親子2人の箱車

歩くことが叶わなくなった息子と、その命をつなごうとした父。平等寺に奉納された箱車が伝える、親子の祈りの物語です。

筒井林之助と父・福次

命を賭けた親子の祈りの道です。

平等寺に奉納された箱車
平等寺に残る箱車

平等寺の箱車

平等寺に残る箱車は、一見すると古びた木箱に見えます。しかしその木肌には、大正十二年に土佐地蔵寺村出身の鍛冶職人・筒井林之助氏と父・福次氏の祈りが刻まれています。

もとは三つの車輪がついた移動具で、林之助氏を乗せて四国遍路を続けるために作られたものでした。命をつなぐための器として、親子の旅を支えたのです。

病に倒れる林之助

大正十年、三十一歳だった林之助氏は脊髄の病に襲われ、やがて下半身、さらに上半身へと麻痺が広がっていきました。父の福次氏は医師を訪ね、あらゆる治療法に望みをつなぎましたが、病状は深まるばかりでした。

そこで福次氏は、鍛冶職人としての技と父親としての愛情を尽くし、林之助氏が横たわれる箱車を作ります。そして第三十五番札所・清瀧寺を札始めに、親子の巡礼が始まりました。

父の決意

もはやお大師さまにおすがりするしかない。

車輪が着いていた頃の箱車
写真: 車輪が着いていた頃の箱車
(寺に残る古い写真より)

平等寺で起きたこと

大正十二年十月、親子は愛媛・香川・徳島を巡り、第二十二番札所の平等寺に到着しました。ここで四週間滞在し、寺に湧く弘法の霊水を飲み、当時の住職・谷口津梁師による加持祈祷を受けます。

やがて林之助氏の身体には少しずつ感覚が戻り、ついには金剛杖をついて立ち上がれるまでに回復したと伝えられています。親子は深い感謝を込め、命を支えた箱車を平等寺の本尊薬師如来に奉納しました。

立ち上がった林之助氏と住職・谷口津梁師
写真: 立ち上がった林之助氏と
住職・谷口津梁師

語り継がれる親子の祈り

近年、一部では箱車について誤った説が流布されることもあります。しかし平等寺に伝わる箱車は、見放された人を運ぶための道具ではなく、父と息子がともに希望を手放さずに歩んだ記録です。