- 日本語訳
- 売買して後悔し撤回すること、約定(samaya)の違反、男女の結合をめぐる争い、窃盗、相続の分割、賭博。これらが訴訟の項目である。
- 原文
krayavikrayānuśayaḥ samayātikramas tathā / strīpuṃsayogaḥ steyaṃ ca dāyabhāgo 'kṣadevanam //
- 出典
- 『ブリハスパティ法典(Bṛhaspatismṛti)』訴訟篇

読みもの
越三摩耶とは
誓いに背いたら、もう戻れないのか
越三摩耶は、誰に関わる言葉か
越三摩耶が問うのは、灌頂や三摩耶戒で結んだ誓いです。受けた覚えのない方が、日常の言動でこれを犯すことはありません。
「越」は、踏み越えること。「三摩耶」は、灌頂で受け取る仏との誓いです。
「越」は踏み越えること、「三摩耶」は灌頂で受け取る仏との誓いです。ただし、約束を忘れた、予定に遅れたという日常語ではありません。灌頂と受戒を通して引き受けた教え、菩提心(悟りを求め、人を救おうとする心)、伝授の秩序に背くことを指します。
だから、記事を読んで「自分も知らないうちに越三摩耶を犯したのでは」と探し回る必要はありません。問われるのは、誰から何を授かり、どの誓いを結んだかです。受けた方が不安を覚えたときも、一つの言葉だけで自己判定せず、授者や同じ法流の阿闍梨へ確かめます。
補助典拠を見る:もとは世俗の「契約違反」
灌頂の場の強い警誡を原文で確かめる(受戒者へ向けた句です)
- 日本語訳
- 三摩耶の違犯によって、たちまち諸々の族姓を灰燼に帰せしめる。
- 原文
samayavyatikramāt kṣipraṃ bhasmīkuryat kulāni tu //
- 解説
- 金剛頂経の灌頂文脈で、誓いの重さを示す警誡です。直前では諸天・諸女神が金剛の名を授けられ、三摩耶を受けています。この一偈だけから kula の範囲を一般の家族と決めることも、仏部などの一義に固定することもできません。この種の強い言い回しは、インドの誓約・呪詛の文学に共通する儀礼上の定型です。違犯した人の家族が罰を受ける、という教説ではありません。
- 出典
- 『金剛頂経(一切如来真実摂・Sarvatathāgatatattvasaṃgraha)』
水を口にして、退かないと誓う
ここに引く強い言葉は、受戒の場で覚悟を促すための儀礼上の警誡です。この記事を読んだこと自体に、罰はありません。
ここで引く二系統の灌頂次第(儀礼の手順書)には、仏の働きを重ねて清めた香水を、弟子が口にする場面があります。これを誓水と呼びます。
『大日経疏』は、この所作を世間の盟誓になぞらえます。聖衆の前で香水を口にし、大菩提の願から退かないと自ら誓う。飲み物に罰の力が宿るという話ではありません。身体を通して、誓いを自分のこととして引き受ける作法です。
別系統の梵語儀軌は、その水を、誓いを守れば甘露、越えれば身を焼く水と呼びます。受戒者へ覚悟を促す、儀礼上の強い警誡です。一般の読者が、この引用を読んだだけで罰を受けるわけでも、過去の小さな迷いを地獄へ直結させる話でもありません。
誓水を飲ませる
- 日本語訳
- 誓水を一遍加持して、弟子にその誓水を飲ませる。
- 原文
加持誓水一遍、令弟子飲誓水。
- 出典
- 金剛智訳『金剛頂瑜伽中略出念誦経』巻四(大正蔵 T18n0865)
誓水とは、大菩提の願に退かぬ盟誓
- 日本語訳
- これを名づけて誓水という。世のならわしに順じて盟誓の法のように、一切の聖衆の前でこの香水を口に含み、自ら心に誓わせ、大菩提の願に退かないことを期するのである。
- 原文
此即名爲誓水、亦順世諦猶如盟誓之法、令於一切衆聖前噬此香水自誓其心、要令不退大菩提願也。
- 出典
- 善無畏述・一行記『大毘盧遮那成仏経疏(大日経疏)』(大正蔵 T39n1796)
儀礼の強い警誡を原文で確かめる(受戒者へ覚悟を促す句で、一般の読者への罰の予告ではありません)
- 日本語訳
- これはおまえにとって地獄の水である。三摩耶を越えれば、おまえを焼く。三摩耶を守れば、成就がある。さあ、金剛の甘露水を飲め。
- 原文
idaṃ te nārakaṃ vāri samayātikramād dahet | samayarakṣaṇāt siddhiḥ piba vajrāmṛtodakam ||
- 解説
- 越(samayātikrama)と守(samayarakṣaṇa)が一つの偈に並びます。漢訳「越三摩耶/守三摩耶」の梵語的な裏づけです。
- 出典
- ディーパンカラバドラ『金剛三摩耶曼荼羅儀軌(Guhyasamāja-maṇḍalavidhi)』第295偈
破る前に、何を結んだのか
『大日経疏』は、三摩耶を四つの働きから説きます。ここでいう四つは、後に出る四つの戒とは別です。
三摩耶の四義を説く
- 日本語訳
- 三摩耶とは、平等の義であり、本誓の義であり、除障の義であり、警覚(驚覚)の義である。
- 原文
三昧耶是平等義、是本誓義、是除障義、是驚覺義。
- 出典
- 善無畏述・一行記『大毘盧遮那成仏経疏(大日経疏)』巻九「入漫荼羅具縁真言品」(大正蔵 T39n1796)
補助典拠を見る:並行する注釈も同じ四義を伝える
- 日本語訳
- 三摩耶持明を説く。三摩耶とは、平等の義・本誓の義・除障の義・警覚の義である。
- 原文
說三昧耶持明。三昧耶者、是平等義、是本誓義、是除障義、是警覺義。
- 解説
- 四義の定式は一つの注釈にとどまらず、供養次第の疏や焰口の儀軌にも受け継がれます。
- 出典
- 一行記『大毘盧遮那経供養次第法疏』巻下(大正蔵 T39n1797)
平等
如来は、すべての生きとし生けるものが、その身も言葉も心も、ことごとく仏とひとしいと見そなわされます。誰もがそのまま仏になる素質を具えている、という見方です。
本誓
如来は、すべての衆生に成仏の資質があると見て、「あらゆる手立てを尽くして、必ずみなを悟りに至らせよう」と大いなる誓いを立てられました。
除障
本来そなわっている仏の心が、わずかな迷いに覆われて気づけずにいます。その覆いを取り除こうという誓いです。
警覚
迷いの眠りについている私たちを、まことの言葉で揺り起こし、目覚めさせる働きです。
一度の失敗より、心の向きが問われる
『大日経疏』がまず戒めるのは、誓いから離れていく心の向きです。特定の一動作ではありません。
挙げられるのは四つです。人や教えに優劣の壁を立てる。救う相手を自分の都合で狭める。名誉や利益を先にして、衆生、つまり生きとし生けるものを益する目的を失う。怠りに沈み、自分を呼び覚まさない。いずれも、仏の平等と本誓から向きをそらす心です。ここに挙がるのは、疲れた一日の怠りではなく、向きそのものが逸れていく状態です。
ただし、疲れた日や心の揺れを一つ見つけて、直ちに重罪と決めるための自己診断表ではありません。意図や継続、受けた戒の内容を離れて判定はできません。気がかりがあるなら、恐れを膨らませる前に師へ相談します。
越三摩耶の三つのかたち
心の越
人や物事を分けへだてる見、平等の誓いにかぎりを設ける心、名利への随順、放逸懈怠。
平等の義に背く『大日経疏』巻九
作法の越
印・真言・曼荼羅の軌則を誤り、菩提心に住さずに修法する。諸仏菩薩を謗るに同じとされる。
本誓の義に背く『大日経疏』『蓮華胎蔵瑜伽』
秘密の越
灌頂を受けた者が、まだ資格のない人へ秘法を漏らす。師と弟子が結んだ誓いを破る。
師資の誓いに背く『現証三昧大教王経』
心の越。四つの相
- 日本語訳
- もし菩薩が衆生や諸法に種々の不平等の見を起こせば、三摩耶を越える。この平等の誓いに種々の限量の心を起こせば、また三摩耶を越える。なすことがすべて世間の名利に随い、衆生済度の本願のためでなければ、また三摩耶を越える。放逸懈怠して、その心を警め覚ますことができなければ、また三摩耶を越える。
- 原文
若菩薩於衆生諸法中作種種不平等見、則越三昧耶法。若於此平等誓中作種種限量之心、亦越三昧耶法。諸有所作隨順世間名利、不爲大事因縁、亦越三昧耶法。放逸懈怠不能警悟其心、亦越三昧耶法。
- 出典
- 『大日経疏』巻九(大正蔵 T39n1796)
補助典拠を見る:作法の越。諸仏菩薩を謗るに同じ
- 日本語訳
- 真言門に菩薩行を修する菩薩で、すでに菩提心を発した者は、まさに如来の位に住して曼荼羅を画くべきである。もしこれに違うなら、諸仏菩薩を謗るに同じく、三摩耶を越え、決定して悪趣に堕ちる。
- 原文
真言門修菩薩行諸菩薩已發菩提心、應當住如來地、畫漫荼羅。若異此者、同謗諸佛菩薩、越三昧耶、決定墮於惡趣。
- 出典
- 善無畏・一行訳『大毘盧遮那成仏神変加持経(大日経)』巻四「密印品」(大正蔵 T18n0848)
補助典拠を見る:秘密の越。資格なき者へ漏らせば
- 日本語訳
- まだ大曼荼羅を見ていない者には、汝はこの三摩耶の法を説いてはならない。もし説けば、三摩耶を違え越える。
- 原文
若有不見大曼拏羅者、汝不應爲說此三昧法。若爲說者違越三昧。
- 解説
- 漢訳は「三昧」と書きますが、金剛頂経梵本の並行箇所は samaya を用います。ここでは samādhi(三昧)ではなく、灌頂で結ぶ三摩耶を指すと確認できます。
- 出典
- 施護訳『仏説一切如来真実摂大乗現証三昧大教王経』(大正蔵 T18n0882)
四重禁は、命のように守る四つ
三摩耶戒の四重禁は、先ほどの四義とは別に、行者が手放してはならない四つの根本を示します。
『大日経』は、これを自分の命のように護れと説きます。『大日経疏』が「真言乗の命根」とまで呼ぶのは、正法・菩提心・伝法・利他が、修行の技法より先にあるからです。続く「死屍」という強い譬えは、受戒者に根本の重さを示す警誡です。一般の読者や、一時的に怠った人を死者と断じる言葉として用いてはなりません。
四重禁の根本の偈
- 日本語訳
- 仏子よ、汝は今より、身命を惜しまぬがゆえに、正法を捨てず、菩提心を捨て離れず、一切の法を出し惜しみせず、衆生を利さぬ行いをしてはならない。仏は三摩耶を説く。汝、善く戒に住する者よ、自らの命を護るように、戒を護りなさい。
- 原文
佛子汝從今、不惜身命故、常不應捨法、捨離菩提心、慳悋一切法、不利衆生行。佛說三昧耶、汝善住戒者、如護自身命、護戒亦如是。
- 出典
- 善無畏・一行訳『大毘盧遮那成仏神変加持経(大日経)』巻二「入漫荼羅具縁真言品」(大正蔵 T18n0848)
『大日経疏』の強い譬えを確かめる
- 日本語訳
- この四つの重い戒は、真言乗の命の根であり、また正法の命の根である。これを破る者は、密蔵において死屍のようなもので、いかに種々の功徳行を積んでも、久しからずして朽ち果てる。
- 原文
今此四夷戒是真言乘命根、亦是正法命根。若破壞者、於祕密藏中猶如死尸、雖具修種種功德行、不久敗壞也。
- 出典
- 『大日経疏』巻九(大正蔵 T39n1796)
- 正法を捨てない。仏の教えを受けとめ、手放さない。
- 菩提心を捨てない。悟りを求め、衆生を救おうとする心を離れない。
- 法を出し惜しみしない。相手の機根と伝授の順序を見ながら、その人にかなう教えを惜しまない。
- 衆生を利益する行を捨てない。利他の歩みを放棄しない。
読むことと、授かって修することの境目
経文を聞くこと、寺院が示す勤行を唱えること、灌頂後に印・真言・観法を修することは、同じ行為ではありません。
諸儀軌が厳しく戒めるのは、伝授を受けないまま、特定の印・真言・観法・壇法を自己流で組み立てることです。盗法・越法という語の範囲は、文献や時代で一定しません。授ける側と受ける側、何をどこまで行ったかを離れて、一語で決めつけることはできません。
『大日経疏』は、行法を師から受けるべき理由を、伝えられる法の「拠りどころ」が失われるからだと説きます。教え、行者、伝承を損なわずに受け渡すための順序です。秘密にして人を遠ざけるためではありません。現代の個人読誦や勤行については、歴史上の一文献を宗派全体の規則に広げず、所属寺院が示す次第に従ってください。
補助典拠を見る:灌頂・師の伝授を経ねば盗法罪
- 日本語訳
- それでもなお修行すれば、自ら災いを招き、盗法の罪を成じ、ついに何の効験もない。
- 原文
設爾修行、自招殃咎、成盜法罪、終無功効。
- 解説
- 「それでも」は直前の条件を受けます。本文は、瑜伽阿闍梨から菩提心と三摩耶戒を学び、曼荼羅へ入り灌頂を受けるべきだと述べたうえで、そうせず当該の行法を修する場合を戒めています。
- 出典
- 不空訳『瑜伽集要焰口施食起教阿難陀縁由』(大正蔵 T21n1318)
補助典拠を見る:越法罪とは、三摩耶を犯すこと
- 日本語訳
- 三世の諸仏の秘密の法則を違え越えれば、越法罪を得る。越法罪とは、ここでいう三摩耶を犯すこと(越三摩耶)であり、密教の四波羅夷のうち第三の戒にあたる。
- 原文
違越三世諸佛祕密法則、得越法罪。越法罪者、此中所謂犯三昧耶、四波羅夷中第三戒也。
- 解説
- 注釈は、伝法する者が相手の機根を誤り、深い法を未熟な人に、浅い法を利根の人に授けることを越法罪とします。密教の越法罪は、律でいう軽い越法罪(突吉羅)とは同じ字でも罪の重さが正反対です。
- 出典
- 覚苑『大日経義釈演密鈔』(卍続蔵 X23n0439)
かならず師から受けよ
- 日本語訳
- 仏がこの経を説かれたのは、かならず師から受けるべきものであって、みだりに自分勝手に修行してはならない。正しい師がなければ、伝えられるべきものの拠りどころがないからである。
- 原文
佛說此經要從師受、不得輒爾修行。若無明師、則所傳無寄故也。
- 出典
- 『大日経疏』巻三(大正蔵 T39n1796)
補助典拠を見る:近世の在家へ。授からぬ真言は誦さず、光明真言は開く
- 日本語訳
- 真言陀羅尼を授からずに誦せば、越三摩耶として、仏の定めた戒めに背く罪がある。光明真言を、授からない人も皆 誦えてよいのは、観世音菩薩が私たち衆生に代わって、一切如来から授かり置いてくださった真言だからである。そのほかの真言陀羅尼は、授からなければ決して誦えてはならない。
- 原文
真言陀羅尼を授からずして誦ふれば、越三昧耶とて仏の制戒に違がふ罪あり。光明真言は、授からざる人も皆 誦ふる事は、是 観世音菩薩 我人衆生に代りて一切如来より御授かり置給りし真言なるが故なり。余の真言陀羅尼は、授からざれば決して誦ふべからず。
- 解説
- 文化八年(一八一一)の一文献に見える在家向けの運用です。現代の真言宗全体へ一律に広げず、現在の所属寺院が示す勤行と指導に従います。
- 出典
- 懐円『真言安心小鏡』或問巻之十(文化八年・一八一一刊、阿波宮島山円明院蔵板)
誓いを思い出すところから、戻れる
仏は本誓を違えない。だから人も、背いた場所から誓いを思い出し、戻ることができます。
密教の諸経軌は、違犯を戒めるだけでなく、懺悔と回復の作法も説きます。越三摩耶は、回復不能という宣告ではありません。
ある儀軌は、「三摩耶を違え越えてしまった」と一人称で告白する懺悔の偈を伝えます。別の儀軌は、誤って戒を破った場合にも過ちを除き、円満へ戻る作法を説きます。厳しい警誡と回復は、原典の中でも対になっています。
戒や灌頂を受けた方が気がかりを抱いたら、一人で罪名を決めないでください。まず授けた阿闍梨へ。連絡できなければ、所属寺院、同じ法流の阿闍梨、宗派の教学・寺務の窓口へ相談します。必要な懺悔や再受戒は、受けた法と事情に応じて導かれます。
百字明などの懺悔法も、記事から印・真言・観法を組み立てて行うものではありません。戻る先は、誓いを結んだ関係の中です。恐怖に閉じこもったまま、一人で終わらせないでください。夜間などすぐに連絡がつかないときは、無理に一人で結論を出さず、日をあらためてお尋ねください。
一人称の懺悔
- 日本語訳
- 邪見が心を覆うがゆえに、三摩耶に背き越えてしまった。いま大聖尊の御前で、心を尽くして懺悔する。先の仏が懺悔されたように、わたしも今そのように懺悔する。願わくは加持の力に乗じて、衆生がことごとく清まりますように。
- 原文
邪見覆心故、違越三昧耶。今對大聖尊、盡心而懺悔、如先佛所懺、我今亦如是。願乘加持力、衆生悉清淨。
- 出典
- 『大輪金剛修行悉地成就及供養法』(大正蔵 T21n1231)
補助典拠を見る:印と真言で、破った三摩耶戒を回復する
- 日本語訳
- 修行者がもし越法して三業を誤り、三摩耶戒を破ったとしても、この印を結び真言を誦して加持するがゆえに、もろもろの過ちを除き、すべて円満を得る。
- 原文
修行者設有越法誤失三業破三摩耶戒、由結此印、誦真言加持故、能除諸過、皆得圓滿。
- 出典
- 不空訳『金剛頂瑜伽千手千眼観自在菩薩修行儀軌経』(大正蔵 T20n1056)
補助典拠を見る:失った阿闍梨の位も、壇を建てて復す
- 日本語訳
- 瑜伽行者が三摩耶を破り、あるいは阿闍梨が非法によって師の位を失ったとしても、この輪壇を建立することで、本の阿闍梨の位に復し、一切の三摩地・真言を修して速やかに成就を得る。
- 原文
瑜伽者破三昧耶、或阿闍梨非法失師位、由建立此輪壇、則復本阿闍梨位、修一切三摩地真言速得成就。
- 出典
- 不空訳『大楽金剛不空真実三昧耶経般若波羅蜜多理趣釈』(大正蔵 T19n1003)
補論を読む:仏典の強い警句は、すべて越三摩耶の罰なのか
強い警句を、一つの罰にまとめない
仏典の「頭が七つに裂ける」という句は、文献ごとに対象が違います。越三摩耶の果報一覧ではありません。
『中阿含経』では、清浄でない比丘がいる僧団で如来が戒の解脱を説く場面に現れます。『文殊師利根本儀軌経』では、忿怒尊の命に従わない障難者への調伏句です。由来を比べる資料にはなりますが、いずれも越三摩耶を犯した一般人への予告としては読めません。
警句を集めるほど教えが厳密になるわけではありません。本編で確かめるべきなのは、何の誓いから離れ、誰を損ない、どう戻るかです。
古い経に見える原型
- 日本語訳
- (清浄でない僧団のなかで如来が戒経を説けば、)その人はたちまち頭が七つに裂ける。
- 原文
彼人則便頭破七分。
- 解説
- この句は越三摩耶の果報ではありません。『中阿含経』の前後は、布薩(戒を確かめる集まり)の場面で、清浄でない比丘がまじる僧団で如来が戒経(従解脱=波羅提木叉)を説けば、という条件のもとに置かれた警句です。ここでは「頭破七分」という表現の古い用例としてのみ掲げます。
- 出典
- 瞿曇僧伽提婆訳『中阿含経』(大正蔵 T01n0026)
密教で、命に従わぬ者の果報へ
- 日本語訳
- 障りをなす者が、もし忿怒王の命に従わなければ、その頭は七つに裂ける。阿梨樹の枝のように。
- 原文
彼障難者若不順其命、頭破七分如阿梨樹枝。
- 出典
- 天息災訳『大方広菩薩蔵文殊師利根本儀軌経』(大正蔵 T20n1191)
梵語の定型句。アルジャカ草の花房のように
- 日本語訳
- その頭は七つに裂けるであろう、阿梨樹(arjaka)の花房のように。
- 原文
saptadhāsya sphuṭen mūrdhā arjakasyeva mañjarī |
- 解説
- この一句は、この儀軌に固有の表現ではありません。『法華経』陀羅尼品や孔雀明王経など、呪を守護する文脈の諸文献に広く共有される定型句です。特定の違犯に対する罰の予告ではなく、呪の力を語る決まり文句として読みます。
- 出典
- 『文殊師利根本儀軌経(Mañjuśrīmūlakalpa)』
忿怒の印は、三摩耶を受け直させる
- 日本語訳
- もし三摩耶を越えた者があれば、「受三摩耶の忿怒印」を用いて調伏する。
- 原文
若有越三摩耶者、當用受三摩耶忿怒印而作調伏。
- 出典
- 不空訳『蕤呬耶経』(大正蔵 T18n0897)
補論を読む:伝空海『三昧耶戒序』は戒をどう見たか
伝空海『三昧耶戒序』が見た戒の根
『三昧耶戒序』は空海撰と伝えられ、真言宗の三摩耶戒理解に影響を与えました。ただし、現代の研究では真撰をめぐる議論があります。確実な空海の著作と同じ扱いにはしません。
『三昧耶戒序』は、三摩耶仏戒を「大日如来の法身がみずから説いた戒」と位置づけます。そして後代の三摩耶戒理解では、その戒の体を、衆生がもとより仏と等しく具えている浄菩提心と読んできました。三摩耶戒とは、外から課す掟ではなく、「あなたはもとより仏と等しい」という本来平等を受け取り、忘れない誓いなのです。
だからこそ、これは即身成仏に直結します。本来そなわる平等を、観法と真言と三密(身・口・意の三つのはたらき)の行によって、今このからだに顕す。それが即身成仏であり、三摩耶戒はその入口を守る戒にあたります。
三摩耶仏戒とは、法身大日の戒
- 日本語訳
- いま授けるこの三摩耶仏戒とは、大毘盧遮那(大日如来)の自性法身がみずから説きたもうた、真言曼荼羅の教えの戒である。
- 原文
今所授三昧耶佛戒者、則是大毘盧遮那自性法身之所説眞言曼荼羅教之戒也。
- 出典
- 遍照金剛(空海)撰と伝える『三昧耶戒序』(大正蔵 T78n2462)
戒の体は、衆生本来平等の菩提心
- 日本語訳
- 大毘盧遮那の四種法身・四種曼荼羅は、一切衆生が本来平等に、ともに具えているものである。
- 原文
大毘盧遮那四種法身四種曼荼羅、此是一切衆生本來平等共有。
- 出典
- 『三昧耶戒序』(大正蔵 T78n2462)
補論を読む:誓いが仏の持物として見えるとき
三摩耶と三摩耶形は、同じものか
三摩耶という語は、もう一つ別の場面でもよく耳にします。仏を象徴する持物、三摩耶形です。
観音の蓮華、不動の剣、金剛薩埵の五鈷杵。これらは三摩耶形と呼ばれます。ある儀軌は「三摩耶とは、本誓のかたちである」と言い切ります。蓮華や剣は、ただの装飾ではありません。その仏の誓いと働きが、目に見えるかたちに結晶したものなのです。
密教では、一つの仏を、種子(梵字)、三摩耶形(持物)、尊形(お姿)の三つの段で表します。『大日経』は、諸尊に字・印・形像の三種の身がある、と説きます。空海も『即身成仏義』で、この「印」すなわち刀剣や蓮華などの持物を三昧耶曼荼羅と呼びました。誓い(抽象)が、しるし(持物)になり、み仏のお姿(具象)になる。三摩耶という一語が、誓いからかたちへと広がっていることがわかります。
なお、三摩耶(誓い・samaya)と三昧(心を一つに定めること・samādhi)は別の言葉です。
諸尊に、字・印・形像の三種の身
- 日本語訳
- 秘密主よ、諸尊に三種の身がある。いわゆる字(種子)・印・形像(お姿)である。
- 原文
祕密主、諸尊有三種身、所謂字印形像。
- 出典
- 善無畏・一行訳『大毘盧遮那成仏神変加持経(大日経)』巻六「秘密漫荼羅品」(大正蔵 T18n0848)
空海も、持物を三昧耶曼荼羅と呼ぶ
- 日本語訳
- 印とは種々のしるし、すなわち三昧耶曼荼羅である。
- 原文
印謂種種幖幟、卽三昧耶曼荼羅。
- 出典
- 空海『即身成仏義』(大正蔵 T77n2428)
よくある質問
出典と参考資料
本記事は、高野山真言宗 平等寺 住職 谷口真梁(たにぐち しんりょう)が、真言密教の典籍と研究にもとづいて記しました。漢訳原文は大正新脩大蔵経(大正蔵)の本文から引用し、出典は冊・経番号(Tnnnn)・頁段を示します。梵語は GRETIL・MUKTABODHA 所収本によります。
