第35番 醫王山 鏡池院 清瀧寺

清滝寺
本尊厄除薬師如来
おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
御詠歌澄む水を汲むは心の清瀧寺 波の花散る岩の羽衣
はじめての方へ|この記事に出てくる言葉
- 本尊
- そのお寺がいちばん大切におまつりする、中心の仏さま。
- 御真言
- 本尊に呼びかける、サンスクリットに由来する短い聖なる言葉。
- 御詠歌
- その札所をたたえ、巡る心をうたった和歌。
- 縁起
- そのお寺の始まりや、いわれを伝える言い伝え。
- 札所
- お参りするお寺のこと。四国遍路では四国八十八ヶ所をめぐる。
- 大師堂
- 弘法大師(お大師さま)をおまつりするお堂。本堂とあわせてお参りする。
- 奥の院
- 札所の近くにある、もう一つの聖地。旧境内や、大師が修行したと伝わる岩や滝など。
- 結願
- 八十八ヶ所すべてを巡り終えること。「満願」ともいう。
- 四つの道場
- 四国の四県を、心の旅の四段階になぞらえた呼び名。阿波=発心、土佐=修行、伊予=菩提、讃岐=涅槃。
八十八ヶ所のなかの位置
八十八ヶ所の道のりで、第35番は 高知県(土佐・修行の道場)にあります。阿波23・土佐16・伊予26・讃岐23ヶ寺のうち、全体では35番目です。

縁起と歴史
醫王山 鏡池院 清瀧寺は医王山の中腹にあり、土佐和紙や手すき障子紙の産地として知られる高知で、和紙の原料「みつまた」をはぐくむ水源と深く結び付く霊場である。縁起では、養老7年(723年)に行基菩薩が霊気を感得して薬師如来像を彫り、「影山密院・釋本寺」と名づけて開山したと伝わる。弘法大師は弘仁年間(810〜824年)に訪ね、本堂から約300メートル上の岩上に壇を築き、五穀豊穣を祈って閼伽井権現・龍王権現に一七日の修法を行ったという。満願の日に金剛杖で壇を突くと、岩上から清水が湧き、鏡のような池になったと伝わる。そこで山号・院号・寺名を現在のように改め、霊場としたという。この水は田畑を潤し、「みつまた」をさらして和紙を漉くのに重宝され、土佐和紙産業の発展にも役立ったと伝わる。平城天皇第三皇子・真如が大師の夢告で出家し、逆修の五輪塔を建てて入唐したという逸話も残る。江戸期には土佐藩主の帰依が厚く、寺領百石・七堂伽藍・末寺10数ヶ寺をもつ大寺だった。厄除け祈願で知られ、本堂の屋根より高い大きな薬師立像がそのしるしである。
弘法大師との関わり
弘仁年間(810〜824年)に弘法大師が訪ね、岩上で閼伽井権現・龍王権現に一七日の修法を行い、金剛杖で壇を突いて清水を湧き出させ、鏡池ができたと伝わる。山号「鏡池院」や寺名「清瀧寺」の由来は、この水と土佐和紙の信仰に結び付いている。
- 養老7年(723年):行基菩薩が薬師像を彫って開山したと伝わる
- 弘仁年間(810〜824年):弘法大師が閼伽井・龍王権現に修法し、鏡池の清水を湧き出させて山号・寺名を改めたと伝わる
- 平安期:真如皇子の逆修塔・入唐(伝承)
- 江戸期:土佐藩主の帰依、寺領百石・七堂伽藍(伝承)
- 明治33年(1900年):仁王門建立、久保南窓の天井画奉納
- 昭和8年(1933年):製紙業者の寄贈による厄除薬師立像(高さ15メートル)建立
見どころ・伽藍
- 厄除薬師立像本堂前、台座を含めて高さ15メートル。昭和8年、製紙業者の寄贈。台座の中で88段の戒壇巡りができる
- 仁王門の天井画久保南窓(1848〜1917)筆の「蛟竜図」「天女図」
- 逆修塔真如皇子の生前供養の塔。「不入の山」とされる
- 鏡池・みつまた土佐和紙の水源信仰
- OUV提案書に景勝地として例示
- 仁王門は明治33年(1900年)の建立。土地の画家、久保南窓の天井画「蛟竜図」「天女図」が奉納されている。墨痕は鮮やかで、流麗な筆致に極彩色がほどこされている。近年「天女図」は獣害を受け、宝物館に移された。
- 本堂前の厄除薬師如来立像は、台座を含めて高さ15メートル。昭和8年、製紙業者の寄贈による。台座の中では88段の戒壇巡りができる。
- 逆修塔は真如皇子の生前供養の塔で、現在は「不入の山」とされている。
- 本堂から約300メートル上の岩上に鏡池があり、弘法大師の修法で湧いたと伝わる清水が、土佐和紙の原料「みつまた」をさらす水として重宝された。
- 岩上の鏡池や、閼伽井権現・龍王権現を祀る修法場が、奥の院にあたる霊跡とされる。
- 奥の院や別院の有無、参拝のきまりは季節や工事で変わることがある。現地の案内板を確認すること。
- 仁王門の天井画:久保南窓筆「蛟竜図」「天女図」(天女図は獣害により宝物館へ移管)
- OUV特記:提案書に景勝地として例示
- 所在地(OUV表):土佐市高岡町
信仰と物語
- 本尊の厄除薬師如来は厄除けと息災延命の信仰を集め、15メートルの立像がその象徴である。
- 御詠歌は、澄んだ水と心の清らかさ、岩の羽衣のような景色を詠む。
- 土佐和紙や製紙業者とのつながりが深い。
- 金剛杖で壇を突くと清水が湧き、鏡のような池になったという伝承。
- 平城天皇第三皇子・真如の夢告による出家と、逆修塔の建立。
- 縁起の逸話は寺伝や地域の伝承として広く語られるが、史実かどうかは学術的な検討を要するものを含む。
- 御詠歌「澄む水を汲むは心の清瀧寺 波の花散る岩の羽衣」
- 御詠歌の結びは、極楽や利益、守護など本尊信仰の要点を詠み、参拝の心構えとして唱えられる。
- 境内に句碑や歌碑があれば、巡礼文学や地域文化の層として参照できる(要現地確認)。
- 行基菩薩:開基と伝わる。
- 弘法大師:弘仁年間の修法、寺号の制定。
- 真如皇子:逆修塔(伝承)。
- 久保南窓:仁王門の天井画。
- 土佐藩主:江戸期の帰依。
参拝の手引き
- 年中行事は霊場会公式サイトを参照。
- 宿坊:なし
- 土佐ICから国道56号線を右折し、次の信号を右折して直進、約3km。
- 前の第34番種間寺から約15km。次の第36番青龍寺へ約8km。
- OUV特記:提案書に景勝地として例示
- 〒781-1104 高知県土佐市高岡町丁568-1
- 088-852-0316
出典
本文の確認に用いた公開資料と、札所別研究記録に記載された書誌情報です。公開本文のURLを確認できた資料はリンクし、書誌情報のみ確認できたものはその旨を明記しています。


