
共に群生を利せん『綜芸種智院式幷序』綜芸種智院の式あわせて序
「共に群生を利せん」。千二百年前、弘法大師空海が『綜芸種智院式并序』の結びに記したことばです。時を越えて、今を生きる私たちにも深く響きます。
「群生」とは、すべての人、すべての命のこと。 「利する」とは、幸せへと導くこと。 そして何よりも重いのは「共に」という一語です。
一人でなく、皆で。ともに歩み、ともに幸せを願う。その心が根本にあります。
空海は、一人の力には限りがあると知っていました。だからこそ教育を開き、仲間を育て、共に世を良くしようとしたのです。
力を独り占めにせず、知を分かち合う。自分のためだけでなく、皆のために学び、皆のために生きる。ここに空海の眼差しがありました。
この思いを形にしたのが「綜芸種智院」でした。西暦八二八年のことです。身分や財産に関わらず学びを開き、共に語り、共に育つ場を築いたのです。
学びを独占せず、社会に開く。それは日本で初めて「すべての人に開かれた大学」と呼ぶべき試みでした。
空海は、教育こそ人を変え、社会を変える力になると信じていました。
無知は知恵へと変わる
貧しさは技能へと変わる
分断は統合へと変わる
利己は利他へと変わる
教えを受けた人がまた次の人を導き、その連鎖が広がっていく。これが空海の描いた未来でした。
この理想は形を変え、今日も私たちの中に息づいています。義務教育や生涯学習の仕組みは、その精神を国や社会のかたちにしたものです。
そして今、私たちはデジタルの時代を生きています。インターネットやオンラインの学びは、地理や経済の壁を越えて、誰もが共に学べる環境を生み出しました。
平等寺の二十四時間配信もまた、その流れに連なります。いつでも、どこからでも、誰もが祈りと学びに加われる。それは「共に群生を利せん」の現代的な姿です。
空海のまいた種は千二百年を経て芽吹き、私たち一人ひとりの歩みに生き続けています。
「共に群生を利せん」は、特別な人の理想ではありません。今を生きる私たち一人ひとりに託された道しるべです。
空海の言葉は今も力を失ってはいません。むしろ課題が山積する現代だからこそ、「みんなで、みんなを幸せに」という願いが求められています。
技術は変わっても、人を思いやる心は変わらない。 形は変わっても、「共に歩む」大切さは変わらない。
物の興廃は必ず人に由る。人の昇沈は定んで道にあり。『綜芸種智院式幷序』綜芸種智院の式あわせて序
成功も失敗も、人によって決まる。 人の歩みは、その人が選ぶ道によって定まる。
だからこそ、良き道を共に歩んでいきましょう。
南無大師遍照金剛