第83番 神毫山 大宝院 一宮寺

一宮寺
本尊聖観世音菩薩
おん あろりきゃ そわか
御詠歌讃岐一宮の御前に仰ぎ来て 神の心を誰かしら言ふ
はじめての方へ|この記事に出てくる言葉
- 本尊
- そのお寺がいちばん大切におまつりする、中心の仏さま。
- 御真言
- 本尊に呼びかける、サンスクリットに由来する短い聖なる言葉。
- 御詠歌
- その札所をたたえ、巡る心をうたった和歌。
- 縁起
- そのお寺の始まりや、いわれを伝える言い伝え。
- 札所
- お参りするお寺のこと。四国遍路では四国八十八ヶ所をめぐる。
- 大師堂
- 弘法大師(お大師さま)をおまつりするお堂。本堂とあわせてお参りする。
- 奥の院
- 札所の近くにある、もう一つの聖地。旧境内や、大師が修行したと伝わる岩や滝など。
- 結願
- 八十八ヶ所すべてを巡り終えること。「満願」ともいう。
- 四つの道場
- 四国の四県を、心の旅の四段階になぞらえた呼び名。阿波=発心、土佐=修行、伊予=菩提、讃岐=涅槃。
八十八ヶ所のなかの位置
八十八ヶ所の道のりで、第83番は 香川県(讃岐・涅槃の道場)にあります。阿波23・土佐16・伊予26・讃岐23ヶ寺のうち、全体では83番目です。

縁起と歴史
創建は、わが国に仏教が伝わって約160年後とされ、長い歴史を伝えます。開基は、奈良仏教の興隆の礎を築いた義淵僧正です。当時は大宝院と呼ばれ、南都仏教の一つ法相宗の普及につとめ、門下からは行基菩薩や良弁僧正が出ました。和同年間、諸国に一宮寺が建てられた際、行基菩薩が堂宇を修復し、神毫山一宮寺と改められました。大同年間には弘法大師が訪れ、約106cmの聖観世音菩薩(聖観音)を彫造して伽藍を再興し、このとき真言宗に改宗しました。その後、天正の兵火で灰燼に帰しましたが、中興の祖とされる宥勢大徳によって再興されました。江戸時代には高松藩主により田村神社の別当を解かれます。これは神仏分離の200年も前の出来事でした。本堂の左手には、薬師如来を祀る小さな祠があります。これは「地獄の釜」と呼ばれ、祠に頭を入れると境地が開けると言い伝えられます。一方で、悪いことをしていると頭が抜けなくなるとも言われます。昔、近所に住む意地の悪いおタネばあさんが、「そんなことはない、試してみよう」と頭を入れたところ、扉が閉まり、ゴーという地獄の釜の音が響いて頭が抜けなくなりました。怖くなったおタネさんが、これまでの悪事を謝ると、頭はすっと抜けました。それからおタネさんは心を入れ替え、親切になり、元気に長生きしたそうです。
弘法大師との関わり
大同年間、弘法大師が訪れ、約106cmの聖観世音菩薩(聖観音)を彫造して伽藍を再興し、このとき真言宗に改宗しました。
- 大同年間、弘法大師が訪れ、約106cmの聖観世音菩薩(聖観音)を彫造して伽藍を再興し、このとき真言宗に改宗しました。
- 天正の兵火で灰燼に帰しましたが、中興の祖とされる宥勢大徳によって再興されました。
見どころ・伽藍
- 本堂立派な楠の木に守られた本堂は、元禄14年(1701)に十方の施主によって再建されました
- 本堂・一宮御陵・地獄の釜(伝説の釜は、弘法大師が戒めのために作られたと伝えられます。)
- 讃岐一宮古くからの一宮信仰の中心。
- 琴弾平野の札所琴弾宮ゆかりの地。
- 本堂立派な楠の木に守られた本堂は、元禄14年(1701)に十方の施主によって再建されました。
- 本堂:立派な楠の木に守られた本堂は、元禄14年(1701)に十方の施主によって再建されました。
- 本堂・一宮御陵・地獄の釜(伝説の釜は、弘法大師が戒めのために作られたと伝えられます。)
- 和同年間、諸国に一宮寺が建てられた際、行基菩薩が堂宇を修復し、神毫山一宮寺と改められました。
- 大同年間、弘法大師が訪れ、約106cmの聖観世音菩薩(聖観音)を彫造して伽藍を再興し、このとき真言宗に改宗しました。
- 本堂の左手には、薬師如来を祀る小さな祠があります。
- 一宮寺周辺の霊跡・奥の院は寺伝に記される。詳細は公式を参照。
- OUV特記:平野部
信仰と物語
- 本尊は聖観世音菩薩。讃岐一宮の御前に仰ぎ参ってきたが、ここに祀られる神の御心を、いったい誰が言い表せるだろうか。
- 真言は「おん あろりきゃ そわか」。
- 宝号は南無大師遍照金剛/南無禅定法皇。
- 創建は、わが国に仏教が伝わって約160年後とされます。
- この寺も同じく、天正の兵火で灰燼に帰しましたが、中興の祖とされる宥勢大徳によって再興されました。
- 本堂の左手の祠は「地獄の釜」と呼ばれ、祠に頭を入れると境地が開けると言い伝えられます。
- 昔、近所に住む意地の悪いおタネばあさんが、「そんなことはない、試してみよう」と頭を入れたところ、扉が閉まり、ゴーという地獄の釜の音が響いて頭が抜けなくなりました。
- 御詠歌「讃岐一宮の御前に仰ぎ来て 神の心を誰かしら言ふ」
- 御詠歌は四国霊場会の札所案内・納経帳などで広く流通し、巡礼の道中で唱えられる。
- 開基は義淵僧正と伝わる。
- 開基は、奈良仏教の興隆の礎を築いた義淵僧正です。当時は大宝院と呼ばれ、南都仏教の一つ法相宗の普及につとめ、門下からは行基菩薩や良弁僧正が出ました。
- 和同年間、諸国に一宮寺が建てられた際、行基菩薩が堂宇を修復し、神毫山一宮寺と改められました。
- 大同年間、弘法大師が訪れ、約106cmの聖観世音菩薩(聖観音)を彫造して伽藍を再興し、このとき真言宗に改宗しました。
- また江戸時代に高松藩主により田村神社の別当を解かれました。
参拝の手引き
- 護摩供:毎月28日 10:00~
- 正月初護摩供:1月1日 13:00~
- 初大師大般若修行:1月20日 13:00~
- 星供修行:2月節分 14:00~
- 永代土砂加持修行:5月20日
- きゅうり加持:7月土用の丑(終日)
- 千日会:8月10日
- 除夜の鐘つき:12月31日 23:50頃~
- 駐車場:あり(無料)
- 電話:087-885-2301
- 納経時間・拝観料は季節・行事で変わる場合がある。参拝前に電話または公式で確認を推奨。
- 前の第82番根香寺から約17km。次の第84番屋島寺へ約17km。
- OUV所在地:高松市一宮町
- 〒761-8084 香川県高松市一宮町607
出典
本文の確認に用いた公開資料と、札所別研究記録に記載された書誌情報です。公開本文のURLを確認できた資料はリンクし、書誌情報のみ確認できたものはその旨を明記しています。


