第81番 綾松山 洞林院 白峯寺

白峯寺
本尊千手観世音菩薩
おん ばざら たらま きりく
御詠歌霜寒く露白妙の寺のうち 御名を称ふる法の声々
はじめての方へ|この記事に出てくる言葉
- 本尊
- そのお寺がいちばん大切におまつりする、中心の仏さま。
- 御真言
- 本尊に呼びかける、サンスクリットに由来する短い聖なる言葉。
- 御詠歌
- その札所をたたえ、巡る心をうたった和歌。
- 縁起
- そのお寺の始まりや、いわれを伝える言い伝え。
- 札所
- お参りするお寺のこと。四国遍路では四国八十八ヶ所をめぐる。
- 大師堂
- 弘法大師(お大師さま)をおまつりするお堂。本堂とあわせてお参りする。
- 奥の院
- 札所の近くにある、もう一つの聖地。旧境内や、大師が修行したと伝わる岩や滝など。
- 結願
- 八十八ヶ所すべてを巡り終えること。「満願」ともいう。
- 四つの道場
- 四国の四県を、心の旅の四段階になぞらえた呼び名。阿波=発心、土佐=修行、伊予=菩提、讃岐=涅槃。
八十八ヶ所のなかの位置
八十八ヶ所の道のりで、第81番は 香川県(讃岐・涅槃の道場)にあります。阿波23・土佐16・伊予26・讃岐23ヶ寺のうち、全体では81番目です。

縁起と歴史
白峯寺は、香川県の中程にある霊峰、五色台の白峯山にあります。五色台には青峯、黄峯、赤峯、白峯、黒峯の五つの峯があり、白峯寺はその最も西よりの白峯山に位置します。参道からは瀬戸内海の雄大な景色が望める静かな古刹で、弘法大師と、大師の妹の子と言われる智証大師が創建しました。弘仁6年、弘法大師は白峯山の山頂に如意宝珠を埋め、井戸を掘って衆生済度を祈願しました。後に智証大師は瑞光に導かれて白峯山に登頂し、地主神である白髪の老翁のご神託を受けます。そして瀬戸内海に現れた、光明に耀き芳香を薫らせる霊木で千手観音像を彫り、これを本尊として佛堂を創建したと伝えられます。まろやかな響きを持つこの白峯寺には、有名な物語が二つあります。保元の乱に破れて讃岐へ流された崇徳上皇は、都へ帰りたいという思いが叶わぬまま、寂しくこの地で亡くなられました。御遺詔によって当山の稚児嶽上で荼毘に付され、御陵が営まれます。しかし都では異変が相次いだため、代々の天皇、公卿、武将も上皇を恐れ崇め奉り、御府荘園を寄せて菩提を弔い、あるいは法楽、詩歌、種々の霊器宝物を奉納して慰霊の誠を尽くしました。特に第100代の後小松帝は、上皇の霊を祀る法華堂に「頓証寺」の勅額を奉納し、尊崇の意を表しました。また仁安元年、上皇と親交のあった西行法師が慰霊のために御廟へ参詣した際、上皇の霊と歌を詠み交わしたという話は、上田秋成作『雨月物語』の伝説でも有名です。境内には、上皇の悲話を伝える玉章木もあります。また白峯山には、日本八天狗の一狗である心優しい相模坊という天狗が住んでいると伝えられています。あるとき突然の来客があり、和尚の命で小僧さんが豆腐を買いに出かけたところ、何者かに背中を押され、空を飛ぶような感覚になりました。そして次の瞬間、田舎では見ることのない上等の絹豆腐を受け取り、元の場所に立っていたといいます。これは、突然の使いに走る小僧さんを気の毒に思った相模坊天狗が助けてあげたのだと、今なお語り継がれています。住時は塔頭21ヶ坊を数えて隆盛を極めていましたが、度々の雷火や兵火の災いに遇い、現存するものは藩侯生駒家、松平家の再建によるものです。
- 弘仁6年、弘法大師は白峯山の山頂に如意宝珠を埋め、井戸を掘って衆生済度を祈願しました。
- 詳細な年表は寺伝・公式資料を参照。
見どころ・伽藍
- 勅額門・頓証寺殿高松藩主松平頼重の造営。
- 白峯陵四国で唯一の天皇陵が隣接。
- 全干支守り本尊十二支ごとに守り本尊が各堂に祀られる。
- 勅額門と頓証寺殿高松藩主松平頼重公が造営した勅額門と頓証寺殿は、装飾も構造も非常に手が込んでいます。和様を基調とした端正な形式と意匠でまとめられた、傑出した特色を持つ極めて貴重な建物で、天皇、神、仏の三者を一堂に祀る形式は全国的にも他に類を見ないものです。
- 干支守り本尊境内のお堂ごとに干支の守り本尊が祀られています。本堂、大師堂をお参りしたあと、自身の干支の守り本尊が祀られたお堂をお参りする参拝者も数多くいます。
- 勅額門と頓証寺殿:高松藩主松平頼重公が造営した勅額門と頓証寺殿は、装飾も構造も非常に手が込んでいます。和様を基調とした端正な形式と意匠でまとめられた、傑出した特色を持つ極めて貴重な建物で、天皇、神、仏の三者を一堂に祀る形式は全国的にも他に類を見ないものです。
- 干支守り本尊:境内のお堂ごとに干支の守り本尊が祀られています。本堂、大師堂をお参りしたあと、自身の干支の守り本尊が祀られたお堂をお参りする参拝者も数多くいます。
- 建造物では十三重石塔2基、山門(七棟門)、御成門、勅使門、客殿、勅額門、頓証寺殿、薬師堂、行者堂、阿弥陀堂、本堂、大師堂があります。美術品では「頓証寺」勅額が国の重要文化財で、そのほかにも多数の指定文化財を有しています。
- 境内には四国で唯一の天皇の墓所である白峯陵が隣接し、すべての干支の守り本尊が各お堂に祀られ、日本八天狗の一狗である白峯大権現(相模坊)が祀られています。
- 香川県の保存木に指定されている樅(モミ)の巨木をはじめ、年中を通して花々が楽しめます。特に春は桜、夏は紫陽花、秋は紅葉が有名で、多数の参拝者が県内外から訪れます。
- 参道には、県内最大級の落差を誇り幻の滝ともいわれる稚児の滝や、瀬戸内海を一望できる白峰展望台があります。
- また、古来より本尊千手観世音菩薩は身代わり観音として、鎮守白峯大権現(相模坊)は開運招福、商売繁盛、勝負事の神様として、崇徳天皇は悪縁切り、芸事、学問の神様として信仰されています。
- 弘仁6年、弘法大師は白峯山の山頂に如意宝珠を埋め、井戸を掘って衆生済度を祈願しました。
- 白峯寺周辺の霊跡・奥の院は寺伝に記される。詳細は公式を参照。
- OUV特記:崇徳天皇陵・頓証寺殿
信仰と物語
- 本尊は千手観世音菩薩。霜が寒々と降り、露が白々と置く白峯寺の境内に、千手観音の御名を唱える読経の声が幾重にも響いている。
- 真言は「おん ばざら たらま きりく」。
- 宝号は南無大師遍照金剛/南無禅定法皇。
- まろやかな響きを持つ白峯寺には、有名な物語が二つあります。
- 保元の乱に破れて讃岐へ流された崇徳上皇は、都へ帰りたいという思いが叶わぬまま、寂しくこの地で亡くなられました。御遺詔によって当山の稚児嶽上で荼毘に付され、御陵が営まれました。
- また仁安元年、上皇と親交のあった西行法師が慰霊のために御廟へ参詣した際、上皇の霊と歌を詠み交わしたという話は、上田秋成作『雨月物語』の伝説でも有名です。
- また白峯山には日本八天狗の一狗である心優しい相模坊という天狗が住んでいると伝えられています。
- 御詠歌「霜寒く露白妙の寺のうち 御名を称ふる法の声々」
- 御詠歌は四国霊場会の札所案内・納経帳などで広く流通し、巡礼の道中で唱えられる。
- 開基は弘法大師、智証大師と伝わる。
- 参道からは瀬戸内海の雄大な景色が望める静かな古刹で、弘法大師と、大師の妹の子と言われる智証大師が創建しました。
- 弘仁6年、弘法大師は白峯山の山頂に如意宝珠を埋め、井戸を掘って衆生済度を祈願しました。
- 保元の乱に破れて讃岐へ流された崇徳上皇は、都へ帰りたいという思いが叶わぬまま、寂しくこの地で亡くなられました。御遺詔によって当山の稚児嶽上で荼毘に付され、御陵が営まれました。
- しかし都では異変が相次いだため、代々の天皇、公卿、武将も恐れ崇め奉り、御府荘園を寄せて菩提を弔い、あるいは法楽、詩歌、種々の霊器宝物を奉納して慰霊の誠を尽くしました。特に第100代の後小松帝は、上皇の霊を祀る法華堂に「頓証寺」の勅額を奉納し、尊崇の意を表しました。
参拝の手引き
- 元旦修正会(新年祈祷):日時:1月1日〜3日
- 正月大護摩法要(開運火渡り修行):日時:1月最終日曜日 正午頃
- 星祭:日時:節分2月3日 15時
- 永代土砂加持彼岸法要:日時:4月最終日曜日 13時
- 千日会(本尊千手観音縁日):日時:7月10日 10時 ※年に一度の本尊御開帳
- 崇徳天皇御正宸祭:日時:9月21日 9時
- 大般若経お加持法要:日時:11月第1日曜日 13時
- 星祭:日時:冬至12月22日 15時 ※但し閏年は12月21日
- 除夜の鐘:日時:大晦日 23時45分頃
- 月例護摩祈願・供養(不動明王縁日):日時:毎月28日 10時 ※1月、4月は法要と重なる為、除く
- 駐車場:あり(無料・約200台)
- 宿坊:あり(春期秋期のみ・団体のみ・不定休・要予約)
- 電話:0877-47-0305
- 前の第80番国分寺から約13km。次の第82番根香寺へ約7.6km。
- OUV所在地:坂出市青海町
- 〒762-0016 香川県坂出市青海町2635
写真

画像の著作権表示(出典:Wikimedia Commons)
- 境内© Reggaeman / Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0
出典
本文の確認に用いた公開資料と、札所別研究記録に記載された書誌情報です。公開本文のURLを確認できた資料はリンクし、書誌情報のみ確認できたものはその旨を明記しています。