四国八十八ヶ所 ・ 香川県(讃岐・涅槃の道場)
第79番 金華山 高照院 天皇寺
三輪鳥居と両界説法の本堂。神仏習合の境内と、崇徳天皇ゆかりの寺 御本尊は十一面観世音菩薩です。 香川県・讃岐の第79番札所です。

天皇寺
本尊十一面観世音菩薩
おん まか きゃろにきゃ そわか
御詠歌十楽のうき世の中をたづぬべし 天皇さえもさすらいぞする
香川県・讃岐涅槃の道場真言宗御室派
はじめての方へ|この記事に出てくる言葉
- 本尊
- そのお寺がいちばん大切におまつりする、中心の仏さま。
- 御真言
- 本尊に呼びかける、サンスクリットに由来する短い聖なる言葉。
- 御詠歌
- その札所をたたえ、巡る心をうたった和歌。
- 縁起
- そのお寺の始まりや、いわれを伝える言い伝え。
- 札所
- お参りするお寺のこと。四国遍路では四国八十八ヶ所をめぐる。
- 大師堂
- 弘法大師(お大師さま)をおまつりするお堂。本堂とあわせてお参りする。
- 奥の院
- 札所の近くにある、もう一つの聖地。旧境内や、大師が修行したと伝わる岩や滝など。
- 結願
- 八十八ヶ所すべてを巡り終えること。「満願」ともいう。
- 四つの道場
- 四国の四県を、心の旅の四段階になぞらえた呼び名。阿波=発心、土佐=修行、伊予=菩提、讃岐=涅槃。
八十八ヶ所のなかの位置
八十八ヶ所の道のりで、第79番は 香川県(讃岐・涅槃の道場)にあります。阿波23・土佐16・伊予26・讃岐23ヶ寺のうち、全体では79番目です。

所在地〒762-0021 香川県坂出市西庄町天皇1713-2
前後の札所前の第78番郷照寺から約8.5km。次の第80番国分寺へ約6.9km。
この寺の成り立ち
縁起と歴史
天平年間、四国巡錫のために当地を訪れた行基は、鉱石が多く産出するこの山を、カナヤマビメとカナヤマヒコの御座す山として金山と名付けた。そして金山の中腹に、薬師如来を御本尊とする金山摩尼珠院を建立し、この地が神仏習合の地であることを示した。後の弘仁年間、空海がこの地を訪れ、朽ち果てていた金山摩尼珠院を現在の79番札所の場所に移し、金華山妙成就寺摩尼珠院として中興した。空海を中興へと向かわせたのは、御神体である金山を鎮護する金山権現との出会いと、金山の中腹から湧き出る御神水との感応であった。ありとあらゆる蘇生が可能であるとの確信を得た空海は、この耶蘇の地で十一面観音菩薩・阿弥陀如来・愛染明王を刻み、堂宇に安置した。後の保元の乱で讃岐へ配流された崇徳天皇と、空海御手彫の阿弥陀如来との出会いによって、空海が中興した金華山妙成就寺摩尼珠院は崇徳天皇永代別等職となった。崇徳天皇の御崩御の後、境内に崇徳天皇社が造営され、後嵯峨天皇から永代別等職の詔を賜り、崇徳天皇を供養する寺、崇徳天皇寺と呼ばれるようになった。明治時代の廃仏毀釈で廃寺となったが、筆頭末寺であった奇香山仏乗寺高照院の院主らの尽力により、今日の金華山天皇寺高照院が生まれた。
おもな歴史
- 天平年間、四国巡錫のために当地を訪れた行基は、鉱石が多く産出するこの山を、カナヤマビメとカナヤマヒコの御座す山として金山と名付けた。
- 弘仁年間、空海がこの地を訪れ、朽ち果てていた金山摩尼珠院を現在の79番札所の場所に移し、金華山妙成就寺摩尼珠院として中興した。
- 明治時代の廃仏毀釈で廃寺となったが、筆頭末寺であった奇香山仏乗寺高照院の院主らの尽力により、今日の金華山天皇寺高照院が生まれた。
お参りの前に
見どころ・伽藍
この札所の見どころ
- 鳥居の向かって左側には源頼朝が寄進した下乗石、境内正面には崇徳天皇社(現・白峰宮)が建つ。
- 金山権現御神体である金山と御神水との感応が、空海の中興につながったと伝わる。
- 三輪鳥居大神神社系の朱色の鳥居。神仏習合の境内を象徴する。
- 両界説法本堂の正面と背面で、金剛界と胎蔵界の説法を表す。
- 御神水金山の中腹から湧く霊水。信仰の中心として知られる。
伽藍・主要堂宇
- 境内にそびえ立つ朱色の鳥居は、奈良県の大神神社と同じ系統の三輪鳥居である。両部神道を源とする三輪神道で境内が荘厳されていることを表す。
- 鳥居の向かって左側には源頼朝が寄進した下乗石、境内正面には崇徳天皇社(現・白峰宮)が建つ。
- 御本尊の十一面観音菩薩の頭上にある阿弥陀如来の印契にちなみ、本堂の正面(金剛界の説法)と背面(胎蔵界の説法)の両面を参拝することを習いとしている。
- 金華山妙成就寺摩尼珠院の中興に尽力した、奇香山仏乗寺高照院の御本尊である薬師如来の梵字が、堂宇の正面に懸けられている。
- 天平年間、四国巡錫のために当地を訪れた行基は、鉱石が多く産出するこの山を、カナヤマビメとカナヤマヒコの御座す山として金山と名付けた。
- ありとあらゆる蘇生が可能であるとの確信を得た空海は、この耶蘇の地で十一面観音菩薩・阿弥陀如来・愛染明王を刻み、堂宇に安置した。
奥の院・霊跡
- 空海を中興の思いへ向かわせたのは、金山権現との出会いと、金山の中腹から湧く御神水との感応であったと伝わる。
- 金山摩尼珠院には薬師如来を祀り、神仏習合の霊場として金山一帯が一体で信仰されてきた。
- 崇徳天皇社(現・白峰宮)は境内正面に建ち、讃岐へ流された崇徳上皇ゆかりの神社として知られる。
- 源頼朝が寄進した下乗石など、武家や天皇にゆかりの遺物が境内に残る。
文化財・寺宝
- OUV特記:崇徳天皇関連
伝わるもの
信仰と物語
御本尊と信仰
- 本尊は十一面観世音菩薩。苦しみの絶えないこの世を厭い、十楽の浄土を求めて訪ねよう。崇徳天皇でさえ流され(讃岐へさすらい)この地に祀られているのだから、なおさら浮き世のはかなさが思われる。
- 真言は「おん まか きゃろにきゃ そわか」。
- 宝号は南無大師遍照金剛/南無禅定法皇。
伝説・説話
- 明治時代の廃仏毀釈で廃寺となったが、筆頭末寺であった奇香山仏乗寺高照院の院主らの尽力により、今日の金華山天皇寺高照院が生まれた。
- 縁起に含まれる伝承は『〜と伝わる』の語り口で扱うこと。
文学・和歌
- 御詠歌「十楽のうき世の中をたづぬべし 天皇さえもさすらいぞする」
- 御詠歌は四国霊場会の札所案内や納経帳などで広く流通し、巡礼の道中で唱えられる。
ゆかりの人物
- 開基は行基菩薩と伝わる。
- 天平年間、四国巡錫のために当地を訪れた行基は、鉱石が多く産出するこの山を、カナヤマビメとカナヤマヒコの御座す山として金山と名付けた。
- 後の弘仁年間、空海がこの地を訪れ、朽ち果てていた金山摩尼珠院を現在の79番札所の場所に移し、金華山妙成就寺摩尼珠院として中興した。
- 空海を中興の思いへと向かわせたのは、御神体である金山を鎮護する金山権現との出会いと、金山の中腹から湧き出る御神水との感応であった。
- ありとあらゆる蘇生が可能であるとの確信を得た空海は、この耶蘇の地で十一面観音菩薩・阿弥陀如来・愛染明王を刻み、堂宇に安置した。
- 後の保元の乱で讃岐へ配流された崇徳天皇と、空海御手彫の阿弥陀如来との出会いによって、空海が中興した金華山妙成就寺摩尼珠院は崇徳天皇永代別等職となった。
訪ねる方へ
参拝の手引き
年中行事
- 年中行事は霊場会公式サイトを参照。
参拝の実際
- 駐車場:あり ※境内は普通車のみ。マイクロバス、大型バスは県道33号線を利用。
- 電話:0877-46-3508
- 納経時間・拝観料は、季節や行事で変わる場合がある。参拝前に電話または公式で確認を推奨。
周辺・遍路道
- 前の第78番郷照寺から約8.5km。次の第80番国分寺へ約6.9km。
- 坂出北インターチェンジから県道33号線を東へ向かう。JR八十場駅を過ぎたところで、標識のある西庄町交差点を右折し参道へ。
アクセス
- 〒762-0021 香川県坂出市西庄町天皇1713-2
公式・関連リンク
この記事の拠りどころ
出典
本文の確認に用いた公開資料と、札所別研究記録に記載された書誌情報です。公開本文のURLを確認できた資料はリンクし、書誌情報のみ確認できたものはその旨を明記しています。
第79番 金華山 高照院 天皇寺|(一社)四国八十八ヶ所霊場会(公式霊場案内)
『四国八十八ヶ所霊場先達教典』((一社)四国八十八ヶ所霊場会編・2006年|書誌情報)
宮﨑建樹『四国遍路ひとり歩き同行二人 解説編』第8版(へんろみち保存協力会・2017年|国立国会図書館書誌)
上野進「四国遍路と札所寺院―香川県の札所寺院調査から―」(『四国遍路と世界の巡礼』5・2020年|愛媛大学リポジトリ)
四国遍路総合研究(霊場資料学)(科学研究費助成事業 KAKEN23K20107|研究課題・成果一覧)

