布施について(金剛経)
- 翻訳
- どこにもとどまることなく布施を行いなさい。すなわち、色(かたち)にとどまらず、声・香・味・触・法にもとどまらない布施である。
- 原本
應無所住,行於布施,所謂不住色布施,不住聲、香、味、觸、法布施。
- 解説
- 布施波羅蜜の本質が「執着のない与え方」であることを説く一節。施す人・受ける人・施す物の三つへの執着を離れる三輪清浄の根拠となります。
- 出典
- 鳩摩羅什訳『金剛般若波羅蜜経』大正蔵 T08n0235
布施から般若まで、菩薩の実践を六つの面から捉える枠組みです。
六波羅蜜(ろくはらみつ、梵語 ṣaṭpāramitā)は、大乗仏教の菩薩が歩む修行の道を、六つの「完成」にまとめたものです。 「波羅蜜(はらみつ)」は「彼岸(pāra)に到達したもの(ita)」という意味の音写で、「向こう岸=完成の境地」を指します。語源については、最高のもの(parama)から来るとする説もあり、両義をあわせて「彼岸に至る最高の徳目」と解されています。
六波羅蜜は、ただ徳目を並べたものではありません。前の波羅蜜が次の波羅蜜の土台となる一つの道として説かれます。瑜伽師地論(巻78)はその順序をこう説明します。財物や身への執着を手放す布施が土台となり、執着を離れたからこそ清らかな戒を保つことができ、戒を護るために忍ぶ力が要り、忍を保ちつつ善へ進む精進が生まれ、精進によって心は静まり、静まった心でこそ物事のありのまま(般若)が見える、と。
見返りを求めず、もの・心・教えを分かち与える行。財施(ざいせ)・法施(ほっせ)・無畏施(むいせ)の三種があります。金剛経は「応無所住行於布施(住するところなく布施を行ず)」と説き、執着のない与え方を教えます。日常の「お布施」という言葉もここから来ています。
悪を離れ善を行うために、自らを整える行。大智度論は「戒は一切善法の住処なり」と説きます。真言宗では十善戒を手がかりに、行動・言葉・こころの三つを整えます。仏壇やお墓を掃除し、手を清めることも、自らの言動や心持ちを清らかにする実践と通じます。
怒りや苦しみに心を乱されず、すべてを受け止める行。ダンマパダは「忍耐は最上の苦行」、入菩薩行論は「瞋恚に等しい罪はなく、忍辱に等しい苦行はない」と説きます。怒りは相手のせいではなく自分の心に起こるもの。心を乱さず、今やるべきことを行う力です。
善い行いを怠らず、続けていく行。入菩薩行論は「精進なくして功徳はない、ちょうど風なくして運動がないように」と説きます。布施の怠りない実践、戒の不断の護持、忍辱における不退転。すべてを支える力です。「精進料理」の「精進」もここから来ています。
散り乱れた心を静め、一点に集中させる行。ダンマパダは「禅定なき者に智慧はなく、智慧なき者に禅定はない」と説きます。初期仏教の四禅から、大乗の止観まで、心を静める実践の総称です。
ものごとをありのままに見る深い智慧。般若心経の「色即是空」に示されるように、すべては縁起しており、固定した実体ではないと見通す智慧です。大智度論は「般若は諸仏の母なり」とまで説きます。
六波羅蜜は、前三つと後三つに分けて見ることもできます。
六波羅蜜は、前三つ(布施・持戒・忍辱)と後三つ(精進・禅定・般若)に分けて見ることができます。前は主に人との関係における徳目、後は主に心の修習です。
そして般若は、他の五つを「彼岸への道」として完成させる働きを持ちます。般若の智慧なしには、どれほど善く見える行いも、執着からの解放にはなりません。布施を例にとれば、施す人・受ける人・施す物の三つへの執着を離れて(三輪清浄)初めて、布施は「波羅蜜」となります。金剛経が「応無所住行於布施(住するところなく布施を行ず)」と説くのは、まさにこのことです。この空の智慧が般若です。
空海は、六波羅蜜を密教の行とどう結んだか。
真言宗の祖・空海は、六波羅蜜を密教の行と結んで説きました。『秘密曼荼羅十住心論』では、第六住心(他縁大乗心)に六度を配しつつ、それを「広大なれど速疾ならず」とし、第十住心(秘密荘厳心)で三密加持による六波羅蜜の即身的実現を説きます。
『弁顕密二教論』では、顕教が「六度を宗とし、三大阿僧祇劫を成就の限りとする」のに対し、密教は大日如来の加持と行者の修行が合一した「一坐成道」の大精進を説くとします。『般若心経秘鍵』では、心経の「掲諦掲諦 波羅掲諦 波羅僧掲諦 菩提薩婆訶」を真言として受け取り、般若波羅蜜が顕教の空の認識から、真言の観誦による「即身に法如を証する」実践へと昇華されると読みます。
平等寺の日常にも、六波羅蜜は息づいています。護摩は火の供養として布施を、煩悩を焼き尽くす智慧を体現し、阿字観・月輪観は禅定と般若の即身的実践です。六波羅蜜は、経典の中の遠い教えではなく、今ここで祈り、整え、受け止め、歩み続ける、そのままの道です。
解説に用いた原典の言葉。原文と日本語訳、出典を掲げます。
應無所住,行於布施,所謂不住色布施,不住聲、香、味、觸、法布施。
戒亦如是,戒為一切善法住處。
色不異空,空不異色,色即是空,空即是色。
眞言不思議 觀誦無明除 一字含千理 即身證法如
談行六度爲宗,告成三大爲限。
六波羅蜜の語彙を、平等寺の信仰や歴史へつなげて読める記事です。
六波羅蜜の解説に用いた原典・研究・データベースです。