま きりく
御詠歌欲心をただ一筋に切幡寺 後の世までの障りとぞなる
はじめての方へ|この記事に出てくる言葉
- 本尊
- そのお寺がいちばん大切におまつりする、中心の仏さま。
- 御真言
- 本尊に呼びかける、サンスクリットに由来する短い聖なる言葉。
- 御詠歌
- その札所をたたえ、巡る心をうたった和歌。
- 縁起
- そのお寺の始まりや、いわれを伝える言い伝え。
- 札所
- お参りするお寺のこと。四国遍路では四国八十八ヶ所をめぐる。
- 大師堂
- 弘法大師(お大師さま)をおまつりするお堂。本堂とあわせてお参りする。
- 奥の院
- 札所の近くにある、もう一つの聖地。旧境内や、大師が修行したと伝わる岩や滝など。
- 結願
- 八十八ヶ所すべてを巡り終えること。「満願」ともいう。
- 四つの道場
- 四国の四県を、心の旅の四段階になぞらえた呼び名。阿波=発心、土佐=修行、伊予=菩提、讃岐=涅槃。
八十八ヶ所のなかの位置
八十八ヶ所の道のりで、第10番は 徳島県(阿波・発心の道場)にあります。阿波23・土佐16・伊予26・讃岐23ヶ寺のうち、全体では10番目です。

縁起と歴史
切幡山の中腹、標高155メートルに境内がある。国指定重要文化財である大塔からの眺望はすばらしく、眼下には吉野川がゆったりと流れ、前方には四国山脈の雄大な山々が連なる。古く、この山麓に機を織る乙女がいた。ここで修法していた弘法大師は、結願の7日目、綻びた僧衣を繕うために布切れを所望された。乙女は、織りかけていた布を惜しげもなく切って差し出した。大師はこの厚意にたいへん感動し、「何か望みはないか」と尋ねた。乙女は、「父は都で薬子の変に関係して島流しとなり、母は身ごもっていたが、男の子が産まれればその子も咎を受ける。どうか女の子が産まれるようにと、清水の観音様に祈願し、やがてこの地に来て産まれたのが私です」といい、「亡き父母に代わり、観音様をつくってお祀りし、わたしも仏門に入って精進したい」と願いを告白した。
大師は強く心を打たれ、さっそく千手観音像を彫造し、乙女を得度させて灌頂を授けた。乙女はたちまちのうちに即身成仏し、身体から七色の光を放って千手観音菩薩に変身した。大師はこのことを時の嵯峨天皇に伝えた。天皇の勅願により堂宇が建立され、自ら彫った千手観音像を南向きに、また即身成仏した千手観音像を北向きに安置して本尊にしたと伝えられる。得度山、灌頂院、切幡寺それぞれの名称も、こうした由縁による。麓は、巡礼用具店などがならぶ門前町となっている。「女人即身成仏の寺」として知られ、七色の光を放つ善女に憧れる女性からの人気が高い。
布を織っていた娘のもとに、旅の僧姿の大師が立ち寄り、布を求めたと伝わります。娘は惜しげもなく織りかけの布を切って差し出しました。その心に感じ入った大師が灌頂を授けると、娘の体から七色の光が放たれ、そのまま千手観音に変じたとされています。「女人即身成仏」の伝説として今も語り継がれ、女性の救いと信仰の原点ともいえる物語です。333段の石段は「女厄坂」33段と「男厄坂」42段に分かれ、一段一段を踏みしめること自体が厄を落とす修行と考えられてきました。登りきった先には、吉野川平野の眺望が広がります。山上で待ち受ける二重塔は、豊臣秀頼が大坂の住吉大社から秀吉の菩提を弔うために移築した国指定重要文化財です。上層が和様、下層が唐様という日本唯一の構造様式を持ち、移築の際に海路と川船で運ばれたという逸話も寺に残ります。境内には大正時代に建てられた「はたきり観音像」が静かに立ち、伝説の娘を偲ぶ参拝者が花を手向ける姿が見られます。石段、伝承、眺望、建築が一体となった札所です。
- 大正時代に建てられた「はたきり観音像」が静かに立ち、伝説の娘を偲ぶ参拝者が花を手向ける姿が見られます。
見どころ・伽藍
- 山麓から本堂まで約800メートル。333段の石段があり、女厄坂と男厄坂を上り切ると本堂に着く。
- 切幡寺大塔は国指定重要文化財。
- 娘が織りかけの布を惜しみなく切って差し出した。その心に感じ入った大師が灌頂を授けた。
- 七色の光を放ち千手観音に変じた「女人即身成仏」。
- 333段の石段は「女厄坂」33段と「男厄坂」42段に分かれ、一段ずつ厄を落とす道とされる。
- 登りきった先には吉野川平野の眺望が広がる。
- 333段の石段は「女厄坂」33段と「男厄坂」42段に分かれ、一段ずつ厄を落とす道とされる。
- 登りきった先には吉野川平野の眺望が広がる。
- 二重塔は豊臣秀頼が大坂住吉大社から移築した国指定重要文化財(上層和様・下層唐様、全国唯一の総二重塔)。
- 大正時代建立の「はたきり観音像」が境内に立つ。
- 布を織っていた娘のもとに、旅の僧姿の大師が立ち寄り、布を求めたと伝わります。
- 娘は惜しげもなく織りかけの布を切って差し出しました。
- その心に感じ入った大師が灌頂を授けると、娘の体から七色の光が放たれ、そのまま千手観音に変じたとされています。
- 機織りの娘が布を切って差し出し、灌頂を受けて千手観音に変じた「女人即身成仏」の伝説の地。
- 移築の際に海路と川船で運ばれたという逸話が塔に残る。
- 「女人即身成仏」の伝説として今も語り継がれ、女性の救いと信仰の原点ともいえる物語です。
- 333段の石段は「女厄坂」33段と「男厄坂」42段に分かれ、一段一段を踏みしめること自体が厄を落とす修行と考えられてきました。
- 登りきった先には、吉野川平野の眺望が広がります。
- 山上で待ち受ける二重塔は、豊臣秀頼が大坂の住吉大社から秀吉の菩提を弔うために移築した国指定重要文化財です。
- 上層が和様、下層が唐様という日本唯一の構造様式を持ち、移築の際に海路と川船で運ばれたという逸話も寺に残ります。
- 国指定重要文化財である大塔からの眺望はすばらしく、眼下には吉野川がゆったりと流れ、前方には四国山脈の雄大な山々が連なる。
信仰と物語
- 女性の救済と信仰の原点ともいえる物語が今も語り継がれる。
- 石段そのものが修行・厄除の場。
- 境内には大正時代に建てられた「はたきり観音像」が静かに立ち、伝説の娘を偲ぶ参拝者が花を手向ける姿が見られます。
- 石段、伝承、眺望、建築が一体となった札所。
- 娘が織りかけの布を惜しみなく切って差し出した。その心に感じ入った大師が灌頂を授けた。
- 七色の光を放ち千手観音に変じた「女人即身成仏」。
- 詳細は霊場会公式・寺伝を参照。
- 御詠歌は欲心を一筋に断ち切る教えを説く。
- 詳細は霊場会公式・寺伝を参照。
- 詳細は霊場会公式・寺伝を参照。
- 弘法大師が灌頂を授けた。
- 豊臣秀頼が二重塔移築を行ったとされる。
- 詳細は霊場会公式・寺伝を参照。
参拝の手引き
- 年中行事は霊場会公式サイトを参照。
- 333段は急坂。水分補給と足元に注意。
- 展望と二重塔は登りきった先にある。
- 詳細は霊場会公式・寺伝を参照。
- 9番法輪寺から。11番藤井寺へは山を越える。
- 詳細は霊場会公式・寺伝を参照。
- 詳細は霊場会公式・寺伝を参照。
- 土成インターチェンジから左折して、国道318号を鴨島方面へ進み、県道12号線(鳴門池田線)を市場町方面へ進み切幡変電所を右折すると標識がでているので道なりに進んで行くとたどり着きます。
- 〒771-1623 徳島県阿波市市場町切幡字観音129
- 0883-36-3010
- 下の境内に普通20台 (中・大型は進入不可) 午前7時〜午後5時・無料
出典
本文の確認に用いた公開資料と、札所別研究記録に記載された書誌情報です。公開本文のURLを確認できた資料はリンクし、書誌情報のみ確認できたものはその旨を明記しています。


