四国八十八ヶ所 ・ 香川県(讃岐・涅槃の道場)
第86番 補陀洛山 清浄光院 志度寺
推古天皇33年(625年)創建とされる四国屈指の古刹。海女・珠取伝説と閻魔大王信仰、運慶作の仁王門が志度湾の霊場を彩る 御本尊は十一面観世音菩薩です。 香川県・讃岐の第86番札所です。

志度寺
本尊十一面観世音菩薩
おん まか きゃろにきゃ そわか
御詠歌いざさらば今宵はここに志度の寺 祈りの声を耳に触れつつ
香川県・讃岐涅槃の道場真言宗善通寺派
はじめての方へ|この記事に出てくる言葉
- 本尊
- そのお寺がいちばん大切におまつりする、中心の仏さま。
- 御真言
- 本尊に呼びかける、サンスクリットに由来する短い聖なる言葉。
- 御詠歌
- その札所をたたえ、巡る心をうたった和歌。
- 縁起
- そのお寺の始まりや、いわれを伝える言い伝え。
- 札所
- お参りするお寺のこと。四国遍路では四国八十八ヶ所をめぐる。
- 大師堂
- 弘法大師(お大師さま)をおまつりするお堂。本堂とあわせてお参りする。
- 奥の院
- 札所の近くにある、もう一つの聖地。旧境内や、大師が修行したと伝わる岩や滝など。
- 結願
- 八十八ヶ所すべてを巡り終えること。「満願」ともいう。
- 四つの道場
- 四国の四県を、心の旅の四段階になぞらえた呼び名。阿波=発心、土佐=修行、伊予=菩提、讃岐=涅槃。
八十八ヶ所のなかの位置
八十八ヶ所の道のりで、第86番は 香川県(讃岐・涅槃の道場)にあります。阿波23・土佐16・伊予26・讃岐23ヶ寺のうち、全体では86番目です。

所在地〒769-2101 香川県さぬき市志度1102
前後の札所前の第85番八栗寺から約11km。次の第87番長尾寺へ約7.5km。
この寺の成り立ち
縁起と歴史
香川県東部、志度湾に面して立つ志度寺。海の向こうには屋島や五剣山の稜線を望める。開創は推古天皇33年(625年)と古く、四国霊場屈指の古刹である。海の技能集団である海人族の凡園子が霊木を刻んで十一面観音像を彫り、精舎を建てたのが始まりと伝わる。その後、藤原鎌足の息子・藤原不比等が妻の墓を建立し「死度道場」と名づけた。不比等の息子・藤原房前の時代、持統天皇7年(693年)には、行基とともに堂宇を広げて学問の道場として栄えたと伝わる。能楽の作品「海士」の舞台としても語り継がれている。室町時代には四国管領・細川氏の寄進により繁栄したが、戦国時代に荒廃した。その後、藤原氏の末裔・生駒親正の支援を経て、寛文10年(1671年)に高松藩主松平頼重の寄進などによって再興された。志度は江戸時代の奇才・平賀源内の故郷でもある。
弘法大師との関わり
霊場会の縁起では弘法大師による直接の開創は多くを語られないが、真言宗善通寺派の寺院として大師の法脈に属する。四国巡礼の文脈では、海女伝説と観音信仰が結びついた古刹として位置づけられる。
おもな歴史
- 625年(推古33年):凡園子が霊木から十一面観音を刻み開創したと伝わる(寺伝)
- 693年(持統7年):藤原房前と行基が堂宇を拡張したと伝わる
- 室町時代:細川氏の寄進で繁栄
- 戦国時代:荒廃
- 1671年(寛文10年):松平頼重の寄進などで再興
- 現代:仁王門・本堂・本尊が国の重要文化財に指定
お参りの前に
見どころ・伽藍
この札所の見どころ
- 古刹625年四国霊場の中でも創建が古い部類に入る。
- 仁王門国重文。運慶作の仁王像と巨大なわらじ。三棟造りの珍しい佇まい。
- 閻魔大王本尊の観音と同体とされる、極楽往生・蘇生の閻魔。心の状態で表情が変わると伝わる。
- 海女の墓約20基。能楽「海士」の舞台。7月16日に本尊を開帳する。
- 無染庭重森三玲作の禅式枯山水。曲水式庭園も室町期の遺構。
- 珠取伝説縁起絵・海女信仰の研究が充実(◎3点OA)。
伽藍・主要堂宇
- 仁王門(国重文):門前町の突き当たりに建つ。運慶の力作である仁王像と巨大なわらじを掲げる。三棟造りの堂々とした佇まい。讃岐藩主松平頼重の寄進と伝わる。
- 本堂(国重文):本尊十一面観世音菩薩坐像(国重文)を安置する。
- 閻魔堂:閻魔大王像(室町中期・等身大)を安置する。本尊の観音と同体とされ、頭上に十一面の仏面を頂く姿とされる。
- 曲水式庭園:室町時代の作庭。天に向かってそびえる力強い石組が見どころ。
- 無染庭:書院の正面に広がる重森三玲作の庭。禅式枯山水で竜安寺を思わせる。
- 海女の墓:約20基が並ぶ。藤原房前が母のために建立したと伝わる。
奥の院・霊跡
- 海女の墓一帯が、縁起伝説の「奥」として機能する。
- 志度湾を望む立地が、海人・珠取伝説の舞台として物語と結びつく。
文化財・寺宝
- 国指定重要文化財:仁王門(三棟造、運慶作仁王像・巨大わらじ)
- 国指定重要文化財:本堂
- 国指定重要文化財:本尊十一面観世音菩薩坐像
- 曲水式庭園(室町時代の作庭)
- 無染庭(重森三玲作)
- OUV特記:海岸部。志度寺縁起(海女・珠取伝説)
伝わるもの
信仰と物語
御本尊と信仰
- 本尊十一面観世音菩薩は、凡園子が霊木から刻んだと伝わる古い系譜を持つ。
- 閻魔大王は本尊と同体とされ、極楽往生・蘇生の閻魔として信仰される。参拝者の心により、表情が怖く見えたり優しく見えたりすると伝わる。
- 7月16日・17日の御開帳は、海女の命日と結びついた信仰行事として知られる。
伝説・説話
- 凡園子(海人族)が霊木から十一面観音を刻んで開創したと伝わる。
- 藤原不比等が妻の墓を「死度道場」と名づけたと伝わる。
- 能楽「海士」の舞台として、海女と珠取の悲話が語り継がれる。
- 閻魔大王像は、弥阿という尼僧を蘇生させたと伝わる。像は房主前の体を採寸して造られたとされる。
- 閻魔大王の顔は、参拝者の心の状態によって見え方が変わると伝わる。
文学・和歌
- 御詠歌「いざさらば今宵はここに志度の寺 祈りの声を耳に触れつつ」は、宿泊しながら観音に祈る旅情を詠む。
- 能楽「海士」、志度寺縁起絵、珠取説話の伝承圏など、文学・芸能との結びつきが深い。
- 平賀源内の故郷・志度として、近くに記念館がある。
ゆかりの人物
- 凡園子(海人族)は開創の伝承に登場する人物。
- 藤原鎌足系:不比等・房前。房前と行基による拡張が693年とされる。
- 室町期:細川氏(四国管領)の寄進。
- 生駒親正(安土桃山)、松平頼重(寛文期再興)が再興を支えた。
- 運慶が仁王像を造ったと伝わる。
訪ねる方へ
参拝の手引き
年中行事
- 1月15日:どんと焼き
- 5月第2日曜日:柴燈大護摩
- 7月16日・17日:本尊十一面観音御開帳(海女の命日にちなむ)
- 毎月17日:閻魔堂御開帳
- 12月第2日曜日:永代土砂加持法要
- ※「志度寺の十六度市」は海女の命日に開かれていたが、現在は中止
参拝の実際
- 駐車場あり(無料)。
- 宿坊はない。
- 仁王門・閻魔堂・海女の墓・二つの庭園と見どころが多い。
- 7月16日・17日は本尊開帳で参拝者が集中する。
- 公式の独自ウェブサイトはなく、霊場会ページが主要な公開情報源。
周辺・遍路道
- 前の第85番八栗寺から約11km。次の第87番長尾寺へ約7.5km。
- 志度湾に面し、屋島・五剣山を望む。
- 平賀源内記念館が近くにある。
- 涅槃の道場(讃岐)の終盤に位置する海岸部の札所。
アクセス
- 〒769-2101 香川県さぬき市志度1102
公式・関連リンク
この記事の拠りどころ
出典
本文の確認に用いた公開資料と、札所別研究記録に記載された書誌情報です。公開本文のURLを確認できた資料はリンクし、書誌情報のみ確認できたものはその旨を明記しています。
『四国八十八ヶ所霊場先達教典』((一社)四国八十八ヶ所霊場会編・2006年|書誌情報)
宮﨑建樹『四国遍路ひとり歩き同行二人 解説編』第8版(へんろみち保存協力会・2017年|国立国会図書館書誌)
上野進「四国遍路と札所寺院―香川県の札所寺院調査から―」(『四国遍路と世界の巡礼』5・2020年|愛媛大学リポジトリ)
四国遍路総合研究(霊場資料学)(科学研究費助成事業 KAKEN23K20107|研究課題・成果一覧)
『志度寺縁起絵考』(札所別研究記録に記載された書誌情報(公開本文のURLは未確認))
『志度寺縁起の文化財情報』(札所別研究記録に記載された書誌情報(公開本文のURLは未確認))
『当願暮当之縁起』(札所別研究記録に記載された書誌情報(公開本文のURLは未確認))