第71番 剣五山 千手院 弥谷寺

弥谷寺
本尊千手観世音菩薩
おん ばざら たらま きりく
御詠歌悪人と行き連れなんも弥谷寺 ただかりそめも良き友ぞよき
はじめての方へ|この記事に出てくる言葉
- 本尊
- そのお寺がいちばん大切におまつりする、中心の仏さま。
- 御真言
- 本尊に呼びかける、サンスクリットに由来する短い聖なる言葉。
- 御詠歌
- その札所をたたえ、巡る心をうたった和歌。
- 縁起
- そのお寺の始まりや、いわれを伝える言い伝え。
- 札所
- お参りするお寺のこと。四国遍路では四国八十八ヶ所をめぐる。
- 大師堂
- 弘法大師(お大師さま)をおまつりするお堂。本堂とあわせてお参りする。
- 奥の院
- 札所の近くにある、もう一つの聖地。旧境内や、大師が修行したと伝わる岩や滝など。
- 結願
- 八十八ヶ所すべてを巡り終えること。「満願」ともいう。
- 四つの道場
- 四国の四県を、心の旅の四段階になぞらえた呼び名。阿波=発心、土佐=修行、伊予=菩提、讃岐=涅槃。
八十八ヶ所のなかの位置
八十八ヶ所の道のりで、第71番は 香川県(讃岐・涅槃の道場)にあります。阿波23・土佐16・伊予26・讃岐23ヶ寺のうち、全体では71番目です。

縁起と歴史
剣五山 千手院 弥谷寺は、約1300年前の創建と伝わる古刹である。聖武天皇の勅願により行基菩薩が堂宇を建立し、疾病平癒を願って光明皇后が『大方広仏華厳経』をお祀りしたと伝わる。寺宝の経典には天平年間(724年ごろ)に作られたものが残り、少なくとも724年以前には寺院が存在したことがうかがえる。創建は弘法大師生誕(774年)の50〜100年前と推定されている。弥谷寺のある弥谷山は、古くから霊山(仏山)として信仰され、日本三大霊場の一つに数えられたとされる。人々は山に仏や神が宿ると信じて霊峰を礼し、この信仰は辺路(遍路)信仰の源流の一つとも伝わる。本堂下の水場横の洞窟は神仏の世界への入口とされ、修験者が刻んだ磨崖仏が今も無数に点在する。水場の洞窟に水経木(真言を書いた木札)を供え、山頂から流れる霊水で洗い整えるお水まつりは、春・夏の分会として今も行われている。弥谷寺では蔵王権現・蛇王権現の信仰や納骨信仰も厚く、学術研究の対象となっている(白石凌海2016、OA取得)。獅子之岩屋では、弘法大師が9〜12歳の頃に明星之窓の光を頼りに修学に励んだと伝わる。岩屋右手奥の洞窟は創建当初から経蔵とされ、大師は経典を取り出して窓の明かりで昼夜を問わず学んだとされる。岩屋の形が獅子の咆哮に似ることから獅子之岩屋と呼ばれ、獅子の咆哮は仏の説法に等しいという信仰から、参拝すれば厄災を獅子が食べ尽くして身を護ると伝わる。
弘法大師との関わり
弘法大師は9〜12歳の頃、獅子之岩屋で明星之窓からの光を頼りに修学に励んだと伝わる。経蔵の洞窟から経典を取り出し、岩屋で昼夜を問わず学問したという。帰朝後には金銅の五鈷鈴を納めたとされ、五鈷鈴は国の重要文化財に指定されている。弥陀三尊磨崖仏は大師が刻んだと伝わり、真言を唱えれば極楽往生できるとも伝えられる。大師像のほか、父君・母君の摩崖仏も獅子之岩屋に刻まれている。
- 724年ごろ以前:天平年間の経典が寺宝に残り、この時期までに寺院が存在したと推定される
- 天平年間(729〜749年):聖武天皇勅願・行基菩薩建立・光明皇后の華厳経奉納と伝わる(伝承)
- 弘法大師少年期:獅子之岩屋で修学したと伝わる(伝承)
- 近世〜近代:磨崖仏・曼荼羅・納骨遺構が残存
- 現代:蔵王権現・蛇王権現信仰、納骨信仰の研究が進む(白石2016、武田和昭ほか)
見どころ・伽藍
- 磨崖仏本堂周辺・参道の岩壁に無数の仏像が刻まれる。
- 蔵王権現・蛇王権現弥谷山の山岳信仰の中心(白石凌海2016)。
- 納骨信仰遺骨・納骨にまつわる信仰慣行が研究されている。
- 獅子之岩屋大師少年期の修学の場。五鈷鈴(国重文)を納める。
- 洞地蔵尊首から上の病に利益があるとされる。岩壁の高所に安置。
- お水まつり水経木を霊水で洗い整える春・夏の法会。
- 仁王門から石段約400段(裏参道の有料道を使えば約120段)を登ると大師堂がある。
- 大師堂の奥に獅子之岩屋があり、明星之窓・大師像・父君母君の摩崖仏・五鈷鈴がある。
- 大師堂からさらに約140段登ると、岩山に囲まれた本堂に着く。讃岐平野を一望できる。
- 本堂裏の岩窟に不動明王と毘沙門天の扉をはめ、千手観音を安置したと伝わり、本堂はその拝堂として建立されたとされる。
- 大師堂から本堂へ向かう途中の岩壁に弥陀三尊磨崖仏がある。真言を唱えれば極楽往生できるとも伝わる。
- 洞地蔵尊は、獅子之岩屋へ向かう大師堂内から座し、岩壁の約10メートル上方を見上げて拝む。
- 水場横の洞窟は神仏の世界への入口とされ、水経木を供える場である。
- 獅子之岩屋と経蔵洞窟は大師修学の霊跡。
- 本堂下の水場洞窟は霊山信仰の中心。
- 弥谷山の全体に磨崖仏が点在し、修験者の信仰の層を示す。
- 納骨信仰にまつわる遺構・慣行が山域に残る(研究参照)。
- 天霧城との関係は地域史研究のテーマ(川島佳弘)。
- 五鈷鈴(国指定重要文化財、弘法大師納めと伝わる)
- 磨崖仏群(弥陀三尊ほか、大師作と伝わるものを含む)
- 天平年間の経典(寺宝)
- 蔵王権現・蛇王権現関連の信仰遺構
- 川島佳弘「弥谷寺と天霧城」(広域収集に既収)
- 武田和昭の納骨論等(印刷物)
- OUV特記:山岳部・磨崖仏・納骨信仰
信仰と物語
- 本尊千手観世音菩薩は、岩窟の千手観音を拝する本堂の信仰の中心。
- 御詠歌は、悪人と道連れになっても弥谷寺に参れば善き友となる、という巡礼の心を詠じる。
- 蔵王権現・蛇王権現は、弥谷山の山神信仰と仏教が結びついた形で信仰される。
- 納骨信仰は、死者を山に納める弥谷山固有の信仰層として研究されている。
- 洞地蔵尊は首から上の病に利益があるとされる。
- 獅子之岩屋の岩形は獅子の咆哮に似ており、咆哮は仏の説法に等しいとされる。参拝すれば厄災を獅子が食べ尽くすと伝わる。
- 光明皇后の華厳経奉納は、疾病平癒の誓願と結びつく。
- 御詠歌「悪人と行き連れなんも弥谷寺 ただかりそめも良き友ぞよき」は、巡礼の善友思想を詠じる。
- 霊場会ページの表記は「あくにんとゆきつれなんも」など仮名表記に揺れがある。
- 御詠歌「悪人と行き連れなんも弥谷寺 ただかりそめも良き友ぞよき」
- 行基菩薩:天平年間に堂宇を建立したと伝わる開基。
- 聖武天皇・光明皇后:勅願と華厳経奉納の縁。
- 弘法大師:少年期の獅子之岩屋での修学、五鈷鈴の納め、磨崖仏の刻造と伝わる。
参拝の手引き
- 1月1日:修生会
- 2月3日:息災護摩供養結願/節分会
- 3月20・21日:永代経土砂加持法会/春分会(春のお水祀り)
- 5月20日:息災護摩供養
- 7月17日:本尊会(夏のお水祀り)
- 秋分彼岸法会
- 12月22日:冬至(息災護摩供開白)
- 仁王門から本堂まで約540段の石段(裏参道で短縮可、有料)。
- 駐車場あり。宿坊なし。
- 電話:0875-72-3446
- 山岳参拝のため、歩きやすい装備を。
- 前の第70番本山寺から約8km。次の第72番曼荼羅寺(善通寺市)へ約6km。
- 第70番本山寺から約8キロ、第72番曼荼羅寺へ約6キロ。
- さぬき豊中ICから国道11号線・県道48号線を進み、ふれあいパークみのの看板に沿って駐車場へ。
- OUV特記:三豊市三野町。史跡○・名勝○・文化的景観○。山岳部・磨崖仏・納骨信仰。
- 〒767-0031 香川県三豊市三野町大見70
出典
本文の確認に用いた公開資料と、札所別研究記録に記載された書誌情報です。公開本文のURLを確認できた資料はリンクし、書誌情報のみ確認できたものはその旨を明記しています。


