第29番 摩尼山 宝蔵院 国分寺

国分寺
本尊千手観世音菩薩
おん ばざらたらま きりく
御詠歌国を分け宝を積みて建つ寺の 末の世までの利益残せり
はじめての方へ|この記事に出てくる言葉
- 本尊
- そのお寺がいちばん大切におまつりする、中心の仏さま。
- 御真言
- 本尊に呼びかける、サンスクリットに由来する短い聖なる言葉。
- 御詠歌
- その札所をたたえ、巡る心をうたった和歌。
- 縁起
- そのお寺の始まりや、いわれを伝える言い伝え。
- 札所
- お参りするお寺のこと。四国遍路では四国八十八ヶ所をめぐる。
- 大師堂
- 弘法大師(お大師さま)をおまつりするお堂。本堂とあわせてお参りする。
- 奥の院
- 札所の近くにある、もう一つの聖地。旧境内や、大師が修行したと伝わる岩や滝など。
- 結願
- 八十八ヶ所すべてを巡り終えること。「満願」ともいう。
- 四つの道場
- 四国の四県を、心の旅の四段階になぞらえた呼び名。阿波=発心、土佐=修行、伊予=菩提、讃岐=涅槃。
八十八ヶ所のなかの位置
八十八ヶ所の道のりで、第29番は 高知県(土佐・修行の道場)にあります。阿波23・土佐16・伊予26・讃岐23ヶ寺のうち、全体では29番目です。

縁起と歴史
寺伝では天平13年(741年)、聖武天皇の国分寺建立の詔を受け、行基菩薩が千手観世音菩薩を刻んで本尊とし開創したと伝わる。当初は「金光明四天王護国之寺」と称した。発掘調査では天平勝宝8歳(756年)前後の創建を示す遺構が確認され、奈良時代の土佐国分僧寺の跡として、境内全域が国の史跡に指定されている。弘仁6年(815年)には弘法大師空海が巡錫し、自ら毘沙門天を刻んで奥の院に安置、当地で厄除けの星供秘法を修したと伝わる。以来、土佐国分寺は星供の根本道場とされ、大師像は「星供大師」と呼ばれる。山号の摩尼山は如意宝珠(摩尼)にちなみ、院号の宝蔵院は経蔵・宝蔵に由来するとされる。寺号の国分寺は、諸国に置かれた国分寺の制に基づく。本尊の千手観音は秘仏とされ、御詠歌は「国を分け宝を積みて建つ寺の末の世までの利益残せり」と詠む。
弘法大師との関わり
弘仁6年(815年)、42歳の厄年にあたる弘法大師が当寺を訪れ、自ら毘沙門天像を刻んで奥の院・南国市岡豊町滝本の毘沙門堂に安置したと伝わる。境内で星供の秘法を修したことから、土佐国分寺は「星供の根本道場」とされ、大師像は「星供大師」と称される。星供は、当年星・本命星や北斗七星を祀って厄災を除く真言密教の修法で、現在も2月3日の節分星祭りで「節分星供」が営まれる。空海は滝の音に導かれて身を整えてから当寺を訪れたとの伝承もある。
- 741年(天平13):聖武天皇の勅願により行基菩薩が開創したと伝わる。「金光明四天王護国之寺」と称す(伝承)
- 756年(天平勝宝8歳)前後:国分寺建立詔に基づき土佐国分僧寺が創建されたとみられる(発掘調査による推定)
- 815年(弘仁6):弘法大師空海が巡錫し、毘沙門天を刻んで奥の院に安置、星供秘法を修したと伝わる
- 平安時代(930〜934年頃):紀貫之が土佐国司として在任し、当地に滞在(『土佐日記』の作者。在任時期には諸説あり)
- 1558年(永禄元):長宗我部国親・元親により金堂(本堂)が再建
- 1634年(寛永11):大師堂建立
- 1655年(明暦元):土佐藩2代藩主山内忠義が仁王門(山門)を寄進
- 1904年(明治37):金堂が重要文化財に指定(旧国宝)
- 1922年(大正11)10月12日:境内全域が国の史跡に指定
- 1995年(平成7)11月:光明殿竣工
- 2024年(令和6)1月:開山堂を改築
見どころ・伽藍
- 金堂(本堂)永禄元年再建のこけら葺・寄棟造。国重文で、四国霊場を代表する建築の一つ。
- 土佐の苔寺杉苔の庭園。七重塔の塔心礎を主石とする苔庭が広がる。
- 星供の根本道場大師が星供秘法を修した地。節分星供で知られ、「星供大師」とも呼ばれる。
- 紀貫之ゆかり土佐国司として滞在した国府の地。境内北東に紀貫之邸跡が残る。
- 仁王門明暦元年に山内忠義が寄進した入母屋造の楼門。
- 花の寺牡丹・あじさい・紅葉など四季の花が楽しめる。
- 永禄元年(1558年)再建の金堂(本堂)は、こけら葺(柿葺)・寄棟造で、国の重要文化財に指定されている。天平様式を受け継ぎつつ室町時代の特色を残す、四国霊場を代表する建築の一つとされる。
- 明暦元年(1655年)に土佐藩2代藩主山内忠義が寄進した仁王門(山門)は入母屋造の楼門で、金剛力士(仁王)像を安置する。
- 境内は、寛永11年(1634年)建立の大師堂、平成7年(1995年)竣工の光明殿、令和6年(2024年)改築の開山堂などで構成される。
- 杉苔に覆われた庭園が広がり、「土佐の苔寺」と称される。創建当時の七重塔の塔心礎を主石とする苔庭が残る。
- 2019年春には、本堂内の一室を活用した「お寺カフェ」を開設。赤い絨毯を敷いた室内で、庭園を眺めながら休憩できる(詳細は参拝の実際を参照)。
- 奥の院は、境内から離れた南国市岡豊町滝本の毘沙門堂。弘法大師が自ら刻んで安置したと伝わる毘沙門天像を祀る。近くには毘沙門の滝(落差30メートル、南国市指定名勝)もある。
- 境内北東約1キロメートルに、『土佐日記』の作者・紀貫之が土佐国司として4年間滞在した国府の地とされる紀貫之邸跡が残る。
- 境内全域は、奈良時代の土佐国分僧寺の跡として国の史跡に指定されている。発掘調査では、天平勝宝8歳(756年)前後の創建を示す遺構が確認された。
- 境内には高浜虚子一門をはじめとする句碑が多数立ち、弥生時代の住居跡も残る。
- 国指定重要文化財:金堂(本堂)。永禄元年(1558年)再建、寄棟造・柿葺。明治37年(1904年)指定
- 国指定重要文化財:木造薬師如来立像(平安時代中期、像高99.6cm、檜材一木彫)。明治44年(1911年)指定
- 国指定重要文化財:木造薬師如来立像(鎌倉時代、像高35.1cm、寄木造・漆箔・玉眼)。平成5年(1993年)指定
- 国指定重要文化財:梵鐘(平安時代前期、高知県最古の梵鐘。口径47.2cm、高さ80.6cm)。昭和31年(1956年)指定
- 国指定史跡:土佐国分寺跡(奈良時代創建の国分僧寺跡)。大正11年(1922年)10月12日指定
- 高知県指定有形文化財:本堂の厨子・須弥壇
- 高知県指定有形文化財:絹本著色両界曼荼羅(室町時代作)
- 南国市指定有形文化財:板絵両界光明真言曼荼羅2枚
- 南国市指定有形文化財:海獣葡萄鏡・常滑焼甕2口
信仰と物語
- 本尊の千手観世音菩薩は秘仏で、行基作と伝わる。当初は「金光明四天王護国之寺」と称した国分寺の巡拝本尊とされる。
- 弘法大師が42歳の厄年に当地で厄除けの星供秘法を修したことから「星供の根本道場」とされ、大師像は「星供大師」と呼ばれる。
- 星供は、当年星・本命星や北斗七星を祀って厄災を除く真言密教の修法。節分に営まれる「節分星供」で厄災を除く信仰が続く。
- 弘仁6年(815年)、42歳の厄年にあたる弘法大師が毘沙門天像を刻んで奥の院・南国市岡豊町滝本の毘沙門堂に安置し、星供秘法を修したと伝わる。
- 空海は滝の音に導かれて身を整えてから当寺を訪れたとの伝承もある。
- 聖武天皇の国分寺建立の詔を受け、行基菩薩が千手観世音菩薩を刻んで開創したと伝わる(寺伝)。
- 御詠歌「国を分け宝を積みて建つ寺の 末の世までの利益残せり」が伝わる。
- 『土佐日記』の作者・紀貫之が土佐国司として滞在した国府の地にあり、境内には高浜虚子一門をはじめとする句碑が多数立つ。
- 天平13年(741年)、聖武天皇の勅願により行基菩薩が開創したと伝わる。
- 弘仁6年(815年)、弘法大師空海が巡錫し、星供秘法を修したと伝わる。
- 永禄元年(1558年)に長宗我部国親・元親により金堂(本堂)が再建された。
- 紀貫之が土佐国司として在任し、当地に滞在したとされる(在任時期には諸説あり)。
参拝の手引き
- 毎月21日 午前6時:大師堂にて御影供を勤修
- 毎月28日 午前6時:光明殿不動堂にて護摩供を勤修
- 1月:文化財防火デー・消防訓練
- 2月3日:節分星祭り(節分星供・厄除けの星供秘法)
- 3月:春彼岸会、春の団参
- 旧暦4月8日:花まつり(甘茶接待)
- 7月:新盆
- 8月:月遅れ盆・旧盆、十七夜祭・国分寺大祭
- 9月:秋彼岸会、秋の団参
- 11月:別院大聖寺大祭
- 12月:除夜
- 2019年春に、本堂内の一室を活用した「お寺カフェ」が開設された。営業時間は9:00〜16:30。赤い絨毯を敷いた室内で、庭園を眺めながら抹茶と和菓子のセット(お抹茶セット700円)が味わえる。
- 拝観は8時から17時。納経受付時間は公式に明記がなく、四国霊場の標準(7時から17時)とする資料もある。
- 駐車場は普通車約45台・大型車5〜7台で無料。宿坊はない。
- JR土讃線「後免駅」から約3.0キロ。南国市コミュニティバス「国分寺通」下車、徒歩約0.5キロ。
- 前の第28番大日寺からは約9.2キロ、次の第30番善楽寺へは約6.9キロ。
- 高知自動車道「南国IC」から約2.6キロ。道の駅南国前を経由して県道45号へ入る。
- 春は牡丹・花まつり、梅雨はあじさい、秋は紅葉と、四季の花が楽しめる花の寺としても親しまれる。
- JR土讃線「後免駅」から約3.0km(タクシー約10分)。南国市コミュニティバス「国分寺通」下車徒歩約0.5km。車は高知自動車道「南国IC」から約2.6km(国道32号を南国方面へ進み道の駅南国前を左折し県道45号へ、約1kmでバス停国分寺通りを右折し約400m)。
- 駐車場:あり・無料。普通車約45台、大型車5〜7台(資料により大型の台数は5台と7台の記載あり)。
- 宿坊:なし
出典
本文の確認に用いた公開資料と、札所別研究記録に記載された書誌情報です。公開本文のURLを確認できた資料はリンクし、書誌情報のみ確認できたものはその旨を明記しています。



