四国八十八ヶ所 ・ 高知県(土佐・修行の道場)
第25番 宝珠山 真言院 津照寺
室戸の港を見下ろす「津寺」。山内一豊を海難から救ったと伝わる楫取地蔵の霊場 御本尊は地蔵菩薩です。 高知県・土佐の第25番札所です。

津照寺
本尊地蔵菩薩
おん かかかび さんまえい そわか
御詠歌法の舟 入るか出づるかこの津寺 迷ふ我身をのせてたまへや
高知県・土佐修行の道場真言宗豊山派
はじめての方へ|この記事に出てくる言葉
- 本尊
- そのお寺がいちばん大切におまつりする、中心の仏さま。
- 御真言
- 本尊に呼びかける、サンスクリットに由来する短い聖なる言葉。
- 御詠歌
- その札所をたたえ、巡る心をうたった和歌。
- 縁起
- そのお寺の始まりや、いわれを伝える言い伝え。
- 札所
- お参りするお寺のこと。四国遍路では四国八十八ヶ所をめぐる。
- 大師堂
- 弘法大師(お大師さま)をおまつりするお堂。本堂とあわせてお参りする。
- 奥の院
- 札所の近くにある、もう一つの聖地。旧境内や、大師が修行したと伝わる岩や滝など。
- 結願
- 八十八ヶ所すべてを巡り終えること。「満願」ともいう。
- 四つの道場
- 四国の四県を、心の旅の四段階になぞらえた呼び名。阿波=発心、土佐=修行、伊予=菩提、讃岐=涅槃。
八十八ヶ所のなかの位置
八十八ヶ所の道のりで、第25番は 高知県(土佐・修行の道場)にあります。阿波23・土佐16・伊予26・讃岐23ヶ寺のうち、全体では25番目です。

所在地〒781-7102 高知県室戸市室津2652-イ
前後の札所24番最御崎寺から約6.5km(遍路道)。26番金剛頂寺へ約3.8km。いずれも室戸岬周辺の近接区間。
この寺の成り立ち
縁起と歴史
大同2年(807年)、弘法大師空海がこの地を巡錫した際、山の形が地蔵菩薩の持つ宝珠に似た霊地であると感得し、一刀三礼して延命地蔵菩薩を自ら刻み、一寺を建立したと伝わる。山号「宝珠山」はこの感得に由来するとされる。寺は室津漁港を見下ろす小高い山上にあり、古くから「津寺」と呼ばれて漁民の信仰を集めてきた。中世以降は長宗我部氏、近世には土佐藩初代藩主山内氏の庇護を受けて寺運が栄えたが、明治4年(1871年)の神仏分離・廃仏毀釈で一時廃寺となり、明治16年(1883年)に再興された。本尊の地蔵菩薩は、慶長7年(1602年)に山内一豊の船を暴風雨から救ったとの伝承から「楫取地蔵」と称され、海難よけ・海上安全の守り本尊として今も篤く信仰される。寺号「津照寺」は港(津)を照らす意ともいわれる。
弘法大師との関わり
弘法大師空海を開基とする。大同2年(807年)の巡錫の際、山容が地蔵菩薩の宝珠に似た霊地と感得して堂宇を建立し、一刀三礼して延命地蔵菩薩を自ら刻み本尊にしたと伝わる。本尊真言は「おん かかかび さんまえい そわか」。境内中腹より上の石段を上った先に大師堂があり、本尊楫取地蔵とともに弘法大師信仰の場となっている。
おもな歴史
- 大同2年(807年)弘法大師空海が開創し、一刀三礼して自刻の延命地蔵菩薩を本尊としたと伝わる(伝承)
- 中世〜近世にかけて長宗我部氏・土佐藩主山内氏の庇護を受け寺運が繁栄したと伝わる
- 慶長7年(1602年)土佐藩主山内一豊の船を暴風雨から救ったとされる楫取地蔵伝説の年
- 明治4年(1871年)神仏分離・廃仏毀釈により廃寺となる
- 明治16年(1883年)再興(境内は往時より縮小したと伝わる)
- 昭和38年(1963年)大師堂を再建
- 昭和50年(1975年)本堂を再建(標高約34.5m)
お参りの前に
見どころ・伽藍
この札所の見どころ
- 楫取地蔵山内一豊の海難を救ったと伝わる海の守り本尊
- 火事取り地蔵火難の際に僧に姿を変えて知らせた逸話
- 125段の石段急坂を上って本堂へ参拝する
- 鐘楼門竜宮門を思わせる二重門が石段の中腹に建つ
- 本堂の眺望室津漁港と太平洋を一望できる
- 津寺港町に溶け込む漁民信仰の札所
伽藍・主要堂宇
- 本堂は昭和50年(1975年)の再建で、標高約34.5メートルの小山の頂に建つ。
- 本堂へは約125段の急な石段が続き、その途中に竜宮城を思わせる鐘楼門兼仁王門が建つ。上層を鐘楼堂とし、両側に仁王像を安置する変形の二重門で、白壁と朱塗りが目を引く。
- 麓の山門を入ると大師堂(昭和38年再建)や納経所があり、石段の右途中に鎮守の稲荷社を祀る。
- 通称「津寺」として室津の港町に溶け込み、古くから漁業関係者の信仰が篤い。
奥の院・霊跡
- 境内の西隣には、室津港の改修に命を捧げたと伝わる一木権兵衛を祀る一木神社がある。
- 参道には一木権兵衛ゆかりの「お釜岩」があると伝わる。
- 石段を上りつめた本堂前からは、室津漁港や太平洋、行当岬、室戸スカイライン、対岸の金剛頂寺を望む。
伝わるもの
信仰と物語
御本尊と信仰
- 本尊の延命地蔵菩薩は、弘法大師が宝珠の形に似た山を霊地と感得し、一刀三礼して刻んだと伝わる。
- 本尊は慶長7年(1602年)、海上で山内一豊の船を救ったという伝承から「楫取地蔵」と呼ばれ、海難よけ・海上安全の信仰を集める。
- 火難の際に僧へ姿を変えて村人に知らせたという説話から、「火事取り地蔵」とも呼ばれてきた。
- 寺号「津照寺」は港(津)を照らす意ともいわれる。
伝説・説話
- 慶長7年(1602年)、土佐藩主山内一豊が室戸沖で暴風雨に遭うと、どこからともなく現れた一人の僧が船の楫を取り室津港へ無事導いたと伝わる。
- 港に着くと僧の姿は消え、津照寺の本尊が濡れていたことから、本尊が身を変えて船を救ったと悟られ「楫取地蔵」と呼ばれるようになったと伝わる。
- 『今昔物語集』には、本堂の火難の際に本尊が僧に化けて村人に知らせ難を逃れたという説話が残る。「かじとり」を火事取りに掛ける逸話とも伝わる。
文学・和歌
- 御詠歌「法の舟 入るか出づるかこの津寺 迷ふ我身をのせてたまへや」が伝わる。
- 紀貫之は土佐国司の任を終えての帰京の途次、海が荒れて室津港に10日ほど留まったと『土佐日記』に記されると伝わる。
- 境内には珊瑚友や須藤涛月らの句碑が点在する。
ゆかりの人物
- 寺伝では大同2年(807年)に弘法大師が開創したと伝わる。
- はじめ長宗我部氏の庇護を受け、のちに土佐藩主山内氏の保護で藩営とされて栄えたと伝わる。
- 慶長7年(1602年)、土佐藩初代藩主山内一豊が室戸沖の暴風雨から救われたとされる楫取地蔵伝説のゆかりの人物とされる。
訪ねる方へ
参拝の手引き
参拝の実際
- 本堂へは約125段の急な石段を、中央の手すりを使って上る。石段の中腹に鐘楼門兼仁王門があり、上層の鐘楼堂と両側の仁王像が見どころとなる。
- 駐車場は港の広場を共用して無料だが、車は境内に入れない。
- 宿坊はなく、通称「津寺」として親しまれている。地蔵菩薩の縁日は一般に毎月24日。
周辺・遍路道
- 前の第24番最御崎寺からは約6.5キロ、次の第26番金剛頂寺へは約3.8キロの行程とされる。室戸三山の津寺として最御崎寺(東寺)・金剛頂寺(西寺)と近接する。
- 室津港を見下ろす立地で、行当岬や室戸スカイライン、室戸岬が近い。
- 高知東部交通のバス停「室戸」から約0.5キロ、国道55号沿いにある。
アクセス
- 最寄り駅は土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線「奈半利」駅。同駅から高知東部交通バス「室戸岬・甲浦」行きで約40分、「室戸」バス停下車、徒歩約10分。車の場合、高知自動車道・南国ICから国道32号・55号経由で室戸方面へ約1時間40分。室津の港町中心部、室津漁港を見下ろす山上に位置する。
- 駐車場:境内へは車両進入不可で専用駐車場なし。近隣の港の広場(徒歩約7分)を無料で利用できる。
- 宿坊:なし
この記事の拠りどころ
出典
本文の確認に用いた公開資料と、札所別研究記録に記載された書誌情報です。公開本文のURLを確認できた資料はリンクし、書誌情報のみ確認できたものはその旨を明記しています。
Wikipedia「津照寺」(日本語版)
第25番 宝珠山 真言院 津照寺|(一社)四国八十八ヶ所霊場会(公式霊場案内)
shinshoji-25(pilgrim-shikoku.net)
kochi tabi「detail.html」(kochi-tabi.jp)
goshuin「shinshoji-muroto」(goshuin.net)
temples shrines「shikoku88 25.html」(temples-shrines.jp)
page0335.php(city.muroto.kochi.jp)
1298(japan-heritage.bunka.go.jp)
『四国八十八ヶ所霊場先達教典』((一社)四国八十八ヶ所霊場会編・2006年|書誌情報)
宮﨑建樹『四国遍路ひとり歩き同行二人 解説編』第8版(へんろみち保存協力会・2017年|国立国会図書館書誌)
上野進「四国遍路と札所寺院―香川県の札所寺院調査から―」(『四国遍路と世界の巡礼』5・2020年|愛媛大学リポジトリ)
四国遍路総合研究(霊場資料学)(科学研究費助成事業 KAKEN23K20107|研究課題・成果一覧)
『海上安全と豊漁を祈願して自ら地蔵菩薩を刻み』(札所別研究記録に記載された書誌情報(公開本文のURLは未確認))




