第67番 小松尾山 不動光院 大興寺

大興寺
本尊薬師如来
おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
御詠歌植ゑ置きし小松尾寺を眺むれば 法の教への風ぞ吹きぬる
はじめての方へ|この記事に出てくる言葉
- 本尊
- そのお寺がいちばん大切におまつりする、中心の仏さま。
- 御真言
- 本尊に呼びかける、サンスクリットに由来する短い聖なる言葉。
- 御詠歌
- その札所をたたえ、巡る心をうたった和歌。
- 縁起
- そのお寺の始まりや、いわれを伝える言い伝え。
- 札所
- お参りするお寺のこと。四国遍路では四国八十八ヶ所をめぐる。
- 大師堂
- 弘法大師(お大師さま)をおまつりするお堂。本堂とあわせてお参りする。
- 奥の院
- 札所の近くにある、もう一つの聖地。旧境内や、大師が修行したと伝わる岩や滝など。
- 結願
- 八十八ヶ所すべてを巡り終えること。「満願」ともいう。
- 四つの道場
- 四国の四県を、心の旅の四段階になぞらえた呼び名。阿波=発心、土佐=修行、伊予=菩提、讃岐=涅槃。
八十八ヶ所のなかの位置
八十八ヶ所の道のりで、第67番は 香川県(讃岐・涅槃の道場)にあります。阿波23・土佐16・伊予26・讃岐23ヶ寺のうち、全体では67番目です。

縁起と歴史
地元では大興寺というより、山号にちなむ「小松尾寺」の呼び名で親しまれ、近くの一帯の集落も小松尾と呼ばれる。縁起によると、天平十四年(742)、熊野三所権現を鎮護するため、東大寺の末寺として現在地より約1キロ北西に建立されたという。その後、延暦11年(792)に大師の巡錫を仰ぎ、弘仁13年(823)には嵯峨聖帝の勅により再興されたと伝えられている。しかし戦国時代の末、長宗我部元親の兵火により一部を残してことごとく焼失した。慶長年間(1596〜1615)に再建されたが再び焼亡し、現在の本堂は寛保元年(1741)に建立されたものである。現在の大興寺は真言宗の寺院だが、かつては真言二十四坊と天台十二坊が甍を連ね、同じ境内で真言・天台の二宗が兼学したという珍しい来歴を持つ。そのためか天台宗の影響が大きく、本堂に向かって左側の弘法大師堂とともに、右側には天台宗第三祖智顗を祀る天台大師堂が配されており、その名残をとどめている。本尊の脇侍は不動明王と毘沙門天で、不動明王は天台様式である。香川県の文化財には、次の5件が指定されている。一つは本尊の藥師如來坐像で、像高84センチ、平安後期の檜寄木造り、漆箔で、弘法大師の作と伝わる。天台大師坐像は鎌倉時代後期、建治2年(1276)の銘があり、檜寄木造りの彩色で像高77.4センチ。天台大師の彫像はきわめて少ない。弘法大師坐像は近年の調査で天台大師坐像と同じ建治2年の作と判明し、文化財に指定された。四国最古の銘を持つ弘法大師像である。仁王門の力強い二体の金剛力士立像は、仏師として名高い運慶の作と伝えられ、像高314センチ。鎌倉初期の作で、八十八ヶ所のなかで最大とされる。「大興寺」と記された扁額には、文永4年(1267)の年号と「従三位藤原朝臣経朝」の裏書きがある。
- 天平十四年(742)、熊野三所権現を鎮護するため、東大寺の末寺として現在地より約1キロ北西に建立されたと伝えられている。延暦11年(792)に大師の巡錫を仰ぎ、弘仁13年(823)には嵯峨聖帝の勅により再興されたという。
- 詳細な年表は寺伝・公式資料を参照。
見どころ・伽藍
- 本堂の「七日燈明」赤い蝋燭を7日間灯して祈祷していただくもので、病気平癒、安産、良縁などのご利益を願う信仰があります。
- 仁王門堂々とした金剛力士像は、仏師として名高い運慶の作と伝えられます。
- 本堂の「七日燈明」・仁王門・参道の榧と楠
- 本尊の脇侍は不動明王と毘沙門天で、不動明王は天台様式です。
- 香川県の文化財に指定されているのは次の5件です。
- 本堂の「七日燈明」:赤い蝋燭を7日間灯して祈祷していただくものです。病気平癒、安産、良縁などのご利益を願う信仰があります。
- 仁王門:堂々とした金剛力士像は、仏師として名高い運慶の作と伝えられます。
- 本堂の「七日燈明」・仁王門・参道の榧と楠
- 戦国時代の末、長宗我部元親の兵火により一部を残してことごとく焼失した。慶長年間(1596〜1615)に再建されたが再び焼亡し、現在の本堂は寛保元年(1741)に建立されたものである。
- 天台宗の影響が大きく、本堂に向かって左側の弘法大師堂とともに、右側には天台宗第三祖智顗を祀る天台大師堂が配されており、その名残をとどめている。
- 本尊の脇侍は不動明王と毘沙門天で、不動明王は天台様式である。
- 仁王門の力強い二体の金剛力士立像は、仏師として名高い運慶の作と伝えられ、像高314センチ。
- 縁起では、天平14年(742)、熊野三所権現を鎮護するため、東大寺の末寺として現在地より約1キロ北西に建立されたと伝わる。
- 延暦11年(792)の弘法大師の巡錫、弘仁13年(823)の嵯峨天皇の勅願による再興が、寺伝に記される。
- 瀬戸内海と小豆島を望む、展望の良い高台に建つ。
- 仁王門の金剛力士像は、修理工事報告書が残る文化財として知られる。
信仰と物語
- 本尊は薬師如来。弘法大師が植えて遺された小松尾寺(大興寺の旧称)を眺めると、その松を吹き渡る風のように、仏法の教えが今もここに吹き伝わってくることだ。
- 真言は「おん ころころ せんだり まとうぎ そわか」。
- 宝号は南無大師遍照金剛。
- 地元では大興寺というより、山号にちなむ「小松尾寺」の呼び名で親しまれ、近くの一帯の集落も小松尾と呼ばれる。
- 現在の大興寺は真言宗の寺院だが、かつては真言二十四坊と天台十二坊が甍を連ね、同じ境内で真言・天台の二宗が兼学したという珍しい来歴を持つ。
- 天台宗の影響が大きく、本堂に向かって左側の弘法大師堂とともに、右側には天台宗第三祖智顗を祀る天台大師堂が配されており、その名残をとどめている。
- 鎌倉初期の作で、八十八ヶ所のなかで最大とされる。
- 御詠歌「植ゑ置きし小松尾寺を眺むれば 法の教への風ぞ吹きぬる」
- 御詠歌は四国霊場会の札所案内・納経帳などで広く流通し、巡礼の道中で唱えられる。
- 開基は弘法大師と伝わる。
- 天台宗の影響が大きく、本堂に向かって左側の弘法大師堂とともに、右側には天台宗第三祖智顗を祀る天台大師堂が配されており、その名残をとどめている。
- 本尊の藥師如來坐像は像高84センチで、平安後期の檜寄木造り、漆箔、弘法大師の作と伝わる。
- 弘法大師坐像は近年の調査で、天台大師坐像と同じ建治2年の作と判明し、文化財に指定された。
- 四国最古の銘を持つ弘法大師像である。
参拝の手引き
- 年中行事は霊場会公式サイトを参照。
- 駐車場:あり(無料)
- 電話:0875-63-2341
- 納経時間・拝観料は季節・行事で変わる場合がある。参拝前に電話または公式で確認を推奨。
- 前の第66番雲辺寺から約10km。次の第68番神恵院へ約11km。
- 大野原インターチェンジから高松市内方面へ、国道11号線・県道240号線・国道377号線を経由し、観音寺市から山本町に入ります。大興寺の看板で左折して直進すると、右手に見えてきます。
- 〒768-0101 香川県三豊市山本町辻4209
出典
本文の確認に用いた公開資料と、札所別研究記録に記載された書誌情報です。公開本文のURLを確認できた資料はリンクし、書誌情報のみ確認できたものはその旨を明記しています。

