第38番 蹉跎山 補陀洛院 金剛福寺

金剛福寺
本尊三面千手観世音菩薩
おん ばざらたらま きりく
御詠歌ふだらくやここは岬の船のさを とるもすつるも法の蹉跎山
はじめての方へ|この記事に出てくる言葉
- 本尊
- そのお寺がいちばん大切におまつりする、中心の仏さま。
- 御真言
- 本尊に呼びかける、サンスクリットに由来する短い聖なる言葉。
- 御詠歌
- その札所をたたえ、巡る心をうたった和歌。
- 縁起
- そのお寺の始まりや、いわれを伝える言い伝え。
- 札所
- お参りするお寺のこと。四国遍路では四国八十八ヶ所をめぐる。
- 大師堂
- 弘法大師(お大師さま)をおまつりするお堂。本堂とあわせてお参りする。
- 奥の院
- 札所の近くにある、もう一つの聖地。旧境内や、大師が修行したと伝わる岩や滝など。
- 結願
- 八十八ヶ所すべてを巡り終えること。「満願」ともいう。
- 四つの道場
- 四国の四県を、心の旅の四段階になぞらえた呼び名。阿波=発心、土佐=修行、伊予=菩提、讃岐=涅槃。
八十八ヶ所のなかの位置
八十八ヶ所の道のりで、第38番は 高知県(土佐・修行の道場)にあります。阿波23・土佐16・伊予26・讃岐23ヶ寺のうち、全体では38番目です。

縁起と歴史
四国の最南端、国立公園の足摺岬を見下ろす丘の中腹にあり、境内は約120,000平方メートルに広がる大きな道場である。弘法大師は岬の突端に広がる太平洋の大海原に、観世音菩薩の理想の聖地である補陀落の世界を感得したと伝わる。ときの嵯峨天皇(在位809〜23)に奏上し、勅願により伽藍を建立、勅額「補陀洛東門」を受けて開創したと伝わる。弘仁13年(822年)、大師49歳のころといわれる。大師は伽藍建立の際に三面千手観世音像を彫造して安置し、「金剛福寺」と名づけたと伝わる。寺名の「金剛」は、大師が唐から帰朝する際に日本へ向けて投げたとされる五鈷杵にちなむという。五鈷杵は別名を金剛杵という。「福」は『観音経』の「福聚海無量」に由来するという。歴代天皇の勅願所となり、武将からも尊崇された。とくに源氏一門の帰依が厚く、源満仲は多宝塔を建て、その子の源頼光は諸堂の修復に寄与したと伝わる。戦国時代以降は、海の彼方にある常世の国・補陀落浄土を信仰し、1人で小舟を漕ぎ出す「補陀落渡海」が盛んだった。一条氏や山内藩主の支えで寺運は隆盛した。
弘法大師との関わり
弘法大師空海が足摺岬の大海原に補陀落浄土を感得し、嵯峨天皇の勅願で伽藍を建立、三面千手観世音を刻んで本尊とした開基者とされる。唐からの帰朝前に五鈷杵を東へ投げ、有縁の地を求めたところ足摺岬に飛来したと伝わり、寺名の「金剛」に結ばれる。大師御遺告25条の第1条「名山絶嶮の処、嵯峨孤岸の原、遠然として独り向ひ、掩留して苦行す」は当地を指すと伝わる。足摺岬一帯には大師ゆかりの「足摺七不思議」と呼ばれる遺跡が点在する。
- 弘仁13年(822年):弘法大師が嵯峨天皇の勅願により伽藍を建立し、三面千手観世音を本尊として開創したと伝わる(伝承)
- 弘仁14年(823年):伽藍完成の年とする説もある
- 平安時代:源満仲の多宝塔寄進、源頼光の諸堂修復が伝わる
- 平安時代末期:南方の補陀落を望む修験者の行場となり、和泉式部らの参詣が伝わる
- 建長8年(1256年)・正応2年(1289年)・延慶3年(1310年):火災が相次ぎ伽藍・仏像を焼失。その都度、勧進により修造
- 戦国時代以降:補陀落渡海の信仰が盛んになる
- 江戸時代:山内藩主の支えで隆盛。真念が遍路宿・真念庵を建立
- 2024年9月:公式ウェブサイト(kongoufukuji.com)を公開
見どころ・伽藍
- 補陀洛東門嵯峨天皇宸筆の勅額「補陀洛東門」を掲げる。観音浄土に最も近い霊場とされる。
- 五色石の池庭土佐五色石が映る大池と108体の仏群。曼荼羅さながらの水鏡。
- 札所間最長37番から80余キロ。歩き遍路の難所として知られる。
- 補陀落渡海戦国以降、小舟で観音浄土をめざした信仰の聖地。
- 足摺七不思議岬の突端に大師ゆかりの霊跡が点在する。
- 真念庵江戸期に真念が建てた遍路宿が道中に残る。
- 仁王門(山門)をくぐると、勅額「補陀洛東門」が迎える。境内は大きな池を中心に諸堂が配される。
- 本堂:正月三が日に本尊が開帳される。
- 大師堂:大師像を拝観できる。
- 多宝塔:胎蔵大日如来坐像を鎮座する。
- 護摩堂:毎月28日に護摩供を勤修する。
- 愛染堂:愛染明王坐像を安置する。
- 行者堂:役の行者像を、前鬼・後鬼を両脇に安置する。
- 釈迦堂:朱色と白の八角堂に釈迦如来坐像を安置する。
- 権現堂:熊野三所権現を祀る。知恵の文殊堂(祠)には、獅子に乗った文殊菩薩像(素木仕上げ)を祀る。
- 鐘楼堂:2つの釣鐘が掛かる。
- 十三石塔・和泉式部逆修塔・百八仏(108体)が池の周囲に配される。
- 山号「蹉跎山」は、修行を邪魔する魔界のものが地団太を踏んで蹉跎いたことから、月輪山を改めたと伝わる。俗に足摺山ともいう。
- 足摺岬の突端一帯に「足摺七不思議」と呼ばれる大師ゆかりの遺跡が点在する。伝承では、不増不滅の手水鉢、汐の満干手水鉢、根笹、地獄の穴、一夜建立ならずの華表、亀呼場、大師の爪書き石などが挙げられる。
- 真念庵は、金剛福寺へ向かう遍路道の途中、土佐清水市に残る江戸期の遍路宿で、真念が建てたとされる。
- 足摺岬は国立公園内にあり、白亜の灯台と断崖の波涛が補陀落浄土を連想させる景観として知られる。
- 高知県指定有形文化財:愛染明王坐像
- 高知県指定有形文化財:高野大師行状図画五巻
- 境内の主要堂宇:多宝塔(胎蔵大日如来)、十三石塔、和泉式部逆修塔、百八仏(五智如来・十三仏・千手観音の鋳造仏108体)など
信仰と物語
- 本尊の三面千手観世音菩薩は、弘法大師が自ら彫造して安置したと伝わる。脇仏に不動明王・毘沙門天を安置する。
- 補陀洛東門として、観音浄土・補陀落への信仰の中心地とされる。戦国以降の補陀落渡海は、海の彼方の浄土をめざす極限の観音信仰として知られる。
- 波切不動明王など、同じ不動明王の真言(慈救呪)を唱える信仰も、四国霊場全体と結ばれる。
- 大師が唐から帰国する前に五鈷杵を東へ投げ、足摺岬に飛来した地に寺を建てたと伝わる。
- 金峰上人が住持の際、魔界のものを呪伏すると、それが地団太を踏んで蹉跎したことから、山号を月輪山から蹉跎山に改めたと伝わる。
- 源満仲が多宝塔を寄進し、源頼光が諸堂を整備したと伝わる。
- 和泉式部が逆修のため逆修塔を建てたと伝わる(塔は境内に残る)。
- 御詠歌「ふだらくやここは岬の船のさを とるもすつるも法の蹉跎山」は、補陀落渡海と仏法を詠む。
- 境内の句碑:松尾芭蕉「けふはかり人もとしよれ初時雨」、高木晴子「渡海僧おもふ卯浪の沖を見る」、上林暁「補陀落の東門とかや春の寺」ほか、『足摺山の一夜』20句など。
- 御詠歌の結句は、極楽・利益・守護など本尊信仰の要点を詠じ、参拝の心構えとして唱和される。
- 開基は弘法大師空海と伝わる。勅願は嵯峨天皇による。
- 源満仲・源頼光は、源氏一門の帰依を代表する人物として伝わる。
- 和泉式部の参詣と逆修塔の伝承がある。
- 江戸期の遍路家・真念が真念庵を建立したとされる。
- 中世の勧進活動と幡多荘との関係は、東近伸・大利恵子らの研究で論じられている。
参拝の手引き
- 1月1〜3日:修正会(新暦・旧暦)
- 1月18日(旧暦):初観音
- 2月3日(新暦):節分会
- 2月15日(旧暦):涅槃会
- 4月8日(旧暦):灌仏会
- 6月15日(旧暦):祇園会
- 土用の丑(旧暦):きゅうり封じ
- 7月9日(旧暦):施餓鬼供養
- 8月15日(新暦):お盆
- 毎月28日:護摩堂にて護摩供を勤修
- 12月31日(新暦・旧暦):除夜の鐘
- 受付時間9:00〜17:00(公式サイト)。
- 駐車場は普通車40台・マイクロバス5台・無料。
- 宿坊あり(霊場会・公式サイト)。
- 納経・御祈祷・授与品の詳細は公式サイトを参照。
- 足摺岬の観光と合わせて立ち寄る参拝者が多い。
- 37番岩本寺から約80余キロ。車で約2時間余、歩きで約30時間・3泊4日。四国霊場の札所間で最長。
- 土佐くろしお鉄道・中村駅から国道56号・321号を進み、土佐清水市で県道27号を足摺・中浜方面へ。
- 足摺岬灯台・足摺岬展望台など、国立公園の景勝と合わせて巡る。
- 車:中村駅から国道56号線・国道321号線、土佐清水市で県道27号線に左折。足摺・中浜方面に直進し左手
- 〒787-0315 高知県土佐清水市足摺岬214-1
- 0880-88-0038
- 9:00〜17:00(公式サイト)
- 普通40台・マイクロバス5台(無料)
- あり
出典
本文の確認に用いた公開資料と、札所別研究記録に記載された書誌情報です。公開本文のURLを確認できた資料はリンクし、書誌情報のみ確認できたものはその旨を明記しています。


