第75番 五岳山 誕生院 善通寺

善通寺
本尊薬師如来
おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
御詠歌我住まばよも消え果てじ善通寺 深き誓ひの法のともしび
はじめての方へ|この記事に出てくる言葉
- 本尊
- そのお寺がいちばん大切におまつりする、中心の仏さま。
- 御真言
- 本尊に呼びかける、サンスクリットに由来する短い聖なる言葉。
- 御詠歌
- その札所をたたえ、巡る心をうたった和歌。
- 縁起
- そのお寺の始まりや、いわれを伝える言い伝え。
- 札所
- お参りするお寺のこと。四国遍路では四国八十八ヶ所をめぐる。
- 大師堂
- 弘法大師(お大師さま)をおまつりするお堂。本堂とあわせてお参りする。
- 奥の院
- 札所の近くにある、もう一つの聖地。旧境内や、大師が修行したと伝わる岩や滝など。
- 結願
- 八十八ヶ所すべてを巡り終えること。「満願」ともいう。
- 四つの道場
- 四国の四県を、心の旅の四段階になぞらえた呼び名。阿波=発心、土佐=修行、伊予=菩提、讃岐=涅槃。
八十八ヶ所のなかの位置
八十八ヶ所の道のりで、第75番は 香川県(讃岐・涅槃の道場)にあります。阿波23・土佐16・伊予26・讃岐23ヶ寺のうち、全体では75番目です。

縁起と歴史
五岳山 善通寺の創建については、『多度郡屏風浦善通寺之記』(江戸時代中期成立)に次のように記されている。唐から帰朝した弘法大師が、御父の寄進した四町四方の地に、師である恵果和尚の住した長安・青龍寺を模してこの寺を建立した。大同2年(807年)臘月(陰暦12月)朔日に斧始めを行い、弘仁4年(813年)6月15日に落慶し、父の諱「善通」をとって「善通寺」と号した。鎌倉時代には、佐伯家の邸宅跡に「誕生院」が建立された。江戸時代までは、善通寺と誕生院がそれぞれに住職を置く別の寺であったが、明治時代に善通寺として一つの寺になった。現在は真言宗善通寺派の総本山であり、四国八十八ヶ所第75番札所でもある。山号「五岳山」は、寺の西にそびえる香色山・筆山・我拝師山・中山・火上山の五岳に由来し、当地はかつて「屏風浦」とも称された。「誕生院」の院号は、大師御誕生の地であることを示す。御誕生所である善通寺は、京都の東寺、和歌山の高野山とならぶ弘法大師三大霊跡のひとつとして、古くから篤い信仰を集めてきた。総面積約45,000平方メートルの境内は、「伽藍」と称される東院と「誕生院」と称される西院の、東西二院に分かれる。
弘法大師との関わり
善通寺は弘法大師空海の誕生地であり、開基者も大師自身とされる。唐から帰朝した後、父佐伯田公の寄進地に青龍寺を模した伽藍を建立したと『屏風浦善通寺之記』に記される。西院の誕生院は佐伯家の邸跡に建ち、御誕生の由縁を今に伝える。御影堂には大師自筆と伝わる「瞬目大師」像が秘蔵される。御影堂の地下には約100メートルの「戒壇めぐり」があり、大師と結縁する道場となっている。御詠歌「我住まばよも消え果てじ善通寺」は、大師と寺の誓願を詠んだものとして親しまれる。
- 774年(宝亀5年)3月21日:弘法大師空海が佐伯氏の邸で誕生したと伝わる(誕生院)
- 807年(大同2年)臘月朔日:斧始め(『屏風浦善通寺之記』)
- 813年(弘仁4年)6月15日:落慶し、父の諱「善通」から寺号を定めたと記される
- 1558年(永禄元):三好実休の兵火で金堂が焼失
- 1699年(元禄12年):現金堂の上棟
- 1700年(元禄13年):御室大仏師北川運長が本尊薬師如来坐像(丈六・像高約3メートル)を造像
- 1831年(天保2年):御影堂再建。昭和12年に大規模修築
- 1845年(弘化2年)〜1902年(明治35年):現五重塔の再建(仁孝天皇の御綸旨)
- 明治時代:善通寺と誕生院が合一
- 現在:真言宗善通寺派総本山
見どころ・伽藍
- 誕生地弘法大師空海誕生の地。三大霊跡のひとつ。
- 五重塔総高43メートル。善通寺のシンボル。ゴールデンウィークに五智如来4体を特別公開。
- 金堂薬師元禄期の丈六薬師如来坐像。北川運長作。
- 戒壇めぐり御影堂の地下約100メートル。暗闇の中で御宝号を唱える。
- 東西二院創建時の伽藍(東院)と誕生院(西院)が、一体の境内を形づくる。
- 五岳屏風浦五岳山の山号と屏風浦の旧称が、景観の由来を語る。
- 東院「伽藍」:創建時以来の寺域。金堂・五重塔・講堂などが建ち並ぶ。
- 金堂:元禄12年(1699年)上棟。本尊の薬師如来坐像は元禄13年(1700年)、御室大仏師北川運長の造像。
- 五重塔:総高43メートル。弘化2年(1845年)からの再建で、明治35年(1902年)に完成。初層に五智如来4体を安置。
- 西院「誕生院」:大師御誕生の地である佐伯家邸跡。御影堂を中心とする。
- 御影堂:天保2年(1831年)再建、昭和12年に大規模修築。奥殿に瞬目大師像。地下に戒壇めぐり(約100メートル)。
- 境内全体は約45,000平方メートルに及ぶ、広大な二院構成。
- 誕生院そのものが大師誕生の霊跡であり、西院全体が「奥」の信仰空間として機能する。
- 佐伯家邸跡に御誕生の由縁が残り、御影堂と戒壇めぐりがその中心となる。
- 金堂(本堂):元禄12年(1699年)上棟。永禄の兵火後の再建。
- 五重塔:弘化2年(1845年)再建開始、明治35年(1902年)完成。初層に五智如来像4体。
- 御影堂:天保2年(1831年)再建。瞬目大師像を秘蔵。
- OUV特記:空海誕生地・誕生院。伽藍
信仰と物語
- 本尊の薬師如来は丈六の巨像で、善通寺の守り本尊として金堂に安置される。
- 誕生地であり開創の寺として、大師信仰と薬師信仰が一体となる。
- 御詠歌は大師の誓願と仏法の灯を詠み、総本山としての法脈を象徴する。
- 大師が唐の恵果和尚に入門し、青龍寺を模して善通寺を建立したと『屏風浦善通寺之記』に記される。
- 父佐伯田公の諱「善通」から寺号を得たと伝わる。
- 五重塔は大風や火災で幾度も倒壊・焼失したが、そのたびに再建されてきた。
- 御詠歌「我住まばよも消え果てじ善通寺 深き誓ひの法のともしび」
- 御詠歌は四国霊場会の札所案内や納経帳などで広く流通し、巡礼の道中で唱えられる。
- 開基・創建者は弘法大師空海。『屏風浦善通寺之記』が創建叙事の基礎資料。
- 父である佐伯田公が寄進地を提供したとされる。
- 師である恵果和尚(青龍寺)の影響が、伽藍の設計に反映されたとされる。
- 御室大仏師北川運長が、元禄期の薬師像を造像。
参拝の手引き
- 3月21日:お大師さま御誕生会(誕生会)
- ゴールデンウィーク:五重塔初層・五智如来像の特別公開
- 年中行事の詳細は公式サイト(https://www.zentsuji.com/)を参照
- 宿坊あり(霊場会の記載では約250人収容)。
- 駐車場あり。西院誕生院側の大駐車場から参拝できる。
- 五重塔・御影堂・戒壇めぐりなど見どころが多く、半日以上の滞在を要する場合がある。
- 前の第74番甲山寺から約1.8km(弘法大師誕生地)。次の第76番金倉寺へ約4.3km。
- 善通寺ICから琴平町向きに国道319号線を進み、西原北交差点を右折して県道4号線を直進すると、西院の大駐車場に至る。
- 涅槃の道場(讃岐)の後半に位置し、善通寺市の中心部にある。
- 琴平・金倉寺方面への遍路道と接続する。
- 〒765-0003 香川県善通寺市善通寺町3-3-1
出典
本文の確認に用いた公開資料と、札所別研究記録に記載された書誌情報です。公開本文のURLを確認できた資料はリンクし、書誌情報のみ確認できたものはその旨を明記しています。