四国八十八ヶ所 ・ 香川県(讃岐・涅槃の道場)
第70番 七宝山 持宝院 本山寺
本山寺。国宝本堂と五重塔、三様式仁王門をそなえる琴弾の名刹 御本尊は馬頭観世音菩薩です。 香川県・讃岐の第70番札所です。

本山寺
本尊馬頭観世音菩薩
おん あみりとう どはんば うん ぱった そわか
御詠歌もとやまに誰か植ゑける花なれや 春こそたをれ手向けにぞなる
香川県・讃岐涅槃の道場高野山真言宗
はじめての方へ|この記事に出てくる言葉
- 本尊
- そのお寺がいちばん大切におまつりする、中心の仏さま。
- 御真言
- 本尊に呼びかける、サンスクリットに由来する短い聖なる言葉。
- 御詠歌
- その札所をたたえ、巡る心をうたった和歌。
- 縁起
- そのお寺の始まりや、いわれを伝える言い伝え。
- 札所
- お参りするお寺のこと。四国遍路では四国八十八ヶ所をめぐる。
- 大師堂
- 弘法大師(お大師さま)をおまつりするお堂。本堂とあわせてお参りする。
- 奥の院
- 札所の近くにある、もう一つの聖地。旧境内や、大師が修行したと伝わる岩や滝など。
- 結願
- 八十八ヶ所すべてを巡り終えること。「満願」ともいう。
- 四つの道場
- 四国の四県を、心の旅の四段階になぞらえた呼び名。阿波=発心、土佐=修行、伊予=菩提、讃岐=涅槃。
八十八ヶ所のなかの位置
八十八ヶ所の道のりで、第70番は 香川県(讃岐・涅槃の道場)にあります。阿波23・土佐16・伊予26・讃岐23ヶ寺のうち、全体では70番目です。

所在地〒769-1506 香川県三豊市豊中町本山甲1445
前後の札所前の第69番観音寺から約5.9km。次の第71番弥谷寺へ約13km。
この寺の成り立ち
縁起と歴史
四国霊場で五重塔をもつのは、竹林寺・志度寺・善通寺とこの本山寺の4ヶ所だけです。塔は天暦3年(950)の建立でしたが、損傷が激しく、明治43年に再建されました。本尊は馬頭観世音菩薩で、四国霊場では本山寺だけの本尊です。頭上に馬頭をいただく観音様で、本尊を祀る本堂のそばには馬の像が控えています。大同2年(807)、平城天皇の勅願により、弘法大師が七十番札所として開基しました。当時は「長福寺」といい、本堂は大師が一夜ほどの短い間に建立したという伝説が残ります。およそ2万平方メートルの広い境内には、国宝の本堂をはじめ、仁王門、五重塔、鎮守堂、大師堂、十王堂、赤堂(大日堂)、慰霊堂、鐘楼、客殿などが並び、大寺として栄えた当時を偲ばせます。天正の兵火では、長宗我部軍が本堂に侵入し、住職を刃にかけたところ、脇仏の阿弥陀如来の右手から血が流れ落ち、これに驚いた軍勢が退いたため、本堂は兵火を免れたといわれます。この仏は「太刀受けの弥陀」と呼ばれています。その後、「本山寺」と名を改め、今に至ります。
弘法大師との関わり
弘法大師との関わりは、霊場会公式サイトの縁起に記される内容を参照してください。
おもな歴史
- 明治43年に再建されました。
- 大同2年(807)、平城天皇の勅願により、弘法大師が七十番札所として開基しました。
- 天正の兵火では、長宗我部軍が本堂に侵入し、住職を刃にかけたところ、脇仏の阿弥陀如来の右手から血が流れ落ち、これに驚いた軍勢が退いたため、本堂は兵火を免れたといわれます。
お参りの前に
見どころ・伽藍
この札所の見どころ
- 本尊は馬頭観世音菩薩で、四国霊場では本山寺だけの本尊です。
- 当時は「長福寺」といい、本堂は大師が一夜ほどの短い間に建立したという伝説が残ります。
- 国宝本堂正安2年(1300)建立の奈良風本堂。
- 五重塔明治期再建のシンボル塔。
- 三様式仁王門和様・唐様・天竺様を融合した珍しい山門。
伽藍・主要堂宇
- 本堂:国宝に指定された一重寄棟造り、本瓦葺きの建物です。正安2年(1300)の建立で、奈良風の造りです。
- 五重塔:明治43年に、住職の頼富実毅が再建しました。遠くからでも望め、本山寺のシンボルとなっています。
- 本堂・五重塔・仁王門(和様・唐様・天竺様という三つの様式を合わせた山門。全国でもほかに例のない、どっしりとした構えの八脚門で、国指定の重要文化財です。)・鎮守堂(室町時代末期の様式を残す小さな社。桧皮葺き屋根の素朴なたたずまいで、県の指定文化財です。)
- 五重塔は、四国霊場では竹林寺・志度寺・善通寺とこの本山寺の4ヶ所だけにあり、よい目印になります。
- 頭上に馬頭をいただく観音様で、本尊を祀る本堂のそばには馬の像が控えています。
- 当時は「長福寺」といい、本堂は大師が一夜ほどの短い間に建立したという伝説が残ります。
- およそ2万平方メートルの広い境内には、国宝の本堂をはじめ、仁王門、五重塔、鎮守堂、大師堂、十王堂、赤堂(大日堂)、慰霊堂、鐘楼、客殿などが並び、大寺として栄えた当時を偲ばせます。
- 天正の兵火では、長宗我部軍が本堂に侵入し、住職を刃にかけたところ、脇仏の阿弥陀如来の右手から血が流れ落ち、これに驚いた軍勢が退いたため、本堂は兵火を免れたといわれます。
奥の院・霊跡
- 奥の院や霊跡の詳細は、寺の公式または霊場会のサイトでご確認ください。
- 本山寺周辺の霊跡や奥の院は寺伝に記されています。詳細は公式を参照してください。
文化財・寺宝
- 国宝の本堂をはじめ、仁王門、五重塔、鎮守堂、大師堂、十王堂、赤堂(大日堂)、慰霊堂、鐘楼、客殿などが並び、大寺として栄えた当時を偲ばせます。
- 国宝本堂・五重塔。
- OUV特記:国宝本堂
伝わるもの
信仰と物語
御本尊と信仰
- 本尊は馬頭観世音菩薩。本山寺の本山に、いったい誰が植えたのだろうこの花は。春に手折って、そのまま仏への手向けの供花となるのだ。
- 真言は「おん あみりとう どはんば うん ぱった そわか」。
- 宝号は南無大師遍照金剛。
伝説・説話
- 五重塔は、四国霊場では竹林寺・志度寺・善通寺とこの本山寺の4ヶ所だけにあり、よい目印になります。
- 当時は「長福寺」といい、本堂は大師が一夜ほどの短い間に建立したという伝説が残ります。
文学・和歌
- 御詠歌「もとやまに誰か植ゑける花なれや 春こそたをれ手向けにぞなる」
- 御詠歌は四国霊場会の札所案内・納経帳などで広く流通し、巡礼の道中で唱えられる。
ゆかりの人物
- 開基は弘法大師と伝わる。
- 大同2年(807)、平城天皇の勅願により、弘法大師が七十番札所として開基しました。
- 当時は「長福寺」といい、本堂は大師が一夜ほどの短い間に建立したという伝説が残ります。
訪ねる方へ
参拝の手引き
年中行事
- 五重塔特別見学会:日時:5月連休(5月3~6)秋の連休
- きゅうり加持:日時:7月土用の丑の日
- とうろう流し:日時:8月23日 19時〜
- ひだまり市:日時:9月最終日曜日
- 護摩祈祷会:日時:毎月28日9時〜
参拝の実際
- 駐車場:あり
- 電話:0875-62-2007
- 納経時間・拝観料は季節・行事で変わる場合がある。参拝前に電話または公式で確認を推奨。
周辺・遍路道
- 前の第69番観音寺から約5.9km。次の第71番弥谷寺へ約13km。
- さぬき豊中インターチェンジから、観音寺市内方面へ国道11号線に入ります。本山橋北詰の交差点を右折して直進すると、本山寺の五重塔が見えてきます。駐車場は左手にあります。
アクセス
- 〒769-1506 香川県三豊市豊中町本山甲1445
公式・関連リンク
この記事の拠りどころ
出典
本文の確認に用いた公開資料と、札所別研究記録に記載された書誌情報です。公開本文のURLを確認できた資料はリンクし、書誌情報のみ確認できたものはその旨を明記しています。
第70番 七宝山 持宝院 本山寺|(一社)四国八十八ヶ所霊場会(公式霊場案内)
『四国八十八ヶ所霊場先達教典』((一社)四国八十八ヶ所霊場会編・2006年|書誌情報)
宮﨑建樹『四国遍路ひとり歩き同行二人 解説編』第8版(へんろみち保存協力会・2017年|国立国会図書館書誌)
上野進「四国遍路と札所寺院―香川県の札所寺院調査から―」(『四国遍路と世界の巡礼』5・2020年|愛媛大学リポジトリ)
四国遍路総合研究(霊場資料学)(科学研究費助成事業 KAKEN23K20107|研究課題・成果一覧)
『本山寺調査報告書』(札所別研究記録に記載された書誌情報(公開本文のURLは未確認))

