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読みもの

露地の偈

鐘の音を、聞いたことがありますか。夕暮れの寺の鐘、遠くから届くひと鳴り。その音を、あなたはどんな心で聞いていますか。じつはこの鐘の音には、はっきりとした意味が込められています。お釈迦さまは昔、鐘を鳴らす人ではなく、その音を聞く人へ向けて、八句の偈を説かれました。これが「露地の偈」、後に「聞鐘偈」とも呼ばれる言葉です。鐘の音は、時を告げるだけのものではありません。あなたを、こちらへ、と招いている音なのです。

 

  1. まず、八句の言葉を聞いてください
  2. 鐘の音は、あなたへの招きです
  3. すべては、七月十五日のことでした
  4. 八句を、一息ずつ味わう
  5. 今の私たちなら、どう聞くか
  6. 露地とは、遮るもののない心
  7. 聞いたら、手を合わせる
  8. よくあるご質問
  9. 参考にした典拠
讃題

まず、八句の言葉を聞いてください

お釈迦さまが説かれた、そのままの八句です。声に出して読んでみてください。

露地の偈(全八句)

日本語訳
魔の力ある怨敵を降伏し、煩悩の結びを余すことなく除くため、露地で揵椎けんち(僧を集める鳴り物)を撃つ。比丘たちは、聞いたなら集まりなさい。法を聞こうと願う人、生死の海を渡ろうとする人は、この妙なる響きを聞いたなら、みなここへ集まりなさい。
原文
降伏魔力怨、除結無有餘、露地擊揵椎、比丘聞當集。諸欲聞法人、度流生死海、聞此妙響音、盡當運集此。
解説
読みは「ごうぶく まりきおん/じょけつ むうよ/ろじ げきけんち/びく もんとうじゅう/しょよく もんぽうにん/どる しょうじかい/もんし みょうこうおん/じんとう うんじゅうし」。
出典
『増壹阿含経』巻第二十四「善聚品」(大正蔵 No.125)
法説

鐘の音は、あなたへの招きです

この偈の心は、たった一つ。「聞いたなら、こちらへ」という呼びかけです。

八句を大きく二つに分けると、姿が見えてきます。前半の四句は、声を出す側のこと。魔を降す、煩悩を除く、露地で鐘を撃つ。そして後半の四句は、その音を受け取る側のことです。「法を聞きたい人、生死の海を渡りたい人は、この妙なる響きを聞いたなら、みな、ここへ」——この招きの言葉へ、前半のすべてが流れ込んでいます。

つまり、この偈は「鐘を打つ音」を語っているのではありません。その音を聞いて、こちらへ向かう、その一歩に語りかけています。鐘を打つのは、お寺の務めです。けれど、この偈の主役は、音を聞くあなたなのです。

因縁

すべては、七月十五日のことでした

今から二千年あまり前。七月十五日、お釈迦さまは屋外の開けた場所、露地に座を設けられました。この日は、夏の修行・安居あんごを終える「受歳じゅさい」の日。一年分の、お互いの過ちを静かに指摘し合う、大切な区切りの日でした。

お釈迦さまは、お弟子の阿難あなんを呼び、こう告げられます。「露地で、すぐに揵椎を撃ちなさい」。揵椎とは、僧侶を集めるための鳴り物です。阿難は講堂へおもむき、揵椎を手に取りました。そして、こう宣言します。「私は今、この如来の信の鼓を撃つ。如来の弟子である者は、みな集まりなさい」。

その一声に続いて、八句の偈が唱えられました。時を告げる音が、そのまま仏さまの呼びかけになった。それが、この偈の始まりでした。

お釈迦さまのお言葉(揵椎を撃て)

日本語訳
あなたは今、露地で、すみやかに揵椎を撃ちなさい。なぜなら今日、七月十五日は、受歳の日だからです。
原文
汝今於露地速擊揵椎。所以然者、今七月十五日是受歲之日。
出典
『増壹阿含経』善聚品(大正蔵 No.125)

阿難のお言葉(如来信鼓を撃つ)

日本語訳
私は今、この如来の信の鼓を撃ちます。如来の弟子である者は、みなことごとく集まりなさい。
原文
我今擊此如來信鼓、諸有如來弟子眾者、盡當普集。
出典
『増壹阿含経』善聚品(大正蔵 No.125)
句ごとに

八句を、一息ずつ味わう

一つひとつは短い言葉です。声に出して読むと、音が心にしみてきます。

降伏魔力怨

ごうぶく・まりきおん

魔の力ある怨を降す。目に見えない不安や迷いも、音の前に静まります。

除結無有餘

じょけつ・むうよ

煩悩の結びを、余すことなく除く。心のもつれを、一つ残らず解いてほどく。

露地擊揵椎

ろじ・げきけんち

開けた地で、揵椎を撃つ。屋根に遮られず、音が四方へ素直に広がっていきます。

比丘聞當集

びく・もんとうじゅう

僧たちよ、聞いたなら集まりなさい。呼びかける相手が、ここで初めて顔を見せます。

諸欲聞法人

しょよく・もんぽうにん

法を聞こうと願う、すべての人へ。呼びかけは、やがて僧だけでなく、あなたへと開かれます。

度流生死海

どる・しょうじかい

生死の海の流れを渡ろうとする人へ。迷いの波を越えたいと願う、その人のために。

聞此妙響音

もんし・みょうこうおん

この妙なる響きを聞いたなら。音が、こちらを向くきっかけになります。

盡當運集此

じんとう・うんじゅうし

みな、ここへ。八句の果てに待つのは、罰ではなく、招きの言葉でした。

いま

今の私たちなら、どう聞くか

この偈は、後になって「聞鐘偈もんしょうげ」という名をいただきました。唐の道宣どうせんが僧を集める時の唱え方として八句を掲げ、宋の元照がんじょうが「これは堂の外で音を聞く人々が、そろって唱えるものです。打つ人の偈ではありません」と記しております。

誰が唱えるかは、時代と場所で変わってきました。大切なのは、どの時代も「聞く人」へ向かっているということです。現在、皆さまのお寺では、鐘の音を聞いたら心を合わせる作法が示されるかと思います。どうぞ、その場の指示に従ってください。

それでも、申し上げたいことがあります。次に鐘の音を聞いたとき、どうぞ「時報だ」だけで終わらせないでください。音を聞いた、それが仏さまの「こちらへおいで」という招きだと気づくだけで、心はもう、法の場へ一歩を踏み出しています。

露地

露地とは、遮るもののない心

「露地」とは、屋根のない開けた地のことです。音が遮られず、まっすぐに響く場所。お釈迦さまが座を設けられたのも、そういう場所でした。

実は、この「露地」には、もう一つの意味もあります。『法華経』の有名な喩えに、火に包まれた家から子どもたちが逃れ、開けた地に座って心が安らぐ、という話があります。あの安全な場所も、露地と呼びました。苦しみの家を出た先の、心の開けた場所です。

鐘の音が鳴り響くのも、同じです。煩わしさの屋根も、迷いの壁も、その音の前にはありません。音がまっすぐ届くのなら、あなたの心もまた、露地のように開けているのです。

法華経の言葉(火宅の外の露地)

日本語訳
みな四つ辻の道のなか、露地に坐して、もはや障りなく、その心は安らかであった。
原文
皆於四衢道中、露地而坐、無復障礙、其心泰然。
出典
『妙法蓮華経』譬喩品(鳩摩羅什訳、大正蔵 No.262)
結勧

聞いたら、手を合わせる

鐘の音が聞こえたら、そのまま時報に流さず、ひととき手を合わせてみてください。

鐘を聞くのに、資格は要りません。信仰があるかどうかも、問われません。音が聞こえた、それだけで、あなたはもう招かれているのです。

手を合わせるのに、言葉も要りません。合掌して、こう思ってみてください。「私はいま、呼ばれている」。それだけで、あなたの心は露地に集い、法の場へ向かっています。

次に鐘の音を聞いたら、その一瞬を、どうぞ大切に。音は、いつでも、どこからでも、あなたのもとへ届いています。

よくあるご質問

参考文献

参考にした典拠

本記事は、真言宗 平等寺が、次の原典にもとづいて記しました。漢訳経・律は大正新脩大藏經(CBETA)の本文から確認しています。「No.」は大正新脩大藏經の経・論番号です。

偈の出典

『増壹阿含経』巻第二十四「善聚品第三十二」(東晋・瞿曇僧伽提婆訳、大正蔵 No.125)。露地の偈の出典。七月十五日の受歳(自恣)の日に、阿難が揵椎を撃って比丘を集める場面に八句の偈が説かれます。底本は第二句を「除結無有餘」とします。

聞鐘偈の典拠

道宣『四分律刪繁補闕行事鈔』(大正蔵 No.1804、T40, 35b24–35c4)。『増壹阿含経』の全八句を「聞鐘偈」として掲げます(第二句は「除結盡無餘」)。
元照『四分律行事鈔資持記』(大正蔵 No.1805、T40, 186a・234b)。信鼓を、事相では衆へ時を告げ、法義では心を一つに帰せしめるものと釈します。また聞鐘偈は堂外の大衆が同声に唱えるもので、打つ人の偈ではないと論じます。

露地の典拠

『妙法蓮華経』譬喩品第三(鳩摩羅什訳、大正蔵 No.262)。火宅(燃える家=迷いの世界)を出た子らが「四衢道中、露地而坐」する喩え。露地を、苦しみの家を出た安らぎの地の象徴として伝えます。

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